嗜虐的に恋して咬みついて

石月煤子

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4-1-過去

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 今にして思えば、凌貴の兄の時成はストーカーの正体を知っているような口振りだった。

『……彼女の目的は不明ですが、大らかな態度で冷静に対処し、余計な波風を立てないように』

 会席料理店で初めて会ったとき、彼は尾行者を「彼女」と言い表した。弟をつけ回す者の呼び方にしては、どこか柔らかく、接し方にも「大らかな態度で」と注意を入れていた。

(高岡今日花が……凌貴に付き纏う尾行者なのか?)

 出社時に感じた正体不明の執拗な視線。

 自分にしわ寄せが来たのかもしれないと伊吹生は考えていた。凌貴に付き纏われる分、彼を愛するストーカーの怒りでも買ったのかと。

 凌貴には伝えなかった。

 昨晩の話を聞いて、もしも本当に尾行者が高岡今日花だったときのことを考えると、今後も伝える気にはなれなかった。

(仮にそうだとして、何故、今頃になって自分を襲った凌貴に接近するんだ……?)

「甫先生、疲れた顔してるよ。無理しないでね」

 正午過ぎに伊吹生は「マツモリ食堂」を訪れた。注文を取りにやってきた拓斗に労われ、慣れ親しんだ食堂の味で束の間の休息を得、事務所のあるビルへと戻る。

「あ、お疲れさまです、先生」

 いつも約束の時間より早く来る客との打ち合わせが午後最初の予定であった。三十分前の時点で、すでに扉の前で待機していた当人に、伊吹生はつい苦笑いする。

「前回よりも早い訪問ですね。今、開けるので少々お待ちください」

 鍵を取り出そうとしていたら、壁に寄りかかって携帯を見ていた男は、のほほんとした調子で言った。

「自分の前にもいましたよ」

 伊吹生は鍵を差し込む寸前で手を止める。

「ちょっと変わったお客さん」
「それは黒ずくめの青年ですか?」
「いいえ、こんな暑いのに長袖でフードかぶって、顔は見えなかったけど。女の子じゃないかな」

(女の子?)

 凌貴による過去の告白を引き摺っていた伊吹生は、どうしても「高岡今日花」を思い浮かべてしまう……。

「ついさっきですよ。自分が来ると逃げるみたいに行っちゃいました。上に」

 そこまで聞いた伊吹生は即座に回れ右をした。すぐに戻ってくると客に伝え、階段を駆け上る。

 探していた相手は造作なく見つかった。

 最上階となる五階、薄明るいフロアの片隅に蹲った、フードを目深に被った人物。

「君は高岡今日花さんか?」

 伊吹生が声をかければ、カーキ色のパーカーに覆われた華奢な肩がビクリと震えた。

(やっぱり、そうなのか?)

 膝を抱いて縮こまっていた彼女は、ぎこちなく顔を上げる。見開かれた瞳と目が合い、伊吹生は困惑した。

(幼すぎる)

 凌貴より一つ年上だという高岡今日花にしては年若く、成人にすら見えない。幼さの片鱗が残る面差しは中学生のような――。

「お姉ちゃんを知ってるの?」

 少女は真っ直ぐに伊吹生を睨んできた。

「忽那凌貴と一緒になって、お姉ちゃんを傷つけたの?」
「君は……高岡今日花さんの妹か?」

 無言で立ち上がるや否や、階段を駆け下りていった少女を、伊吹生はただ見送ることしかできなかった。




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