嗜虐的に恋して咬みついて

石月煤子

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 市街地に立地している九鳥居大学は別の場所に小学部・中学部・高等部を擁する私立大学だった。

 コンパクトで真新しい都市型キャンパス。多彩な設備に近代的な建築デザインが目を引く。夏期休暇でも学生が行き交い、舗装されたプロムナードを囲む講義棟や研究棟も人の出入りが程々にあった。

 溌剌とした空間の中心で伊吹生はぐるりと周囲を見回した。

(自分からアイツに会いにきたのは不本意だが)

 今日は土曜日だった。事務所は土日と祝日、基本休みにしている。

 先日の凌貴の言動がどうにも気にかかって、居ても立ってもいられず、伊吹生は彼が通う大学までやってきた。

『今週の土曜日まである集中講義が唯一の暇潰しです』

 凌貴の何気ない言葉を鵜呑みにして来てみたはいいが、こうも人出があるとは。見つけ出すのは一苦労だろう。

(二度と菖に関わるな。そう釘を刺しておかなければ)

 守衛に呼び止められた際、司法書士の会員証を見せて「大学の図書館を利用しにきました」と、伊吹生はしれっと本来の目的を誤魔化していた。

(それにしても噂では聞いていたが)

 九鳥居学園は高額な学費から富裕層の家庭が多く、生まれながらにして才能に恵まれた「吸血種」の割合が圧倒的に高いと言われている。確かに伊吹生の視界に入る大学生の殆どが同種で「普通種」はちらほらいる程度だった。

「お兄さん、外部の講師とかですか?」

 プロムナードに設けられたベンチに座っていたら、学生の一人に声をかけられた。積極的な相手にしばしば話しかけられる傾向にある伊吹生は、特に動揺もせずに対応する。

「いいや、違う。図書館に来ただけだ……」

(聞いてみるか、凌貴のこと)

「忽那ホテル&リゾート」についてはネットでざっと調べた。「ノスフェラトゥ」では拓斗の安否が気になって聞き流していたが、名前だけは伊吹生も知っている大手のホテルグループだった。

 格式高い高級志向に重きをおき、リゾート地や主要都市にブランド展開し、東南アジアに海外進出もしている。実業家だった凌貴の祖父が創業者であり、現在は父親が総支配人に就任していた。

(海外進出のニュースなら数ヶ月前に俺も見た)

 新規開業を祝して開かれた現地でのオープニングパーティー。ネット上で探し出したニュース映像を改めて見返してみれば、華やかな輪の中にほんの数秒だけスーツ姿の凌貴が映り込んでいた。

 それ以外、彼自身についてはSNSでも何もヒットせず。結局のところ詳細はわからずじまいだった。

「聞きたいことがあるんだが……」

 伊吹生は自分に関心を示している女子学生に、凌貴について尋ねようとした。

 不意に周囲の空気がざわりと波打つ。

 それまでの賑やかさがボリュームを落とし、開放的だった雰囲気が些細な緊張感を孕んだ。

「忽那凌貴だ」

 近くのベンチに座る学生の言葉を伊吹生は聞き逃さなかった。

 今一度、周りを見渡せば彼がいた。

 相も変わらず黒服を纏った凌貴はプロムナードを闊歩していた。両脇には数人の男女が付き従うように集まっている。

「オーラ、やばいな」
「凌貴サマのところだけ夜みたい」

 居合せた「吸血種」は、見目麗しいグループの中でも一際目立つ凌貴を口々に褒め称えた。

「普通種」は顔を伏せ、深黒の風が通り過ぎていくのを頑なに待っているかのようだった。

「あの話、本当かな、ずっと前に学校で普通種を襲ったって」

 伊吹生は振り返る。オレンジ髪の学生が、そばにいた連れに必死の形相で「しー!」と注意されているところだった。

「――伊吹生さん」

 駆け足になるでもなく、落ち着き払った足取りは崩さずに、凌貴は伊吹生の元へやってきた。

「僕に会いにきてくれたんですか?」

 彼に声をかけられると、伊吹生の近くにいた女子学生は罰が悪そうに足早に離れていった。同じ「吸血種」であった彼女をチラリと見、凌貴は微苦笑する。

「ナンパされていたんですか」
「お前が来なきゃ、されたかもな」

 レザーバッグを片手に持ち、薄手のブルゾンを羽織った凌貴は、背後にいた同種の男女に「ランチに行っておいで。僕はこの人と話があるから」と穏やかに命じた。

「仕事をさぼって大学まで来たんですか?」

 取り巻きと思しき男女を追い払い、隣に腰かけ、顔を覗き込んできた凌貴から伊吹生は視線を外す。

「今日は休みだ」
「休みの日なのに、その格好ですか」
「これは仕事着兼普段着だ」

 白いワイシャツを腕捲りし、ネクタイを緩めた、オンの日と代わり映えしない格好に凌貴は愉しげに笑う。

「まさか眠るときは違うでしょう? ひょっとして裸ですか?」
「セクハラで訴えるぞ」

 普通の大学生みたいに笑う彼に伊吹生はまごついた。それにしても周りの視線が鬱陶しい。これでは本題に入りづらい……。

「なぁ、どこか静かな場所はないか。晒し者にされている気分だ」
「僕と二人きりになりたいんですか?」
「いや、やっぱり、ここでいい。お前と会うのは今日で最後だから、よく聞いてくれ。俺の家族には金輪際関わるな。母と父、兄の今の生活の邪魔をするな。もし邪魔したら――」

 伊吹生は言葉を切った。

 唐突に凌貴にキスされて台詞が飛んだ。

 しかも唇だった。

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