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【短編完結】元聖女は聖騎士の執着から逃げられない 聖女を辞めた夜、幼馴染の聖騎士に初めてを奪われました
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ミヤはソルヴィア王国の元聖女である。
ソルヴィア王国では古より数百年に一度、国の各地で瘴気が放出され、現れた魔物たちが民草を苦しめるという言い伝えがある。実際、その言い伝えの通り定期的に聖女と目される少女たちを集めて危機を逃れたという文献がいくつも残されており、教会に所属する聖人たちは国王からの強い要請を受けて聖女を選出した。聖人たちは各地を巡り、最も聖女としての適性が高い四人の少女を選んだのだ。
その中の一人がミヤだ。
ミヤの母親は、とある伯爵家に仕えるメイドであり、父親も代々伯爵家の庭師だ。ミヤは何の変哲もない夫婦から生まれた平民の子だった。それがある日突然、聖女などというお伽話の中の登場人物のような存在に自分がなってしまうなんて夢にも思っていなかった。
ミヤに拒否権はなく、否応なしに教会に引き取られてからは、ひたすら修行の日々を過ごした。聖女として務めを果たすべく研鑽を積み、数年前からは実戦にも赴くようになっていた。瘴気の発生源は国中の至る所に点在し、時には魔物と対峙するような辛く長い道のりを乗り越えなければならなかった。
しかし、そんな日々も今日でおしまいだ。
つい先日、ミヤは他の聖女たちと力を合わせ、瘴気の浄化を成し遂げたのだ。
聖人たちに選ばれた聖女は全部で四人。
公爵令嬢のアナスタシア、伯爵令嬢のエレオノーラ、エレオノーラの双子の妹のセレフィーナ。そして平民出身のミヤ。
ミヤは聖女たちの中では唯一、平民の出だった。
他の聖女たちは皆貴族の出身で、初めのうちは距離も感じていたが、共に力を合わせていくうちに彼女たちとは唯一無二の親友となった。
「名残惜しいわね」
ワインの入ったグラスを片手に、そう呟いたのはアナスタシアだった。
今日が聖女たちの最後のお勤めの日だった。瘴気の完全浄化を遂げた後は王都に帰還し、教会に最後の祈りを捧げた。
この国の更なる繁栄と安寧を願って浄化の儀は完遂となる。
王都にはこの歴史的瞬間を目の当たりにしようと数え切れない程の民衆が押し寄せた。大きな街道には民衆相手の出店がひしめき、祝いの花々が飛び交い、大変な盛り上がりを見せた。教会の中にいても人々の熱や騒めきを感じて、自分たちの成し遂げたことにじわじわと実感と誇らしさが沸いてくる。夢心地のまま祈りを終えた後は、国王から直々にお褒めのお言葉を賜り、ミヤたちは聖女としての任を解かれた。
お役御免となった聖女には、多大な褒賞や地位や土地が与えられるらしい。浄化を成し遂げて間もないので褒賞についての話はまだ不確定だったが、任を解かれた他の聖女たちとの別れが近いことは確実だった。
アナスタシアは一度領地に戻る予定だというし、エレオノーラとセレフィーナも同様だ。ミヤも名残惜しいが友人たちが早々に帰路につくという話を聞いてしまえば、自分もそろそろ父母の顔が見たくなってくる。明日からは聖女たちの成功を祝うパーティーの予定が山程詰められていて、四人で集まって話せる機会は今夜しかなかった。
彼女たちはアナスタシアの私室で小さなお別れ会を開いた。
ミヤたち聖女四人は、ことあるごとにお互いを鼓舞し合い、慰め合い、支え合ってきた。
そのおかげで彼女たちの絆は強固だ。お互いのことなら何でも把握しているし、どんな悩みだって共有してきた。
たとえば、恋の悩みなんかも。
別れは寂しいが、この度セレフィーナの恋が実ったとあれば彼女たちは年頃の娘子のように大盛り上がりに盛り上がった。
セレフィーナと王子の婚約が内々に決まったのだ。
役目を終えた聖女のうちの誰かが王族が結婚することは慣例で決まっており、巷ではその噂で持ちきりだった。聖女たちの中で最も身分が釣り合うのは公爵令嬢のアナスタシアだったが、彼女は生まれるより前に隣国の王家に嫁ぐことが決まっている。だから彼女には聖女の役目を終えたら輿入れの準備があるので急いで公爵領へと戻らなければならない事情があった。次点では物静かだが気品のあるエレオノーラ、優しくたおやかな印象を受けるセレフィーナ、大穴で平民出のミヤか?などと大衆は勝手な想像で盛り上がっているようだったが、彼女たちの中ではセレフィーナが王子の婚約者に選ばれることは明白だった。
何と言ったって王子とセレフィーナは、もう何年も想い合う仲だったからだ。
聖女のうちは乙女の証である純潔を失うわけにはいかないので、セレフィーナは王子と密やかに想いを伝え合うだけだったが、役目を果たした今となっては大手を振って結ばれることができる。
セレフィーナが聖女のうちから王子から国王へは話が通されていたらしく、来月には国民にも発表することになるのだと聞かされ、任務完遂のお祝いやお別れの言葉もそこそこに聖女たちは抱き合って喜んだ。
興奮冷めやらぬうちに少なくはない量のアルコールを摂取し、どっぷりと夜が更けるまで途切れることなくはしゃいだ。
ようやく会がお開きになったのは王宮中が寝静まった深夜のことである。
ミヤは一人、覚束ない足取りで自室を目指していた。
喋り過ぎたせいで喉はイガイガするし、眠くて今すぐにでも床とお友達になりたい。それでも朝になって廊下で倒れているところをメイドに見つけられでもしたら笑えないので、気合いで意識を保っていた。
聖女のうちは飲酒も禁止されている。今日初めてアルコールを口にしたけれど、杯が進んでいくうちに皆、床と天井の区別もつかなくなってしまった。
辛うじて立ち上がることができたのはミヤだけだった。アナスタシアたちが彼女の広いベッドで横たわってうつらうつらするうちに部屋を抜け出す。
戻る際にアナスタシアの乳母がミヤを心配して、侍従をつけてくれようとしたけれど、丁重にお断りした。
楽しい会だった。嬉しい気持ちも、別れるのが寂しい気持ちも全て晒け出してきた。それでも気持ちが落ち着くまでは一人になりたかった。
基本的に聖女には一人の時間などない。だから今日という日くらいは、ゆっくりと感傷に浸りたい気分だったのだ。
元聖女になった彼女たちのうちで、これからのことが決まっていないのはミヤだけだ。
アナスタシアとセレフィーナは結婚。エレオノーラだって心に決めた人がいるという。ミヤはきっと後処理などが終わったあとは父母のいる伯爵領に戻ることになるだろうが、メイドになるための知識や技能を持っているわけでもない。かといって庭師になるには遅過ぎる。庭師になる修行は普通、幼い頃から始めておくものだ。
ミヤはこれまで、祈りを捧げることしかしてこなかった。
多少、体の中の聖力を調整する技能や治癒の心得はあるけれど、そんなものは下仕えの身分では不要なものと言ってもいい。
(いいなぁ。結婚か……)
考えたこともなかったといえば嘘になる。だが、聖女としての役割を果たすことで精一杯になっていたミヤには、役目を終えた後のことをゆっくりと想像している余裕はなかった。
他の聖女たちと同じ道筋を辿る自分の姿を頭の中で思い描いてみる。
結婚して、子どもを産んで――そこまでを考えて、ふと相手がいないことにも気付いてしまう。
気になる相手がいないわけではない。
しかし、禁欲が当たり前の環境にいたせいで、自由に恋をする自分の姿がうまくイメージできない。どこか直接関係のない、遠い世界の話のようにも思えた。
セレフィーナはもう王子と手を繋いだらしい。
ミヤだって男性と手を繋いだことくらいあるけれど、その相手は幼馴染だったし、それはエスコートされるときか、ぬかるんだ獣道で転ばないようにと差し出されたときだけだ。全く色気の欠片もない話である。
どう考えても結婚どころか恋愛にも届かない異性との接触経験しかない。
己の将来について酔ったままの頭を捻ったけれど、すぐに結論は出そうになかった。
つらつらと考え事をしながら腕組みをして歩いていると、体のバランスが保てなくて壁に半身をぶつけてしまう。お酒というのは恐ろしいものだ。頭の片隅に残っていた冷静さでもって(今後は控えよう)と決意する。
ぶつけた肩がじんじん痛む。眠気も限界で、早く部屋に戻ってベッドに沈み込みたかった。
部屋はこの先の角を曲がってすぐのところにある。ミヤはふらふらと歩を進めた。
聖女には王宮内に二部屋、自由に使っていい部屋が与えられている。一つは応接室、もう一つは寝室も兼ねた私室だ。
