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「兄が拓斗君を連れて帰ったそうですね」
今夜の夕食が入ったレジ袋を片手に提げた伊吹生に、彼はうっすらと笑みを浮かべる。
「例のストーカーの件で話があって、僕の部屋に来たらしくて」
「感謝したいところだが、お前の猫が咬んだ指を味見したのは、いただけない」
「すみません。何せ、兄は何でも好む雑食の大食いなので」
「拓斗の血を雑食の対象扱いするな」
伊吹生はマンション出入り口の最初のドアを開いた。事務所と違って自宅の郵便受けにはチラシばかり、雑に取り出すと、オートロックを解除して二番目のドアを開ける。
当然のように後をついてきた凌貴に対し、伊吹生はもう、特に何も言わなかった。
(拒んだところで、どうせ涼しげな顔をして押し入ってくるに決まってる)
余計な労力を省くため。矛先が拓斗に向いて、また住居に不法侵入されるよりかは遥かにマシだと判断し、彼の好きにさせた。
エレベーターで五階まで上昇して角部屋の我が家へ。
最初にネクタイを外すと飾り気のないソファに放り投げ、洗面所で手と顔をざっと洗い、うがいをした。
「刺激的な眺めですね」
狭いバルコニーに出ている凌貴に伊吹生は苦笑を洩らす。
「周囲の住人と目が合いそうです」
「合いそうで合わないもんだがな」
「今、合いましたよ」
伊吹生は遅い夕食を始めた。弁当屋で買ってきたカレーライスとカツ丼を缶ビールと共にかっ込んだ。
「飲むか?」
冷蔵庫に常備してある缶ビールを差し出せば、イスが一つしかないダイニングセットの傍らに立って凌貴は受け取った。
「拓斗にはもう手を出すな」
「そうですね。二度目の乾杯を僕としてくれましたから」
食事中の伊吹生を肴にして苦々しい麦芽の味を堪能した彼は、品のよい仕草で口元を拭う。
「三度目はどうしましょうか」
「これでいいだろ。これで終わりだ」
あっという間に二つの弁当を平らげ、ロング缶も空にした伊吹生は、リビングの角にある使い古した流し台で洗い物を始めた。
「おい」
伊吹生は顰めっ面と化す。
エプロンもつけず、ワイシャツを腕捲りして後片付けする年上の男を後ろから抱きしめてきた凌貴は、ほんのり上擦る声色で囁いた。
「恋人同士っぽくありませんか?」
耳元に触れた吐息。伊吹生は反射的に首を竦める。平静を装い、大袈裟に溜息をついてみせた。
「伊吹生さん、報告書に記載はありませんでしたが、今まで同性の恋人がいたことはないんですか?」
「……ない」
「いやに含みのあるお返事ですね」
「……経験だけは」
「それはいつ頃の話ですか? 相手はやっぱり菖さん――」
「違う。菖は家族だって言ってるだろ。しつこいぞ」
「その相手と恋愛関係には発展しなかったんですか?」
「そういうんじゃない。若気の至りだ」
「きっと普通種でしょうね」
「……」
「伊吹生さんはどちらのポジションだったんですか?」
「もう離れろ、暑苦しい」
「教えてくれたら離れてあげます」
抱擁がぐっと強まり、伊吹生はこれみよがしに舌打ちする。
高校時代、有り余る性欲の掃き溜めとして、互いに彼女がいたにも関わらず「普通種」の友人と底無しの好奇心をぶつけ合った行為を思い返した。
「俺が上だった」
「ふぅん」
無駄な贅肉のない、しっかりした骨格が研ぎ澄まされたシルエットを生む後ろ姿に凌貴はさらに密着した。
「相手のこと、ちゃんといかせてあげました……?」
膝頭で尻たぶの狭間をなぞられる。洗剤で両手を泡塗れにした伊吹生は怯んだものの、気取られないよう、ジロリと背後を睨めあげた。
「僕は若気の至りで普通種を襲ったことがあります」
