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しおりを挟む「ヤらせてやるよ、阿久刀川サン」
繁華街の喧騒から少し離れた閑静な裏通りに建つテナントビルの地階。
赤と黒のコントラストが視界に毒々しい、阿久刀川がオーナー兼店長を務める店に岬は制服のままやってきた。
「それはまた随分と大胆なお誘いだね、岬くん」
開店時間の五時を過ぎた店内には阿久刀川と唯一のスタッフである黒須しかいなかった。
去年の冬休みに存在を知って何回か来店しているのだが、満席状態にお目にかかったことは一度もない。
自分以外の客はいなかったり、志摩のような常連がちらほらいたり、いつも目に見えて空(す)いていた。
「また客いねぇのかよ」
「君が本日一人目のお客様だよ」
「岬君、まずは食事をとって落ち着こう。今の発言は考え直した方がいい」
カウンターの向こうでグラスを磨いていた黒須は、スツールにどっかと腰かけた岬に発言を改めるよう促した。
「志摩先生が担任じゃなくなったからって、そこまで自暴自棄になる必要はーー」
「自棄(やけ)になんかなってねぇ!」
幸薄な吸血鬼を彷彿とさせる外見をした黒須は、自分が知っている大人の中で一番常識人だと岬は思っている。
最初、年齢を聞いたときは驚いたものだった。
『俺の年齢? 三十七歳だよ』
クロさん、センセェや阿久刀川サンと同じ年くらい、それか年下だと思ってた。
年の割に落ち着いてるな、この人、すげぇ若々しい外見だから年齢を知るまでそう感じていたくらいだ。
「店長も真に受けないでくださいよ」
「うん? わかってるよ? クロも交えての3Pは譲れない条件だから」
「違います、水ぶっかけますよ」
あ。
そうか。
やり場のない苛立ちにそそのかされて、この洋食レストランを訪れた岬は、はたと我に返った。
「水よりもワインがいい」
「あんたね」
「赤でお願い」
「はぁ」
この二人が深い付き合いにあるのは確かで。
もしかしたら恋人同士なのでは、岬はそんな憶測を抱くようになっていた。
志摩センセェにも聞いてねぇし、本人らにも尋ねたことねーけど。
邪魔しちゃいけない二人の領域、ときどき見せつけられるんだよな。
「……そーだな、クロさんの言う通り、チョコムース食って落ち着くわ」
急にしおらしくなった岬に、阿久刀川と黒須はカウンター越しに顔を見合わせた。
「チョコムース食ったら帰る」
いつからだろう。
居心地がよくて安心していたはずの志摩との時間に紛れ込むようになった、無視できない、息苦しさ。
セフレの方がまだいい。
一方的に慰められてばかりで、求められないことへの不安に呼吸が塞き止められる……。
「僕は大歓迎なんだよ、岬くん」
岬は真上にのしかかる美しい男を凝視する他なかった。
そこは洋食レストラン「UNUSUAL(アンユージュアル)」の地下フロア奥にあるVIP席。
深紅の帳(とばり)に覆われた半個室。
壁には十字架、黒いテーブル上には聖母マリアをモチーフにしたオブジェ、ロウソクの炎が内側で揺らめくガラスのキャンドルホルダー。
まるで小規模な教会にいるような。
「阿久刀川サン……」
チョコムースを平らげ、会計を済ませ、外へ出ようとした岬の腰を阿久刀川は極々自然な仕草で抱き寄せた。
そのまま、あれよあれよという間に店の奥へ招かれて深紅の帳の向こうへ。
捕食者として洗練された身のこなしにまんまと流され、抗う暇もなしにソファへ押し倒された……というより紳士的に横たえられた。
「えーと」
「レアなインサバス。一度、抱いてみたかったんだ」
深みのあるウッディノートの芳醇な香りが鼻孔に押し寄せてくる。
紛れもない美丈夫を目の前にして、岬は、ゴクリと息を呑んだ。
「えーと」
「大丈夫。僕は後腐れのないよう、一人につき一度のベッドインをモットーにしているからね。関係を無駄に引き延ばしたりはしないよ。もちろん、これからも気軽に食事においで?」
「一人につき一度? ま、まさか……志摩センセェとも一度……とか?」
黒曜石の瞳を一段と煌めかせ、阿久刀川は眉目秀麗な顔に極上の笑みを添えた。
「秘密」
「はぁ!? 嘘だろ!? そんなん一言も聞いてねぇぞ!?」
「人間でも同種の淫魔でも、食指がそそられたら僕は頂くよ。それにしても」
阿久刀川がさらに姿勢を低くする。
互いの距離が狭まって岬は咄嗟に口をつぐんだ。
動揺を隠せずに震える吊り目を覗き込んで、獲物を狩るのに長けた端整な唇を綻ばせ、男前美形の彼は言う。
「これから僕に抱かれるのに、今、別の男の名前を口にするのは頂けないかな」
なんで黒須サン来ねぇんだよ。
つぅか黒須サンと付き合ってるハズなのに、なんで本人いる場所でこんな真似できるんだよ?
「岬くん」
しなやかな指が顎にかかり、ゆっくりと持ち上げられて、岬は限界いっぱい目を見開かせた。
「……岬くん……」
反射的に自分の口を両手で覆い隠して。
精一杯、顔を背けた。
「悪ぃ、むり、嫌だ」
やっぱりだめだ。
センセェがいい。
「うん。その気持ち、大事にしようね」
最初に誘っておきながら拒んできたヤンキー淫魔に眉を顰めることもなく、阿久刀川は、白アッシュ頭を優しく撫でた。
……だせぇ、ださすぎるな、俺……。
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