ようやく角を曲がって一息ついたところで、行先に腕組みをして立つ人影に気がついた。
ミヤは冷や水をかけられたようにスッと正気に戻る。千鳥足も兵士の行進になるくらい今一番会いたくない相手が部屋の前で待ち構えていた。
足を止め、一瞬迷う。逃げてしまおうか、とすら思うけれど、彼のほうも丁度ミヤに気付いたようだった。
(……アナスタシアのところに戻ろうかな)
そうも考えたけれど、部屋を出た時点で彼女は朝まで目覚めないくらい泥酔していた。儀式で使っていた大きな銅鑼をめちゃくちゃに打ち鳴らすくらいじゃないとドアは開かれないだろう。
それに、元来た道を戻るような仕草を見せたら途端に追いかけてきて捕まってしまうであろうことは、これまでの経験から充分過ぎるくらい分かりきっていた。
せめて殊勝な態度を示して温情を乞うような気持ちで額に青筋を浮かべた男の元へと向かう。
「随分と早かったな」
もちろん皮肉だ。
男の言葉に、ミヤはぎこちない愛想笑いを浮かべた。
「た、ただいま?」
表情を窺うように見上げながら、ミヤは胸の前でもじもじと指を交差する。
ミヤの頭二つ分、いや三つ分は背が高い男は、怒りを抑えたような表情で見下げてくる。その鋭い目付きが生まれながらのものであることは知っているので今更気圧されることはなかったけれど、纏う空気がひりついているのを感じて身を縮こませた。
男の名はカイルという。ミヤの幼馴染だ。
そしてミヤ専属の聖騎士でもあった男である。
ミヤが元聖女となったのだから彼もまた元聖騎士と呼ぶのが正しいのだろうが、そんな細かいことは今はどうでもいい。
彼は今日の祈りの儀式にも帯同していた。そのとき着用していた礼服からは着替えてラフな格好になってはいるが剣は腰に下げたままだ。
彼が帯刀しているときは仕事中である証左である。
儀式で疲れているであろう彼が今も仕事中なのは、どう考えてもミヤのせいだった。
元聖女とはいえ自分の担当する聖女が帰ってこないのだから待機するより他になかったのだろう。
まるで巨大な壁のように立ちはだかる男は、冷や汗をかくミヤを見て呆れと安堵がないまぜになったような深い溜息を吐いていた。
礼服のときよりも薄い生地の服を着ているせいでよく鍛えられた筋肉が強調されている。
このちょっと近寄りづらい雰囲気がいいのよねと聖騎士に夢を見ている令嬢たちは頰をピンク色に染めて噂するけれど、そんな良いものではない。ただの無愛想だ。
それに加えて今は大変お怒りなので更に近寄りがたい空気を醸し出している。
彼が誰に怒っているのかはもう分かりきっているので、ミヤも令嬢たちと同じように遠巻きに見ていたい気分になった。
最後の祈りの儀を終えてハイな気分のまま、「ちょっと出かけてくるね」と軽く告げて出ていったのが運の尽きだったのだ。最後の女子会が盛り上がることは分かっていたのだから、せめて「朝帰りになるかも」くらいは言っておくべきだった。数時間前の自分を叱りつけてやりたい。
後悔という名の現実逃避をしていると「ミヤ」と感情を抑えた低い声で呼ばれてビクリと肩が震える。
怒ったときの幼馴染は特別恐ろしいのだ。
何を言えばミヤを反省させられるかを熟知している。カイルはお気楽なミヤにお灸を据えるためなら手加減はしない。幼馴染というより親とか兄のような立ち位置なのだった。
なにせこの男、のんびり屋のミヤが一人で平穏無事に聖女の役目など果たせるものかと、平の兵士から異例の速さで出世を遂げ、聖騎士になってまで追いかけてくる程の心配性だ。彼にミヤの小手先の言い訳や反省は逆効果である。
薄グレーの目に射抜くように見つめられて、ミヤはしょんぼりと眉根を下げた。
公爵令嬢であるアナスタシアの元へと行くのだからと張り切っておめかしした着慣れないドレスの重みがぐんと肩にかかる。
せめてお叱り時間を短縮する方法がないかと考えていると、目の前の男は意外にも恭しく手を差し出してきた。
「聖女サマ。ここは冷えますので、どうぞ中へ」
「……はい」
王宮全体はうっすらと温かく外気が入り込む隙間などない。方便であることは明白だった。
聖女ミヤが自身の聖騎士からよく叱られていることは王宮の人間なら誰もが把握しているとはいえ、今日というめでたい日にまで注意を受けているだなんて思われたくないだろうという、彼なりの配慮だろう。
つまりこれから他人には見せられないくらい怒られてしまうのだということだ。
これでカイルに悪意があるならミヤだって軽く受け流せるのだが彼にそんな器用なことはできない。ただただ本気で心配しているだけなので反論の余地もなかった。
しおしおと落ち込むミヤの手を引いて室内に入ると、カイルは客間のソファーを示す。
そこに直れということだろう。
背筋を伸ばして座っている間、カイルは慣れた手付きで紅茶を淹れていた。真夜中のティータイムと洒落込もうとしているわけでは決してない。これを飲んで酔いを覚ませという意味だ。
気分的にはもう十分過ぎるほど冷静だったが、初めてのお酒のせいで時折頭がぐらついてしまうのも事実だった。
出された紅茶に口をつけ、もぞもぞと座り直す。
そこでようやく、待っていてくれているはずのメイドたちの姿がないことにも気がついた。
「メイドなら先に帰した。こんな夜中まで仕事してもらうわけにいかないだろ」
ミヤの疑問はお見通しのようで、カイルは事も何気に告げる。
ちらりと表情を見ると視線を返されるので、何だか気まずくなってきて下を向いた。
「遅くなってごめんね。楽しくなっちゃって、そしたら思ってたより時間が経ってて……」
いざ話し始めてみると、うまく舌が回らない。
思わず黙り込むとつむじ辺りに視線を感じた。「そんなになるまで飲んで、周りにも迷惑かけて」という言外の圧を甘んじて受け入れる。カイルがミヤの言いたいことを予想できるように、ミヤだってカイルとの付き合いは長いので何を言いたいのかは言葉にされずとも分かっている。
カイルは何度目かになる溜息を吐きながら、それでもミヤの前に跪くと脛を軽く叩いてきた。
「足出せ。痛いんだろ」
「……何で分かるの?」
「歩き方」
カイルはミヤがヒールなんて履き慣れていないことも、擦れて痛くなってしまっていることも全てお見通しのようだった。帰り道で何度靴を脱ぎ捨ててしまおうと思ったか分からない。
いつの間に用意されていた盥に張った湯に足をつけさせ、マッサージしてくる手付きは優しい。
大きくて硬い手のひらが自分の足を包みこむのをミヤは無言で見つめた。擦れて赤くなったところが湯に沁みて少し痛かったけれど我慢をした。
ふわふわのタオルで足を拭いてもらい、立てるかと聞かれたので頷く。室内履きは既に用意されていて至れり尽せりだった。
カイルは怒りっぽいけれど感情のままに振る舞うことはしない。務め自体は着実に全うする男だ。
「湯浴みの用意はしてある。溺れるから長湯するなよ」
「カイルは?」
「お前が寝たのを確認したら自分の部屋に戻る。お説教は明日だ」
わかったとミヤは頷いた。とりあえず今日のところは難を逃れたことにホッと息をつく。
一人、私室へ向かい、備えつけの浴室に向かおうとして、まずはこの身に纏っている豪奢なドレスを脱がなくてはいけないことに気付いた。
ドレスなんて着慣れないから、脱ぎ方もよく覚えていない。貴族からしてみれば簡素な部類のそれになるらしいがミヤにとってはドレスとは押し並べて厄介な衣服には違いなかった。
(確か背中のほうにある紐を引っ張ればいいはず)
そう思い手を後ろに回すけれど、その場でくるくると回転するだけで全く指先に引っかかるものがない。右回りがダメならば左回りだと閃いて早速試したけれど、状況は変わらなかった。
次第に目まで回ってきて、派手な音を立てて転んでしまった。ベッドサイドの椅子に手が当たり、それが倒れた音が耳に痛い。
ミヤはしばらくぼうっと座り込んでいたけれど、だんだんとなんだかもう自分が情けなく思えてきて目には涙が浮かんできた。
何もうまくいかない。
楽しかったことだっていっぱいあったはずの一日だったのに、悪いことばかりが思い出されてしまう。
他の聖女には進路が決まってるのにミヤだけ決まっていない。幼馴染には迷惑をかけてしまうし、しまいにはドレスだって満足に脱げない。
一人になった瞬間、これからの不安が押し寄せてきて、何もできない自分がちっぽけな存在になったようにも錯覚した。
我慢できなくなったミヤがしくしくと泣いていると私室のドアが叩かれる音がする。間違いなくカイルだろう。