突然の告白に伊吹生は思わず硬直した。
今夜の夕食が入ったレジ袋を片手に提げた伊吹生に、彼はうっすらと笑みを浮かべる。
「例のストーカーの件で話があって、僕の部屋に来たらしくて」
「感謝したいところだが、お前の猫が咬んだ指を味見したのは、いただけない」
「すみません。何せ、兄は何でも好む雑食の大食いなので」
「拓斗の血を雑食の対象扱いするな」
伊吹生はマンション出入り口の最初のドアを開いた。事務所と違って自宅の郵便受けにはチラシばかり、雑に取り出すと、オートロックを解除して二番目のドアを開ける。
当然のように後をついてきた凌貴に対し、伊吹生はもう、特に何も言わなかった。
(拒んだところで、どうせ涼しげな顔をして押し入ってくるに決まってる)
余計な労力を省くため。矛先が拓斗に向いて、また住居に不法侵入されるよりかは遥かにマシだと判断し、彼の好きにさせた。
エレベーターで五階まで上昇して角部屋の我が家へ。
最初にネクタイを外すと飾り気のないソファに放り投げ、洗面所で手と顔をざっと洗い、うがいをした。
「刺激的な眺めですね」
狭いバルコニーに出ている凌貴に伊吹生は苦笑を洩らす。
「周囲の住人と目が合いそうです」
「合いそうで合わないもんだがな」
「今、合いましたよ」
伊吹生は遅い夕食を始めた。弁当屋で買ってきたカレーライスとカツ丼を缶ビールと共にかっ込んだ。
「飲むか?」
冷蔵庫に常備してある缶ビールを差し出せば、イスが一つしかないダイニングセットの傍らに立って凌貴は受け取った。
「拓斗にはもう手を出すな」
「そうですね。二度目の乾杯を僕としてくれましたから」
食事中の伊吹生を肴にして苦々しい麦芽の味を堪能した彼は、品のよい仕草で口元を拭う。
「三度目はどうしましょうか」
「これでいいだろ。これで終わりだ」
あっという間に二つの弁当を平らげ、ロング缶も空にした伊吹生は、リビングの角にある使い古した流し台で洗い物を始めた。
「おい」
伊吹生は顰めっ面と化す。
エプロンもつけず、ワイシャツを腕捲りして後片付けする年上の男を後ろから抱きしめてきた凌貴は、ほんのり上擦る声色で囁いた。
「恋人同士っぽくありませんか?」
耳元に触れた吐息。伊吹生は反射的に首を竦める。平静を装い、大袈裟に溜息をついてみせた。
「伊吹生さん、報告書に記載はありませんでしたが、今まで同性の恋人がいたことはないんですか?」
「……ない」
「いやに含みのあるお返事ですね」
「……経験だけは」
「それはいつ頃の話ですか? 相手はやっぱり菖さん――」
「違う。菖は家族だって言ってるだろ。しつこいぞ」
「その相手と恋愛関係には発展しなかったんですか?」
「そういうんじゃない。若気の至りだ」
「きっと普通種でしょうね」
「……」
「伊吹生さんはどちらのポジションだったんですか?」
「もう離れろ、暑苦しい」
「教えてくれたら離れてあげます」
抱擁がぐっと強まり、伊吹生はこれみよがしに舌打ちする。
高校時代、有り余る性欲の掃き溜めとして、互いに彼女がいたにも関わらず「普通種」の友人と底無しの好奇心をぶつけ合った行為を思い返した。
「俺が上だった」
「ふぅん」
無駄な贅肉のない、しっかりした骨格が研ぎ澄まされたシルエットを生む後ろ姿に凌貴はさらに密着した。
「相手のこと、ちゃんといかせてあげました……?」
膝頭で尻たぶの狭間をなぞられる。洗剤で両手を泡塗れにした伊吹生は怯んだものの、気取られないよう、ジロリと背後を睨めあげた。
「僕は若気の至りで普通種を襲ったことがあります」
突然の告白に伊吹生は思わず硬直した。
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