淫魔アディクション

石月煤子

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スタドカラーでチャコール色のダウンジャケットを着込んだ志摩が赤と黒のひしめき合うフロアを進んでやってきた。

「こんにちは、黒須(くろす)さん」と最初に店員に声をかけ、次にカウンターに並んで座っている岬と阿久刀川に目をやる。


「どうして髪が濡れてる阿久刀川の隣で岬がチョコムースを食べてるのか、経緯を聞いていいか」


まさかの志摩の来店にスプーンを咥えたまま呆気にとられていた岬は。

無表情でいる担任をキッと睨んだ。


「志摩センセェが俺に何も教えてくんねぇから阿久刀川サンに聞こうと思ったんだよ」
「懸念した通りだな」
「は?」
「もっと早めに来るべきだった」


志摩は無表情のまま肩を竦めてみせた。

いつも通りの淡泊な態度に岬は苛立ち、甘過ぎない味わい深いチョコレートムースを一気にバクバク食べてしまった。


「帰るぞ」
「帰んねぇよ! そもそもココは阿久刀川サンの店だろーが! センセェに命令権ねぇからな!」


荒い身のこなしでスチールから立ち上がり、虚無を飼育する鳥かごの傍らに立っていた志摩と対峙する。


知りたい欲が高まって暴走気味でいるヤンキー淫魔を黒縁眼鏡越しに冷静に担任は見下ろした。


「お前は俺のいち生徒だろ」


瀟洒なシャンデリアがスポットライトみたいに二人を照らしている。


「教室じゃなくても俺の指導には従うように」


……そんなん、ずりぃ。
……こんなときだけマトモな教師ヅラしやがって。


「クロ、志摩にもお水をかけないと、志摩こそ未成年の生徒に手を出してるんだから」


担任と生徒によるしんみりした空気を阿久刀川の台詞が台無しにする。

狼狽えるでもない志摩は、カウンターの内側で返答に窮している店員の黒須に向けて言った。


「迷走して、足を踏み外して奈落にまで落ちないよう、同種の教師として可能な限りの手助けをしているだけです」


ブルリと震えた岬の肩。

志摩は気づいたが、特に触れず、生徒が食べたデザートの料金を払おうとした。


「結構です、初めてのお客様向けのサービスですから」
「そうですか。ありがとうございます。また近々、スペシャルメニュー、食べにきます」
「志摩先生は追加してナポリタンも食べてくれるから作り甲斐があります」


志摩は常連だった。

阿久刀川が家賃を受け取ろうとしないので、代わりに彼がオーナー兼店長を務めるこの店で時折食事をするようにしているのだ。


「俺の生徒にオイタするなよ、阿久刀川」
「僕は岬くんの自主性や行動力を尊重しているだけ。一度抱いてみたいのは事実だけど」
「また水浴びしたいですか、店長」


志摩に連れられて退店しようとしていた岬の背中に黒須は声をかける。


「またいつでも食べにおいで、岬君」


立ち止まった岬は、俯きがちに振り返ると、小さな声でボソリと「ごちそーさまでした……」とお礼を述べた。


……結局、妹サンについては特に教えてもらえなかった。
……同種の教師として可能な限りの手助け、かよ。
……それだけなのかよ、志摩センセェ?


『俺の生徒にオイタするなよ』


同種の担任と生徒。


それ以外の何物でもない関係であることを再認識させられながらも、岬は、昨日に引き続いて阿久刀川を牽制した志摩の忠告に……不覚にもときめいていた。


冬も深まり始めて一段と駆け足になった日暮れ。

建ち並ぶビル群の窓が西日を反射して茜色に染まっていく。


大通りを跨ぐ歩道橋に差し掛かり、褐色の頬を上気させたヤンキー淫魔は数歩前を行く志摩の背中を見つめた。


……家庭の事情や過去の話もそうだけど。
……あんな店に通ってたなんて全然知らなかった。


志摩センセェについて知らねぇこと。
他にもまだまだたくさんあるだろう。


教えてほしいのに教えてくれない。


単なる同種の生徒に過ぎねぇ俺なんかには立ち入ってほしくない、関係ないってことなんだよな。

プライバシーを侵害されたくないって、はっきり言われたもんな。


それでも知りたいって思う俺はどうしたらいいんだろう。


歩道橋の真ん中で岬は立ち止まった。

気づかずに前を進む志摩を呼び止めることもせず、フンと顔を背け、欄干にもたれて交通量の多い車道を見下ろした。


胸をときめかせたり、苛立ったり、落ち込んだり、どうしようもなく興奮したり。

操作不能な自分の感情に疲れてしまった。


奈落に落ちないように。


そう言っていた志摩自身に奈落の縁へと追いやられているような気さえした。


……いっそのこと解消した方が楽なんだろーか。

一方的に体を慰められてばっかりの、この関係を、なくしてしまえたら……。


「泣いてるのか」


隣にやってきた志摩を岬は横目で睨みつけた。


「泣いてねぇよ、うそつき」
「うそつき? 俺が? どうして?」
「家族いたじゃねぇか」
「ほら、岬」
「?」
「夕日を掬ってる」
「話逸らすのヘタクソかよ」


欄干の向こう側に両手を掲げた志摩は短く笑う。

不貞腐れて仏頂面になった岬は排気ガスの立ち上る車道に視線を戻そうとした。


「俺がいるのかと思った」


すぐに視線を向ければ志摩は茜色と藍色に滲む遠くの街並みを見つめていた。


「今のお前みたいに。学校や図書館の屋上で日が沈むのをぼんやり見てた」


二人の背後を通行人が通り過ぎていく。
車の走行音に楽しげな笑い声が紛れた。



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