いつもなら一人で大丈夫だと意地を張るところなのに、今日は自制が効かなかった。
「ミヤ? 大丈夫か?」
「カイル……」
小さな声で呼ぶとカイルは一瞬迷ったようだった。しかしゆっくりとドアは開かれ、泣いているミヤに気付いて大股で歩み寄ってくる。
迷わず傍らに膝をついた男は「どうした?」と珍しく取り乱したように聞いてきた。
「転んじゃった……」
ただそれだけのことなのに泣いていた自分のことがおかしく思えてきてミヤは「えへへ」と笑う。
カイルは眉間に皺を寄せ、何を考えているか分からないような表情をする。
「怪我は?」
「大丈夫。転んでビックリして涙出てきちゃっただけ。痛いとこないよ」
倒れた拍子に紐が緩んだのか、ドレスの肩の辺りが二の腕までずり落ちてしまっていた。ミヤは俯きながら手繰り寄せたけれど、ふと視線を感じて顔を上げる。
カイルがじっと見つめてくるのでミヤは首を傾げた。
「なに?」
「いや……」
目の前の男の様子がおかしい気がして、瞬きをして次の言葉を待つ。
「手伝うか?」
「え?」
「それ。一人じゃ脱げないんだろ」
脱げない。
頷きかけて、理性で押し止まる。
本当に、そんなことをお願いしていいんだっけ。
カイルがメイドの代わりに世話をしてくれるのはよくあることだ。昔馴染みだからという理由で、聖騎士としては許されない距離感でも相手がカイルならばと許してきた。ミヤが良いと言うので、今となっては苦言を呈す者もいない。
それでも私室に入ってきて着替えを手伝うという行為は、これまでの世話焼きからは一線を画すような気がしてならなかった。
ミヤの躊躇を感じ取ったのか、カイルは何かを言いかけてやめる。
カイルはミヤの素肌を見たとしても、きっと何とも思わない。先程まで足に触れていても無表情だったくらいだ。ミヤのことを異性だと認識しているのかも怪しい。
手間のかかる妹――きっと、彼にとってはそれが自分の立ち位置で、その程度の存在なのだという自覚はあった。
だから、ミヤがずっと胸に抱いてきた淡い初恋が叶う日は、この先一生来ない。
聖女ではなくなって、自由に恋愛できるようになったとしてもカイルに振り向いてもらえるなんて思っていない。
そんなことすらも悲しくて堪らないのだと今更になって気がついてしまった。
今日は厄日だ。
「白い紐のところをね、ぴーって引っ張ったら抜けると思う」
ミヤが平静を装って言うと、無言で手が伸びてくる。
全身の強張りに気付かれませんようにと思いつつ、やけに時間をかけてゆっくりと解かれていくのを胸元を押さえながら待った。
背が露わになる。じんわりと汗をかいた素肌が徐々に冷えていくのを感じた。
ふと、カイルの指先が首筋を掠めるように触れるのでミヤはビクリと肩を震わせる。たまたまだったようで見上げた幼馴染の顔は普段通りだった。
「着替え、ベッドの上に置いてある」
見ると、言葉の通り枕元に寝巻が置かれている。ミヤの注意が逸れた隙にカイルは素早く部屋から出ていった。
ミヤはぎこちない動作で立ち上がる。脱いでしまったドレスの扱いに困って、考えた末に窓際の長椅子に置き、着替えを抱えると風呂場へと向かった。
全身を丸洗いしてから、ぬるくなった湯に浸かったところで、ようやく冷静になってくる。
先程の自分の言動を思い起こして顔を真っ赤にしながらバシャバシャと水面を叩いた。
(アレはない!)
将来に不安を感じて泣いた挙句、仮にも異性である幼馴染に着替えまで手伝ってもらってしまった。考えれば考えるほど失態だ。大失態だ。
ミヤは考えていることがそのまま表情に出やすい。好意を持っていることを知られたら情が深いカイルのことだから、きっと気を遣わせるだろうと思い、今までは細心の注意を払って気持ちを押し殺してきた。大仕事を終えた後だからか、もうカイルとは疎遠になるであろうことは分かっているからか、ついボロが出そうになってしまった。
ミヤは、カイルに想いを告げようなどとは全く考えていない。
カイルは腕が立つ。騎士としての周囲からの評価も高い。国王直属の騎士にと望まれているようだし、貴族お抱えの護衛騎士としても引く手数多だろう。
聖女という肩書きがなくなったら役立たずになってしまうミヤとは違うのだ。
(カイルは、この先どうするんだろう)
他の聖女との別れだけでも辛いのに、カイルと離れるなんて想像しただけでも泣いてしまいそうだ。
彼も積極的に今後のことをミヤに話したくはないようで話題を避けているような節があった。
でも、このままではいけない。
もうすぐカイルともお別れなのだから、きちんと確認して前を向かなければ。
よし、とミヤは気合いを入れて立ち上がる。
体を拭くのもそこそこに部屋に戻ると、ベッド脇の椅子に腰掛けて待ち受けていた人影を見て飛び上がった。
「な、何してるの?」
先程ミヤが倒してしまった椅子を起こしてくれたらしい。それはまだ理解できるが、なぜ出ていったはずのカイルがその椅子に座っているのかが分からずに困惑する。
余程お風呂で溺れる心配をさせてしまったのだろうか。
ミヤが近付くと、カイルは嫌そうな顔をした。
手招きをされて正面に来るようにベッドに腰掛ける。カイルはミヤの首にかけていたタオルをスルッと引き抜いて、ぼたぼたと水滴を垂らす髪を拭いた。
床を見れば歩いてきたところが点々と水溜りを残している。
いつもはメイドに髪を乾かしてもらうのだから気付かなくても仕方がない。そう言い訳すると、カイルは「ものぐさなだけだろ」と鼻を鳴らした。
「何か言いたそうにしてたから戻ってきた」
髪の毛をあらかた拭いてもらい、跳ねた前髪を指先で摘んでいるとカイルは唐突にそんなことを言う。ミヤはきょとんとするけれど、先程の何をしているのかという問いかけに対する答えであることに遅れて気がついた。
途端に胸がジワリと温かくなってくる。
カイルが自分のちょっとした変化を見逃さずにいてくれたことが嬉しかった。
「あのね、私」
言いかけて、何から話していいか迷う。
カイルの今後について聞きたいけれど、それをそのまま口にするのは躊躇われた。
「えっと……王子がね、婚約するって言ってて」
ミヤ以外の聖女はみんな進路が決まっている。きっとカイルだって、何も言ってはくれないけれど将来のことはしっかりと考えているはずだ。セレフィーナの婚約話からカイルの今後の話に持っていこうとしたのだが、随分と遠回りな説明から入ったせいでミヤは言葉に詰まる。
そういえばセレフィーナと王子の結婚については口外して良かったのだろうか。カイルは口が固いから吹聴するようなことはしないだろうけれど、話し始めの話題の選択に間違えたことには気がついた。
別の切り口でカイルの進路について聞かなくてはと考え込み始めたせいで、ミヤは目の前の男が固まっていることには気付かない。
「王子と婚約……?」
「うん、そう。来月には公表するんだって」
つい答えてしまい、慌てて両手で口を押さえる。カイルの眉間に皺が寄るのを見つめた。
「違うの。待って。今の忘れて」
今のナシ!とミヤが顔の前で手を振ると、手首を強く握られた。
「どういうことだ?」
「えっと、えっと……うーん……カイルならいいのかな、聖騎士だし。あのね、最初は王子の猛アタックだったの。毎日好きだって言われて、大きな花束もたくさんもらって。時間があるときは、こっそり二人で会ってたんだよ。王子は優しくて何でも言うこと聞いてくれるの。あ、でも力が弱まっちゃうからエッチなことはしてないよ! 手を繋いだだけ。でもそれだけで幸せで満たされる相手なんだって」
「なんだってって……そんな、他人事みたいに」
だって他人事だもんと思うけれど、カイルは心ここに在らずだった。
繋がれた手首を離してくれるつもりはないらしい。力が強くて少し痛い。
しばらくの沈黙の後に「おまえは王子のこと好きなのか?」と聞かれてミヤは頷いた。
「嫌いではないかな。王子、優しいし」
王子はセレフィーナに会いにきたついでにこっそりお菓子をくれるから好きだ。
しかしどうして突然そんなことを聞かれたのか真意が分からなかった。まさかこの短いやりとりで時々高級お菓子をもらっていたことがバレてしまったのだろうか。
カイルはミヤがお菓子を食べ過ぎると怒るのだ。
お説教のネタを増やしてしまったかもしれないと冷や汗をかくミヤを静かに観察するカイルの目は据わっていた。
「手なら、俺も何度もおまえと繋いだことがある」
「うん。……うん?」
するりと指を絡めるように繋ぎ直された手を見つめた。
不意に立ち上がったカイルがぐううっと力を入れてくるので手を繋いだままベッドに倒れる。
