眠れる森の少年と二人の魔法使い

石月煤子

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「ラグドル君? だから、そんなに顔を近づけなくても……」

クスクス笑うシャルトリュスに見惚れ、いい加減、半世紀を軽く超えた片恋に我慢の限界を来たしたラグドルは無防備な唇に口づけを……。

「う」

シャルトリュスとラグドルは二人同時に堰を切ったようにベッドへ視線を走らせた。

「う、う」

二人の視線の先には魘されている眠り人が。
こんな事態は初めてのことだった。

「どうしたんでしょう、ペルシア」
「破滅の力が外へ出たがってるんじゃないのか」
「それならば却って好都合というもの、ペルシアは解放されて、外へ出た彼奴(きゃつ)を葬ればいいだけのこと」

「破滅の力」をまるで人物のように呼号したシャルトリュスは落ち着いた眼差しで魘されるペルシアを見つめている。

そんなシャルトリュスの横顔から視線を逸らせずにいるラグドル。


やっぱりアンタはきれいだ……。


「あ」

やっぱりラグドルの熱烈な視線に気づかない、弟子の感情にひどく鈍感なシャルトリュスは一重の涼しげな双眸を見張らせた。

ペルシアの閉ざされた瞼に涙が滲んだかと思えば。
すぅ、とこめかみへ伝い落ちていった。

「可哀想に」

苦しげだった表情はいくらか安寧を取り戻したように見えるが今は儚げで哀しげで。
シャルトリュスは目覚める気配のない眠り人に触れた。
女性めいた細長い指で涙を拭い、絹糸さながらなプラチナブロンドの髪をそっと梳った。

「怖い夢でも見ているのでしょうか」
「半世紀も寝ているんだ、悪夢の一つや二つ、百や千、見たっておかしくない」
「それは私の罪咎(ざいきゅう)ですね」
「なぁ、シャル。手の施しようがない悪夢に世界が呑まれる前に、やはり、コイツごと」
「そのときが来たならば私が手を下しましょう」

でも、まだそのときではありません。

イスから立ち上がっていたシャルトリュスに面と向かって断言されてラグドルはぐっと口ごもる。
ほぼほぼのほほんした雰囲気ではあるが、自分がこうと決めたことは頑として譲らないところもある師匠にすんなり折れてやった。

「……腹が空いた。ご馳走するから飯でも行こう、シャル」
「ごはんですか、私、柔らかいものなら何でもいいですよ」

眠り人との逢瀬を切り上げて城の外へ移動しようとしたシャルトリュスだが、初めて魘されたペルシアのことを深く憐れんで、くるりと回れ右すると。

「おやすみなさい、ペルシア、いい夢を」

眠り人の額にキスをした。

「……おい」
「ふふ。真の恋人に相応しい姫君からのキスなら目覚めましょうが、地味おじさんのキスでは悪夢に連れ戻されてしまいますかね。悪いことをしました」
「おい」
「ああ、おじさんなんて烏滸(おこ)がましかったですね、おじいさんです、地味おじいさんです」
「おい!」

シャルトリュスは涼しげな一重目をパチクリさせた。
ラグドルはのほほんな師匠を咄嗟に抱き寄せる。


「おはよう、シャルトリュス」


眠り人だったペルシアが瞬きよりも短い間に目覚めを迎えていた。

「わああああ」
「狼狽えるな、シャル、また眠り魔法を使えばいい」
「ええっと、なんでしたっけ、呪文ド忘れしちゃいました、どうしよう」
「こうなったら奴の息の根を止めるしかないな」
「ラグドル君、待って、待ってください」


さすがに予想外の展開に慌てふためくシャルトリュスと命を奪い取る気満々なラグドル。
そんな二人をベッドから眺めるペルシア。
白っぽい寝間着姿の彼は上半身を起こし、プラチナブロンドをサラリと靡かせ、オッドアイなる双眸を緩やかに瞬きさせた。

「あなたの夢を見ていたんだ」

向かい合って押し問答していたシャルトリュスとラグドルはまた二人揃ってベッドへ視線を転じた。

「シャルトリュス。あなたがくれた夢はしあわせいっぱいだったよ?」

ペルシアは笑った。
聞いた者を夢心地にさせる玲瓏たる声音。
少年というより少女じみた華奢な肢体。
この世のものならざる麗しオーラが半端ない。

「ペルシア」

永い眠りについていた蕾が色鮮やかに花開いたような微笑みにシャルトリュスは目を輝かせた。
よろしくない師匠のリアクションにラグドルは顔を曇らせる。

「シャル、呪文を思い出したのなら早いとこかけちまえ」
「ラグドル君、私、素晴らしいアイディアを思いつきました」
「嫌な予感がするから聞きたくない」
「ペルシアが十七になるまで、この瞬間から残り一年です」

その間に彼奴(はめつのちから)を浄化させましょう。

「あのな、シャル、浄化させる具体的な方法を今ここで教えてくれないか」
「え? 何て言いました?」
「自分に都合の悪いところだけ聞こえないフリをするな」
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