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アスファルトに流れ出した凌貴の血。
降り頻る雨に血臭は薄れ、十年前のように伊吹生の吸血本能が顕著に刺激されることはなかった……。
「あの、これ」
心春がマウンテンパーカーを差し出してきた。受け取った服で傷口を圧迫し、止血を試みれば、どこか劣情を煽るように凌貴は身悶えた。
「もうすぐ救急車が来る、それまで……」
胸に頬擦りしてきた彼に、伊吹生は、言葉を切った。
「あの脅しは、殊の外、効いたんです。貴方に嫌われたくなかった。だから、攻撃じゃなく、守りに回りました」
腹部に押し当てたパーカーにみるみる鮮血が滲んでいく。
(俺が凌貴をこんな目に遭わせたのか)
凌貴は再び目を閉じた。そのまま永遠の眠りについてしまうのではないかと、伊吹生は焦った。
「嫌われるようなことばかりしてきたくせに、今更、そんな殊勝になられても困る」
「……」
「凌貴、眠るな。俺の声を聞くんだ、返事をしろ」
騒々しい雨音で掻き消されているのか、喧嘩だと思われているのか。周囲の住人が外の様子を見にくることはなかった。
「言ったでしょう、他の誰かが伊吹生さんに痕を残すのは許さないって」
アスファルトの上で伊吹生に身を委ねた凌貴は目を閉じたまま呟いた。
サイレンはまだ聞こえてこない。
深い傷口から無情にも少しずつ命が失われていく。
「なぁ、凌貴」
伊吹生は決断を下す。
ワイシャツを腕捲りした片腕を凌貴の口元へ運び、顔に顔を寄せ、笑いかけた。
「俺の血を飲め」
共食いはご法度。
守るべき掟。
「吸血種」に根強くすり込まれている最大のタブーであった。
「応急処置として特別に許す、だから……お前の痕を俺に残せ」
凌貴は……目を開けた。
深く息をつき、満遍なく濡れた長い睫毛を痙攣させて、呼吸が途切れがちだった口を開く。
「ッ……く……」
力任せに乱杭歯を突き立てられて伊吹生は呻吟した。
猛烈な痛みが骨身をも蝕む。
雨曝しの視界がぐにゃりと歪んだ。
ただ、今にも安らかな眠りにつきそうだった凌貴が、腕にしがみつき、血を啜るのに夢中になっている姿は、何よりも鮮明に見えた。
「はぁ……ッ」
時に洩れる獣めいた唸り声。赤銅色と化した双眸が不敵に煌めく。鋭い乱杭歯を血肉に深々と埋め、刺された痛みも忘れ、捕食の悦びに恍惚となっているようだった。
「凌、貴……ッ」
本能に忠実な美しい獣に囚われて、一瞬、突き放したい衝動に駆られた。
だが、伊吹生は耐えた。
新鮮な血の一滴さえあれば十分なエネルギーが摂取できる。
最大のタブーを破ってでも瀕死の彼を助けなければと思った。
(その前に俺が事切れそうだ)
マンションの裏手にまで漸く届いたサイレンの響き。
無心になって我が血を喰らう凌貴を抱くようにして、伊吹生は、気を失った。
降り頻る雨に血臭は薄れ、十年前のように伊吹生の吸血本能が顕著に刺激されることはなかった……。
「あの、これ」
心春がマウンテンパーカーを差し出してきた。受け取った服で傷口を圧迫し、止血を試みれば、どこか劣情を煽るように凌貴は身悶えた。
「もうすぐ救急車が来る、それまで……」
胸に頬擦りしてきた彼に、伊吹生は、言葉を切った。
「あの脅しは、殊の外、効いたんです。貴方に嫌われたくなかった。だから、攻撃じゃなく、守りに回りました」
腹部に押し当てたパーカーにみるみる鮮血が滲んでいく。
(俺が凌貴をこんな目に遭わせたのか)
凌貴は再び目を閉じた。そのまま永遠の眠りについてしまうのではないかと、伊吹生は焦った。
「嫌われるようなことばかりしてきたくせに、今更、そんな殊勝になられても困る」
「……」
「凌貴、眠るな。俺の声を聞くんだ、返事をしろ」
騒々しい雨音で掻き消されているのか、喧嘩だと思われているのか。周囲の住人が外の様子を見にくることはなかった。
「言ったでしょう、他の誰かが伊吹生さんに痕を残すのは許さないって」
アスファルトの上で伊吹生に身を委ねた凌貴は目を閉じたまま呟いた。
サイレンはまだ聞こえてこない。
深い傷口から無情にも少しずつ命が失われていく。
「なぁ、凌貴」
伊吹生は決断を下す。
ワイシャツを腕捲りした片腕を凌貴の口元へ運び、顔に顔を寄せ、笑いかけた。
「俺の血を飲め」
共食いはご法度。
守るべき掟。
「吸血種」に根強くすり込まれている最大のタブーであった。
「応急処置として特別に許す、だから……お前の痕を俺に残せ」
凌貴は……目を開けた。
深く息をつき、満遍なく濡れた長い睫毛を痙攣させて、呼吸が途切れがちだった口を開く。
「ッ……く……」
力任せに乱杭歯を突き立てられて伊吹生は呻吟した。
猛烈な痛みが骨身をも蝕む。
雨曝しの視界がぐにゃりと歪んだ。
ただ、今にも安らかな眠りにつきそうだった凌貴が、腕にしがみつき、血を啜るのに夢中になっている姿は、何よりも鮮明に見えた。
「はぁ……ッ」
時に洩れる獣めいた唸り声。赤銅色と化した双眸が不敵に煌めく。鋭い乱杭歯を血肉に深々と埋め、刺された痛みも忘れ、捕食の悦びに恍惚となっているようだった。
「凌、貴……ッ」
本能に忠実な美しい獣に囚われて、一瞬、突き放したい衝動に駆られた。
だが、伊吹生は耐えた。
新鮮な血の一滴さえあれば十分なエネルギーが摂取できる。
最大のタブーを破ってでも瀕死の彼を助けなければと思った。
(その前に俺が事切れそうだ)
マンションの裏手にまで漸く届いたサイレンの響き。
無心になって我が血を喰らう凌貴を抱くようにして、伊吹生は、気を失った。
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