見上げた男は見たこともないような怖い顔でミヤを見下ろしている。
「絶対に俺のほうが先だった。聖女になるために頑張ってるから近くで見守るだけにしてきたのに。脇から掻っ攫われるくらいなら、最初から手を出しておけばよかった」
「カイル?」
顔が近付いてきて、首筋に埋められる。カイルの短く切り揃えられた髪の毛が頰に触れてくすぐったい。
普段にない距離感にどきまぎしているうちに、カイルは肩口に噛みついてきた。
歯が皮膚に食い込む。そのまま噛みちぎられてしまいそうなくらい強くて、驚いたミヤが嫌だと暴れてもカイルは返事をしなかった。
「う、うぅ……」
シーツに押さえつけられていた手を握り直される。
のしかかってくる体が重くて、唯一自由に動かせる足を突っ張ったりカイルの横っ腹を爪先で蹴り飛ばしたが全く意味がなかった。
カイルは少しだけ顔を離して、噛み跡を見つめると、また角度を変えて噛みついてくる。
今度は噛むだけでなくて吸いつかれる。ミヤはぎゅっと目を瞑り「やだ……っ」とか細い声で訴えた。
じっとりと這わされた舌が耳の後ろまで上がってきて、そうして耳朶に歯を立てられる。
どうしてこんなことをされるのか分からなかった。
「アイツともこんなことしたのか?」
誰を指しているのかは分からないがミヤは必死で首を横に振る。
カイルはその答えに満足したように見えたが、解放してくれる気は更々ないようだった。
寝巻きの裾から手を入れられる。腰に触れていたそれが徐々に上がってくる。大きな手で焦らすように何度も脇腹を撫でてきて、ミヤは身を捩った。
カイルに叱られるのはいつものことだったが痛いことをされたのは初めてだった。
そんなに怒らせるようなことを言ってしまっただろうかと不安になってきてミヤの目からはボロボロと涙がこぼれる。
「ねぇやだ。噛むのやだ……もう王子からお菓子もらわないから。カイルに隠し事もしない」
彼はミヤの方をチラリと見たけれど、それだけだった。
何も答えてくれないのが嫌でミヤはしゃくり上げて泣き出す。
その間にもカイルの手はどんどん上がってきて、ミヤの胸を包み込んだ。ゆっくりと手のひらで揉み上げられるのを息を詰めて耐える。
捲り上げられて露わにされたそこをじっと見つめられて恥ずかしくて堪らない。
カイルは震えるミヤの手を取って指先に口付けた。
何を考えているのか分からなくて怖かった。
ぎゅうっと目を閉じていたが、彼が「ミヤ」と何度も呼ぶので薄目を開ける。
唇が重ねられて目を見開く。すぐに離れていったけれど、ミヤが何かを言う前に再び口を塞がれる。
触れ合ったところがひどく熱を持っている。鼻先がぶつかって、角度を変えてまたくっつけてくる。
カイルが体を離した隙に、「そっ、そういうのは好きな人としなくちゃいけないんだよ!」とミヤは指をさした。
ミヤだってキスくらい知っている。
口と口をくっつけたらキスだ。好き合った相手としかしてはいけないと他の聖女たちも言っていた。
カイルはミヤのことを家族の括りで考えているはずなのだから、キスなんてしたらいけないのだ。
なぜか服を脱ぎ捨てていくカイルは、顔を真っ赤にするミヤを見て目を細めた。
「じゃあ、問題ないな」
短くそう答えて、意味が理解できないでいるミヤに覆い被さってくる。
頑なに閉ざした唇にカイルは性懲りもなく唇を押し当ててくる。ミヤはどうしたらいいのか分からなくて口を閉じたままでいたけれど、べろりと舌で舐められて「あっ」と声を出した。
カイルがその隙を逃すわけもなく、舌が入り込んでくる。
食いしばった歯に触れ、歯列をなぞってくる。いつまでも開く気配のないミヤに焦れたのか、口の端から親指が差し込まれて強制的に開けさせられる。
奥に縮こまっていた舌を器用に捕まえて、そうしてカイルがフッと鼻で笑うものだからミヤはむっとしてしまう。
ひとこと言ってやろうとしたのに、舌を絡めてくるせいで何も言えなくなる。ざらざらとした感触を覚えさせられて、ちゅうと音を立てて舌先を吸われる。息継ぎも儘ならない。
挙げ句の果てには合間に「かわいい」と呟くものだから、今度は別の意味で顔を真っ赤にした。
カイルの胸板を押してもビクともしなかった。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて苦しかった。
そうしてまたキスをされる。
舌を甘噛みされたときには首に噛みつかれたことを思い出して怖くなってしまったけれど、痛いことはされなかった。それどころか頭の中がとろりと溶けていくような感覚すらあった。
優しい手付きで目尻に残った涙を拭われる。
キスくらい許してもいいのかもしれないと唐突に思った。
だって、最後だ。
どうせカイルとはこの先一緒にいられない。そんなのは分かっている。
どうして好きでもないミヤにキスをするのか、その理由はさっぱり分からなかったけれど、好きな相手が自分に触れている。多分カイルはキスが好きな人とするものなのだということを知らないのだろう。きっと後で知ったら彼は後悔するに違いない。でもミヤは嫌じゃない。一生に一度だ。好きになった人とできる最後の機会だ。
ミヤは意を決して、抱きしめてくるカイルの背に同じように腕を回す。
すると微かに張り詰めた空気が緩んだような気がして、おそるおそる表情を窺った。
睫毛が触れ合うほど近付いているのに、やっぱりカイルの心の奥は見通せない。
それでもいい。どうせ最後なんだからと、ミヤは自分から軽く唇を合わせた。
小さく舌を出すと指で挟まれる。
軽く引っ張られて親指の腹で表面を撫でられた。その状態で舌先に吸いつかれて、なぜかそれが酷く気持ちが良い。
恥ずかしくて、やめてほしくて顔を背けようとしても許してもらえなかった。
カイルの反対の手は相変わらずミヤの胸を弄んでいた。
ふにふにと柔らかい胸の先端を摘まれるとムズムズする。
やがてそこが硬く芯を持つようになるとカイルはキスをやめて胸に顔を埋めた。
しばらく動かずにいたけれど、手が良からぬ動きをしている。下穿きに指をかけられて流石にミヤも抵抗しようとした。
難なくずり下されて、慌てて引き上げようとしたのに素早く抜き取られてしまう。遠くに放り投げられて絶望した。
足の間を手で隠そうとする。そんなところを他人に見られるのなんて初めてだった。
ぐい、と太腿を掴まれて左右に広げられる。足の間にカイルが体を割り込ませてくる。
大きく足を広げさせられただけでも恥ずかしかったのに、自分でもよく見たことがないところを凝視されて居た堪れない。
加えて、カイルが「毛がない」と呟くので分厚い胸板を叩いた。大してダメージはないようだったけれど、カイルは不機嫌そうな顔をしていた。
他の聖女たちにちゃんとお手入れしなくちゃダメよと言われた記憶が頭の中でグルグルと回る。言われたとおりに手入れしてきただけなのにあんまりだ。
カイルがムッとした表情のまま触れてくる。
指で左右に開かれる。不意にクリを押されて腰が跳ねた。円を書くように敏感なところを撫でられる。
「まっ、て……あっ……」
ビクッと体を震わせる。腰から下の感覚がおかしい。足を閉じたくて膝を引き寄せても容赦なく押し開かれる。
ただ擦られているだけなのに水音がする。
程なくして指がナカに這入ってきた。
自慰も知らないミヤは何をされているのか分かっていない。
「ここは触らせたのか?」
一体誰がこんなところまで触るというのだろう。指が浅いところを行き来するたびに腰を高く上げてしまう。
荒くなっていく息遣いをカイルに聞かれたくなかった。
指の付け根まで挿入されて、腹側のざらざらとしたところを擦られる。
何も考えられなくなってきて、言われるがままに足を開いた。
二本目は少しきつかった。
顔を顰めると俯せになるように言われて大人しく体勢を変える。四つん這いになると、腰を引き寄せられてお尻を突き出すような格好をさせられた。
指を入れられるのは多少楽になったけれど羞恥心に耐えられない。枕を抱き寄せて顔を埋める。
出し入れがスムーズにできるようになった辺りでカイルも全ての服を脱ぎ去っていた。
初めて見る男性の体にミヤは固まってしまう。
視線は自然と反り上がった性器に向い、そうしてまたカイルの顔に戻る。
ドクドクと心臓が脈打つ。
あれ?と、ようやく気がついた。まさかこれは噂で聞いた性行為そのものなのでは、と。
指折り数えていく。手を繋いだ。キスもした。裸も見た。恋人同士はそのあと結ばれるのが定石らしい。
(これってもしかしてアナスタシアが言っていた『結ばれる』……?)
恋人としかしちゃいけないのよと彼女は言っていた。体を許す相手は選ばなくちゃとエレオノーラも。初めてはもちろん彼が良いとセレフィーナも頰を染めて答えていた。
大変だ。カイルは知らないのかもしれない。
恋人としかしてはいけないことをしている。キスまでなら言い訳できるかもしれないけれど、最後まではいけない。そんなことをしたら一線を越えるどころの話ではなくなる。
ミヤは慌てて、押し倒そうとしてくるカイルの腕の中でジタバタと暴れた。
「嫌なのか? 今更やめたいなんて言うなよ」
そう言いながら胸に吸いつこうとしてくる男の額を押し返す。
「カイル、これセックスだよ! 不純異性交遊になっちゃう!」
「はぁ?」
カイルが目を眇めて馬鹿にしたように見てくる。しかしミヤはそれどころではない。
カイルは聖騎士になるために鍛錬ばかりしてきたから世間知らずなのだろう。危なかった。事前知識があって良かったと胸を撫で下ろす。
カイルは知らないのだろうが、セックスはそれこそ結婚する相手としかしてはいけない。聖女三人が口を揃えて言っていたから間違いない。
すんでのところで止められたことにホッとするミヤの様子を不審そうに見つめながら、カイルは性器を押しつけてきた。
「キツくて入らないかもな。痛かったら言えよ」
ぐりぐりと先端を入れようとしてくる。カイルが何も分かっていないことにミヤは慌てた。
「だっ、ダメだよっ! 恋人同士じゃないとしないんだってみんながっ……ァ、アッ!」
ぐーっと挿入されてミヤは体を強張らせた。指なんかより遥かに太くて硬いそれが押し入ってくる。
「カリまでしか入らないな」
そんなことを少し笑いながら言うのでミヤの頭は大混乱だった。
入らないと言いながらも太腿を抱え直して徐々に腰を進めてくる。
痛い。入り口にピリピリするような痛みがあるし、むりやり挿入されているせいで圧迫感もひどい。
「いたい……」
ぐすぐすと泣きながら腕を伸ばす。カイルは大人しく首を差し出して、抱きついてくるミヤの鼻先に口付けた。
「痛いよな。ごめんな」
謝るくせにやめてくれない。
ズクズクと奥を突かれて喘ぐしかないミヤをカイルは目に焼きつけるように見つめていた。
最初はゆっくりだったのに段々と腰の動きが早まる。
激しく揺らされて枕を抱きしめて耐えていると、それすらも奪われて投げ捨てられてしまう。
「ミヤ。顔が見たい」
「う、う……?」
顎を掴まれて強制的にカイルのほうを向かされる。
ぐ、ぐ、と最奥に叩きつけるように突き上げてくる。
性器が脈打ったあとに小さく萎むので精を放ったことが分かった。
性急に唇を重ねてくる。
肩で息をする男が汗だくなって自分を求めていると思うとナカが引き込むようにうねる。
しばらくミヤの舌を追いかけ回すのに夢中になっていた男が再びゆるゆるとまた抜き差しを始める。すぐに中で大きくなった。
「悪い。もう一回したい」
そう言ってミヤを膝の上に乗せる。
自重で深いところまで入っていってしまう。後手をついて少しずつ浮かせていたのに、下から容赦なく突き上げられてミヤは本気で泣き出す。
挿入に合わせて体が跳ねる。揺れる胸を捕まえて揉んでくる。乳首を引っ張られて体を反らした。
「今締まった。これ好きか?」
「すき……すき……っ」
一生懸命答えると赤く色づいた胸を口に含んでくる。ピンと張り詰めた突起に歯を立てて甘噛みをしながら再び下からの突き上げが激しくなる。
「そこ、きもちいいっ……あっ、あッ……!」
特にいいところを攻められて声が出てしまう。
一番気持ちが良いところにくるとナカを一層強く締めつける。達したミヤがぐったりと体を預けると、カイルはまたバチュバチュと激しく音を立てて抜き差しした後で精液を流し込んでいた。
強く抱きしめてくる。ミヤにはもう指一本動かすこともできなくて、そのまま意識を失った。
ミヤはゆっくりと目を開けた。
朝日が眩しくて何度か瞬きをする。完全に開き切っていない目で周囲を確認して、ベッド脇の椅子に頭を抱えて座る男がいることに気がついた。
ミヤが起きていることには気付いているはずなのに、こちらを見ない。仕方なく「カイル?」と呼びながら大きな欠伸をした。
体を起こそうとして止める。下半身に鈍い痛みがある。
布団に包まりながら、項垂れる男を少しの間見つめた。
何をそんなに落ち込むことがあるのだろう。
好きでもない相手とシてしまったことを後悔しているのだろうか。
「悪かった」
かける言葉に迷っているうちに、カイルがぽつりと呟くように言った。
なぜ謝られているのか分からなかった。
確かにあんなに痛いとは思わなかったし、やめてと言ってもやめてくれなかったのは嫌だった。
ただ途中からは、カイルを受け入れたのは自分の意志だった。むしろこれからは初恋の思い出を胸に前を向いて生きていこうと考えていたところだった。
「私、気にしてないよ。痛かったけど」
そう言うと、カイルは明らかに動揺していて、少しばかり意地悪してやろうという目論見が当たってミヤは「うふふっ」と笑った。
カイルは困ったように見つめてくる。
上半身を起こそうとすると、いつものように手を差し出そうとしてハッとしたように躊躇う。ミヤは構わず、その手を握った。
「王子には、俺から謝りに行く。婚約破棄になったら不貞に対する賠償金も課せられるだろうが、当然それも俺が払う。いや、その前に俺の首が刎ねられるかもしれないな……今から貸金庫に行ってくる。引き出した財産は全部渡しておくからおまえの好きなようにしてくれ」
「王子?」
カイルがいつになく意味の分からないことを言うので首を傾げた。瞬きをするミヤを見つめ返して、どうやら話が噛み合っていないことに気付いたのか、カイルも同じ方向に首を傾げる。
「王子がどうしたの? セレフィーナだよ。王子と婚約したの。昨日言ったでしょう」
「……俺は王子と婚約することになったとしか聞いてない」
「だからセレフィーナに決まってるじゃない。あの二人ずっと長く付き合ってたんだから。まさか知らなかったの?」
「知るわけないだろ。こっちには蝶々を追いかけて行方不明になる聖女がいるんだぞ。他の奴らのことなんか気にしてられるか」
蝶を追いかけて迷子になった聖女というのは間違いなくミヤのことだ。あのときは大変だった。
「そういえば実はあのときの蝶、蝶じゃなかったんだよ。カラフルな蛾だったの。羽をね、こうして止まったときに閉じられるのが蝶なんだけど、ずっと飛び回ってるから全然分からなかったの」
そのときのことを思い出してポンと手を打ったミヤが事細かに蝶々と蛾の違いについて説明していると、カイルは力が抜けたようにベッドに突っ伏した。
気にせず話を続けていたけれど身動き一つしないので不審に思い始める。指で肩をツンツンと刺すと素早く手首を捕まえられた。
「王子と結婚しないのか」
まだそんなことをブツブツと言うのでミヤは唇を尖らせた。
「そうだよ。聖女の中で結婚が決まってないの私だけなの。そういえばカイルはこの後どうするの? 国王直属の騎士に誘われてるって聞いたけど」
あれほど気になっていたのに聞けなかったことがスッと口から出てきた。勢いが大事なのね、なんて思っているミヤをカイルは顔の向きだけ変えて見上げてくる。
「俺は、おまえのいるところがいい」
「えー。そういうの良くないよ。友だちがその進路に行ったからってついてこうとすると痛い目を見るんだよ。それに私、伯爵領に戻ろうと思ってるの。王都からは遠いし、それなりに旅費も必要でしょう。カイルはアーデン家の騎士になりたいの?」
「そうじゃない。騎士だろうが何だっていいんだ。俺はおまえの側にいれるのなら、それでいい。結婚してほしいと言ってる」
「……ケッコン?」
「結婚。嫌か?」
「好き同士じゃないと結婚はできないんだよ、カイル」
今度はミヤが困ってしまう番だった。幼い頃に一緒にやったような、おままごとの夫婦ごっことは訳が違うのだ。本当に相手のことを好きでなければ結婚なんてできない。
すっかり昨夜のことは大切な思い出として胸にしまっておく気でいるミヤに溜息をついて、カイルは背筋を正すと正面から向き合った。
「好きだ。おまえが聖女になる前からずっと。近くにいたくて聖騎士になっただけで別に騎士でいることに拘りはない。金に不自由はさせない。おまえは日がな一日、蝶々でも蛾でも好きなだけ追いかけてたらいい。そばにいてくれるだけでいいんだ」
「ちょっ、ちょっと待って! 何言ってるのか全然分かんない。……カイル、私のこと好きなの?」
「二十年間ずっとおまえだけが好きだ」
生まれたときには既に家が隣同士でよく遊んでいた。ミヤもカイルも今年で二十歳。二十年というと、赤ん坊のときからということになる。
呆然とするミヤの手を取り、指先にそっと口付けてくる。
返事は?と聞かれて、断られるなんて微塵も思っていないような表情を見つめた。
じわじわと這い上がるようにして顔が赤く染まっていく。何も言えずにただ頷くと、カイルは嬉しそうに笑った。
ぎゅうっと抱きしめられた腕の中からは逃げられそうもない。
ミヤはとうとう観念して、幼馴染の背に腕を回した。
ソルヴィア王国では古より数百年に一度、国の各地で瘴気が放出され、現れた魔物たちが民草を苦しめるという言い伝えがある。実際、その言い伝えの通り定期的に聖女と目される少女たちを集めて危機を逃れたという文献がいくつも残されており、教会に所属する聖人たちは国王からの強い要請を受けて聖女を選出した。聖人たちは各地を巡り、最も聖女としての適性が高い四人の少女を選んだのだ。
その中の一人がミヤだ。
ミヤの母親は、とある伯爵家に仕えるメイドであり、父親も代々伯爵家の庭師だ。ミヤは何の変哲もない夫婦から生まれた平民の子だった。それがある日突然、聖女などというお伽話の中の登場人物のような存在に自分がなってしまうなんて夢にも思っていなかった。
ミヤに拒否権はなく、否応なしに教会に引き取られてからは、ひたすら修行の日々を過ごした。聖女として務めを果たすべく研鑽を積み、数年前からは実戦にも赴くようになっていた。瘴気の発生源は国中の至る所に点在し、時には魔物と対峙するような辛く長い道のりを乗り越えなければならなかった。
しかし、そんな日々も今日でおしまいだ。
つい先日、ミヤは他の聖女たちと力を合わせ、瘴気の浄化を成し遂げたのだ。
聖人たちに選ばれた聖女は全部で四人。
公爵令嬢のアナスタシア、伯爵令嬢のエレオノーラ、エレオノーラの双子の妹のセレフィーナ。そして平民出身のミヤ。
ミヤは聖女たちの中では唯一、平民の出だった。
他の聖女たちは皆貴族の出身で、初めのうちは距離も感じていたが、共に力を合わせていくうちに彼女たちとは唯一無二の親友となった。
「名残惜しいわね」
ワインの入ったグラスを片手に、そう呟いたのはアナスタシアだった。
今日が聖女たちの最後のお勤めの日だった。瘴気の完全浄化を遂げた後は王都に帰還し、教会に最後の祈りを捧げた。
この国の更なる繁栄と安寧を願って浄化の儀は完遂となる。
王都にはこの歴史的瞬間を目の当たりにしようと数え切れない程の民衆が押し寄せた。大きな街道には民衆相手の出店がひしめき、祝いの花々が飛び交い、大変な盛り上がりを見せた。教会の中にいても人々の熱や騒めきを感じて、自分たちの成し遂げたことにじわじわと実感と誇らしさが沸いてくる。夢心地のまま祈りを終えた後は、国王から直々にお褒めのお言葉を賜り、ミヤたちは聖女としての任を解かれた。
お役御免となった聖女には、多大な褒賞や地位や土地が与えられるらしい。浄化を成し遂げて間もないので褒賞についての話はまだ不確定だったが、任を解かれた他の聖女たちとの別れが近いことは確実だった。
アナスタシアは一度領地に戻る予定だというし、エレオノーラとセレフィーナも同様だ。ミヤも名残惜しいが友人たちが早々に帰路につくという話を聞いてしまえば、自分もそろそろ父母の顔が見たくなってくる。明日からは聖女たちの成功を祝うパーティーの予定が山程詰められていて、四人で集まって話せる機会は今夜しかなかった。
彼女たちはアナスタシアの私室で小さなお別れ会を開いた。
ミヤたち聖女四人は、ことあるごとにお互いを鼓舞し合い、慰め合い、支え合ってきた。
そのおかげで彼女たちの絆は強固だ。お互いのことなら何でも把握しているし、どんな悩みだって共有してきた。
たとえば、恋の悩みなんかも。
別れは寂しいが、この度セレフィーナの恋が実ったとあれば彼女たちは年頃の娘子のように大盛り上がりに盛り上がった。
セレフィーナと王子の婚約が内々に決まったのだ。
役目を終えた聖女のうちの誰かが王族が結婚することは慣例で決まっており、巷ではその噂で持ちきりだった。聖女たちの中で最も身分が釣り合うのは公爵令嬢のアナスタシアだったが、彼女は生まれるより前に隣国の王家に嫁ぐことが決まっている。だから彼女には聖女の役目を終えたら輿入れの準備があるので急いで公爵領へと戻らなければならない事情があった。次点では物静かだが気品のあるエレオノーラ、優しくたおやかな印象を受けるセレフィーナ、大穴で平民出のミヤか?などと大衆は勝手な想像で盛り上がっているようだったが、彼女たちの中ではセレフィーナが王子の婚約者に選ばれることは明白だった。
何と言ったって王子とセレフィーナは、もう何年も想い合う仲だったからだ。
聖女のうちは乙女の証である純潔を失うわけにはいかないので、セレフィーナは王子と密やかに想いを伝え合うだけだったが、役目を果たした今となっては大手を振って結ばれることができる。
セレフィーナが聖女のうちから王子から国王へは話が通されていたらしく、来月には国民にも発表することになるのだと聞かされ、任務完遂のお祝いやお別れの言葉もそこそこに聖女たちは抱き合って喜んだ。
興奮冷めやらぬうちに少なくはない量のアルコールを摂取し、どっぷりと夜が更けるまで途切れることなくはしゃいだ。
ようやく会がお開きになったのは王宮中が寝静まった深夜のことである。
ミヤは一人、覚束ない足取りで自室を目指していた。
喋り過ぎたせいで喉はイガイガするし、眠くて今すぐにでも床とお友達になりたい。それでも朝になって廊下で倒れているところをメイドに見つけられでもしたら笑えないので、気合いで意識を保っていた。
聖女のうちは飲酒も禁止されている。今日初めてアルコールを口にしたけれど、杯が進んでいくうちに皆、床と天井の区別もつかなくなってしまった。
辛うじて立ち上がることができたのはミヤだけだった。アナスタシアたちが彼女の広いベッドで横たわってうつらうつらするうちに部屋を抜け出す。
戻る際にアナスタシアの乳母がミヤを心配して、侍従をつけてくれようとしたけれど、丁重にお断りした。
楽しい会だった。嬉しい気持ちも、別れるのが寂しい気持ちも全て晒け出してきた。それでも気持ちが落ち着くまでは一人になりたかった。
基本的に聖女には一人の時間などない。だから今日という日くらいは、ゆっくりと感傷に浸りたい気分だったのだ。
元聖女になった彼女たちのうちで、これからのことが決まっていないのはミヤだけだ。
アナスタシアとセレフィーナは結婚。エレオノーラだって心に決めた人がいるという。ミヤはきっと後処理などが終わったあとは父母のいる伯爵領に戻ることになるだろうが、メイドになるための知識や技能を持っているわけでもない。かといって庭師になるには遅過ぎる。庭師になる修行は普通、幼い頃から始めておくものだ。
ミヤはこれまで、祈りを捧げることしかしてこなかった。
多少、体の中の聖力を調整する技能や治癒の心得はあるけれど、そんなものは下仕えの身分では不要なものと言ってもいい。
(いいなぁ。結婚か……)
考えたこともなかったといえば嘘になる。だが、聖女としての役割を果たすことで精一杯になっていたミヤには、役目を終えた後のことをゆっくりと想像している余裕はなかった。
他の聖女たちと同じ道筋を辿る自分の姿を頭の中で思い描いてみる。
結婚して、子どもを産んで――そこまでを考えて、ふと相手がいないことにも気付いてしまう。
気になる相手がいないわけではない。
しかし、禁欲が当たり前の環境にいたせいで、自由に恋をする自分の姿がうまくイメージできない。どこか直接関係のない、遠い世界の話のようにも思えた。
セレフィーナはもう王子と手を繋いだらしい。
ミヤだって男性と手を繋いだことくらいあるけれど、その相手は幼馴染だったし、それはエスコートされるときか、ぬかるんだ獣道で転ばないようにと差し出されたときだけだ。全く色気の欠片もない話である。
どう考えても結婚どころか恋愛にも届かない異性との接触経験しかない。
己の将来について酔ったままの頭を捻ったけれど、すぐに結論は出そうになかった。
つらつらと考え事をしながら腕組みをして歩いていると、体のバランスが保てなくて壁に半身をぶつけてしまう。お酒というのは恐ろしいものだ。頭の片隅に残っていた冷静さでもって(今後は控えよう)と決意する。
ぶつけた肩がじんじん痛む。眠気も限界で、早く部屋に戻ってベッドに沈み込みたかった。
部屋はこの先の角を曲がってすぐのところにある。ミヤはふらふらと歩を進めた。
聖女には王宮内に二部屋、自由に使っていい部屋が与えられている。一つは応接室、もう一つは寝室も兼ねた私室だ。
ようやく角を曲がって一息ついたところで、行先に腕組みをして立つ人影に気がついた。
ミヤは冷や水をかけられたようにスッと正気に戻る。千鳥足も兵士の行進になるくらい今一番会いたくない相手が部屋の前で待ち構えていた。
足を止め、一瞬迷う。逃げてしまおうか、とすら思うけれど、彼のほうも丁度ミヤに気付いたようだった。
(……アナスタシアのところに戻ろうかな)
そうも考えたけれど、部屋を出た時点で彼女は朝まで目覚めないくらい泥酔していた。儀式で使っていた大きな銅鑼をめちゃくちゃに打ち鳴らすくらいじゃないとドアは開かれないだろう。
それに、元来た道を戻るような仕草を見せたら途端に追いかけてきて捕まってしまうであろうことは、これまでの経験から充分過ぎるくらい分かりきっていた。
せめて殊勝な態度を示して温情を乞うような気持ちで額に青筋を浮かべた男の元へと向かう。
「随分と早かったな」
もちろん皮肉だ。
男の言葉に、ミヤはぎこちない愛想笑いを浮かべた。
「た、ただいま?」
表情を窺うように見上げながら、ミヤは胸の前でもじもじと指を交差する。
ミヤの頭二つ分、いや三つ分は背が高い男は、怒りを抑えたような表情で見下げてくる。その鋭い目付きが生まれながらのものであることは知っているので今更気圧されることはなかったけれど、纏う空気がひりついているのを感じて身を縮こませた。
男の名はカイルという。ミヤの幼馴染だ。
そしてミヤ専属の聖騎士でもあった男である。
ミヤが元聖女となったのだから彼もまた元聖騎士と呼ぶのが正しいのだろうが、そんな細かいことは今はどうでもいい。
彼は今日の祈りの儀式にも帯同していた。そのとき着用していた礼服からは着替えてラフな格好になってはいるが剣は腰に下げたままだ。
彼が帯刀しているときは仕事中である証左である。
儀式で疲れているであろう彼が今も仕事中なのは、どう考えてもミヤのせいだった。
元聖女とはいえ自分の担当する聖女が帰ってこないのだから待機するより他になかったのだろう。
まるで巨大な壁のように立ちはだかる男は、冷や汗をかくミヤを見て呆れと安堵がないまぜになったような深い溜息を吐いていた。
礼服のときよりも薄い生地の服を着ているせいでよく鍛えられた筋肉が強調されている。
このちょっと近寄りづらい雰囲気がいいのよねと聖騎士に夢を見ている令嬢たちは頰をピンク色に染めて噂するけれど、そんな良いものではない。ただの無愛想だ。
それに加えて今は大変お怒りなので更に近寄りがたい空気を醸し出している。
彼が誰に怒っているのかはもう分かりきっているので、ミヤも令嬢たちと同じように遠巻きに見ていたい気分になった。
最後の祈りの儀を終えてハイな気分のまま、「ちょっと出かけてくるね」と軽く告げて出ていったのが運の尽きだったのだ。最後の女子会が盛り上がることは分かっていたのだから、せめて「朝帰りになるかも」くらいは言っておくべきだった。数時間前の自分を叱りつけてやりたい。
後悔という名の現実逃避をしていると「ミヤ」と感情を抑えた低い声で呼ばれてビクリと肩が震える。
怒ったときの幼馴染は特別恐ろしいのだ。
何を言えばミヤを反省させられるかを熟知している。カイルはお気楽なミヤにお灸を据えるためなら手加減はしない。幼馴染というより親とか兄のような立ち位置なのだった。
なにせこの男、のんびり屋のミヤが一人で平穏無事に聖女の役目など果たせるものかと、平の兵士から異例の速さで出世を遂げ、聖騎士になってまで追いかけてくる程の心配性だ。彼にミヤの小手先の言い訳や反省は逆効果である。
薄グレーの目に射抜くように見つめられて、ミヤはしょんぼりと眉根を下げた。
公爵令嬢であるアナスタシアの元へと行くのだからと張り切っておめかしした着慣れないドレスの重みがぐんと肩にかかる。
せめてお叱り時間を短縮する方法がないかと考えていると、目の前の男は意外にも恭しく手を差し出してきた。
「聖女サマ。ここは冷えますので、どうぞ中へ」
「……はい」
王宮全体はうっすらと温かく外気が入り込む隙間などない。方便であることは明白だった。
聖女ミヤが自身の聖騎士からよく叱られていることは王宮の人間なら誰もが把握しているとはいえ、今日というめでたい日にまで注意を受けているだなんて思われたくないだろうという、彼なりの配慮だろう。
つまりこれから他人には見せられないくらい怒られてしまうのだということだ。
これでカイルに悪意があるならミヤだって軽く受け流せるのだが彼にそんな器用なことはできない。ただただ本気で心配しているだけなので反論の余地もなかった。
しおしおと落ち込むミヤの手を引いて室内に入ると、カイルは客間のソファーを示す。
そこに直れということだろう。
背筋を伸ばして座っている間、カイルは慣れた手付きで紅茶を淹れていた。真夜中のティータイムと洒落込もうとしているわけでは決してない。これを飲んで酔いを覚ませという意味だ。
気分的にはもう十分過ぎるほど冷静だったが、初めてのお酒のせいで時折頭がぐらついてしまうのも事実だった。
出された紅茶に口をつけ、もぞもぞと座り直す。
そこでようやく、待っていてくれているはずのメイドたちの姿がないことにも気がついた。
「メイドなら先に帰した。こんな夜中まで仕事してもらうわけにいかないだろ」
ミヤの疑問はお見通しのようで、カイルは事も何気に告げる。
ちらりと表情を見ると視線を返されるので、何だか気まずくなってきて下を向いた。
「遅くなってごめんね。楽しくなっちゃって、そしたら思ってたより時間が経ってて……」
いざ話し始めてみると、うまく舌が回らない。
思わず黙り込むとつむじ辺りに視線を感じた。「そんなになるまで飲んで、周りにも迷惑かけて」という言外の圧を甘んじて受け入れる。カイルがミヤの言いたいことを予想できるように、ミヤだってカイルとの付き合いは長いので何を言いたいのかは言葉にされずとも分かっている。
カイルは何度目かになる溜息を吐きながら、それでもミヤの前に跪くと脛を軽く叩いてきた。
「足出せ。痛いんだろ」
「……何で分かるの?」
「歩き方」
カイルはミヤがヒールなんて履き慣れていないことも、擦れて痛くなってしまっていることも全てお見通しのようだった。帰り道で何度靴を脱ぎ捨ててしまおうと思ったか分からない。
いつの間に用意されていた盥に張った湯に足をつけさせ、マッサージしてくる手付きは優しい。
大きくて硬い手のひらが自分の足を包みこむのをミヤは無言で見つめた。擦れて赤くなったところが湯に沁みて少し痛かったけれど我慢をした。
ふわふわのタオルで足を拭いてもらい、立てるかと聞かれたので頷く。室内履きは既に用意されていて至れり尽せりだった。
カイルは怒りっぽいけれど感情のままに振る舞うことはしない。務め自体は着実に全うする男だ。
「湯浴みの用意はしてある。溺れるから長湯するなよ」
「カイルは?」
「お前が寝たのを確認したら自分の部屋に戻る。お説教は明日だ」
わかったとミヤは頷いた。とりあえず今日のところは難を逃れたことにホッと息をつく。
一人、私室へ向かい、備えつけの浴室に向かおうとして、まずはこの身に纏っている豪奢なドレスを脱がなくてはいけないことに気付いた。
ドレスなんて着慣れないから、脱ぎ方もよく覚えていない。貴族からしてみれば簡素な部類のそれになるらしいがミヤにとってはドレスとは押し並べて厄介な衣服には違いなかった。
(確か背中のほうにある紐を引っ張ればいいはず)
そう思い手を後ろに回すけれど、その場でくるくると回転するだけで全く指先に引っかかるものがない。右回りがダメならば左回りだと閃いて早速試したけれど、状況は変わらなかった。
次第に目まで回ってきて、派手な音を立てて転んでしまった。ベッドサイドの椅子に手が当たり、それが倒れた音が耳に痛い。
ミヤはしばらくぼうっと座り込んでいたけれど、だんだんとなんだかもう自分が情けなく思えてきて目には涙が浮かんできた。
何もうまくいかない。
楽しかったことだっていっぱいあったはずの一日だったのに、悪いことばかりが思い出されてしまう。
他の聖女には進路が決まってるのにミヤだけ決まっていない。幼馴染には迷惑をかけてしまうし、しまいにはドレスだって満足に脱げない。
一人になった瞬間、これからの不安が押し寄せてきて、何もできない自分がちっぽけな存在になったようにも錯覚した。
我慢できなくなったミヤがしくしくと泣いていると私室のドアが叩かれる音がする。間違いなくカイルだろう。
いつもなら一人で大丈夫だと意地を張るところなのに、今日は自制が効かなかった。
「ミヤ? 大丈夫か?」
「カイル……」
小さな声で呼ぶとカイルは一瞬迷ったようだった。しかしゆっくりとドアは開かれ、泣いているミヤに気付いて大股で歩み寄ってくる。
迷わず傍らに膝をついた男は「どうした?」と珍しく取り乱したように聞いてきた。
「転んじゃった……」
ただそれだけのことなのに泣いていた自分のことがおかしく思えてきてミヤは「えへへ」と笑う。
カイルは眉間に皺を寄せ、何を考えているか分からないような表情をする。
「怪我は?」
「大丈夫。転んでビックリして涙出てきちゃっただけ。痛いとこないよ」
倒れた拍子に紐が緩んだのか、ドレスの肩の辺りが二の腕までずり落ちてしまっていた。ミヤは俯きながら手繰り寄せたけれど、ふと視線を感じて顔を上げる。
カイルがじっと見つめてくるのでミヤは首を傾げた。
「なに?」
「いや……」
目の前の男の様子がおかしい気がして、瞬きをして次の言葉を待つ。
「手伝うか?」
「え?」
「それ。一人じゃ脱げないんだろ」
脱げない。
頷きかけて、理性で押し止まる。
本当に、そんなことをお願いしていいんだっけ。
カイルがメイドの代わりに世話をしてくれるのはよくあることだ。昔馴染みだからという理由で、聖騎士としては許されない距離感でも相手がカイルならばと許してきた。ミヤが良いと言うので、今となっては苦言を呈す者もいない。
それでも私室に入ってきて着替えを手伝うという行為は、これまでの世話焼きからは一線を画すような気がしてならなかった。
ミヤの躊躇を感じ取ったのか、カイルは何かを言いかけてやめる。
カイルはミヤの素肌を見たとしても、きっと何とも思わない。先程まで足に触れていても無表情だったくらいだ。ミヤのことを異性だと認識しているのかも怪しい。
手間のかかる妹――きっと、彼にとってはそれが自分の立ち位置で、その程度の存在なのだという自覚はあった。
だから、ミヤがずっと胸に抱いてきた淡い初恋が叶う日は、この先一生来ない。
聖女ではなくなって、自由に恋愛できるようになったとしてもカイルに振り向いてもらえるなんて思っていない。
そんなことすらも悲しくて堪らないのだと今更になって気がついてしまった。
今日は厄日だ。
「白い紐のところをね、ぴーって引っ張ったら抜けると思う」
ミヤが平静を装って言うと、無言で手が伸びてくる。
全身の強張りに気付かれませんようにと思いつつ、やけに時間をかけてゆっくりと解かれていくのを胸元を押さえながら待った。
背が露わになる。じんわりと汗をかいた素肌が徐々に冷えていくのを感じた。
ふと、カイルの指先が首筋を掠めるように触れるのでミヤはビクリと肩を震わせる。たまたまだったようで見上げた幼馴染の顔は普段通りだった。
「着替え、ベッドの上に置いてある」
見ると、言葉の通り枕元に寝巻が置かれている。ミヤの注意が逸れた隙にカイルは素早く部屋から出ていった。
ミヤはぎこちない動作で立ち上がる。脱いでしまったドレスの扱いに困って、考えた末に窓際の長椅子に置き、着替えを抱えると風呂場へと向かった。
全身を丸洗いしてから、ぬるくなった湯に浸かったところで、ようやく冷静になってくる。
先程の自分の言動を思い起こして顔を真っ赤にしながらバシャバシャと水面を叩いた。
(アレはない!)
将来に不安を感じて泣いた挙句、仮にも異性である幼馴染に着替えまで手伝ってもらってしまった。考えれば考えるほど失態だ。大失態だ。
ミヤは考えていることがそのまま表情に出やすい。好意を持っていることを知られたら情が深いカイルのことだから、きっと気を遣わせるだろうと思い、今までは細心の注意を払って気持ちを押し殺してきた。大仕事を終えた後だからか、もうカイルとは疎遠になるであろうことは分かっているからか、ついボロが出そうになってしまった。
ミヤは、カイルに想いを告げようなどとは全く考えていない。
カイルは腕が立つ。騎士としての周囲からの評価も高い。国王直属の騎士にと望まれているようだし、貴族お抱えの護衛騎士としても引く手数多だろう。
聖女という肩書きがなくなったら役立たずになってしまうミヤとは違うのだ。
(カイルは、この先どうするんだろう)
他の聖女との別れだけでも辛いのに、カイルと離れるなんて想像しただけでも泣いてしまいそうだ。
彼も積極的に今後のことをミヤに話したくはないようで話題を避けているような節があった。
でも、このままではいけない。
もうすぐカイルともお別れなのだから、きちんと確認して前を向かなければ。
よし、とミヤは気合いを入れて立ち上がる。
体を拭くのもそこそこに部屋に戻ると、ベッド脇の椅子に腰掛けて待ち受けていた人影を見て飛び上がった。
「な、何してるの?」
先程ミヤが倒してしまった椅子を起こしてくれたらしい。それはまだ理解できるが、なぜ出ていったはずのカイルがその椅子に座っているのかが分からずに困惑する。
余程お風呂で溺れる心配をさせてしまったのだろうか。
ミヤが近付くと、カイルは嫌そうな顔をした。
手招きをされて正面に来るようにベッドに腰掛ける。カイルはミヤの首にかけていたタオルをスルッと引き抜いて、ぼたぼたと水滴を垂らす髪を拭いた。
床を見れば歩いてきたところが点々と水溜りを残している。
いつもはメイドに髪を乾かしてもらうのだから気付かなくても仕方がない。そう言い訳すると、カイルは「ものぐさなだけだろ」と鼻を鳴らした。
「何か言いたそうにしてたから戻ってきた」
髪の毛をあらかた拭いてもらい、跳ねた前髪を指先で摘んでいるとカイルは唐突にそんなことを言う。ミヤはきょとんとするけれど、先程の何をしているのかという問いかけに対する答えであることに遅れて気がついた。
途端に胸がジワリと温かくなってくる。
カイルが自分のちょっとした変化を見逃さずにいてくれたことが嬉しかった。
「あのね、私」
言いかけて、何から話していいか迷う。
カイルの今後について聞きたいけれど、それをそのまま口にするのは躊躇われた。
「えっと……王子がね、婚約するって言ってて」
ミヤ以外の聖女はみんな進路が決まっている。きっとカイルだって、何も言ってはくれないけれど将来のことはしっかりと考えているはずだ。セレフィーナの婚約話からカイルの今後の話に持っていこうとしたのだが、随分と遠回りな説明から入ったせいでミヤは言葉に詰まる。
そういえばセレフィーナと王子の結婚については口外して良かったのだろうか。カイルは口が固いから吹聴するようなことはしないだろうけれど、話し始めの話題の選択に間違えたことには気がついた。
別の切り口でカイルの進路について聞かなくてはと考え込み始めたせいで、ミヤは目の前の男が固まっていることには気付かない。
「王子と婚約……?」
「うん、そう。来月には公表するんだって」
つい答えてしまい、慌てて両手で口を押さえる。カイルの眉間に皺が寄るのを見つめた。
「違うの。待って。今の忘れて」
今のナシ!とミヤが顔の前で手を振ると、手首を強く握られた。
「どういうことだ?」
「えっと、えっと……うーん……カイルならいいのかな、聖騎士だし。あのね、最初は王子の猛アタックだったの。毎日好きだって言われて、大きな花束もたくさんもらって。時間があるときは、こっそり二人で会ってたんだよ。王子は優しくて何でも言うこと聞いてくれるの。あ、でも力が弱まっちゃうからエッチなことはしてないよ! 手を繋いだだけ。でもそれだけで幸せで満たされる相手なんだって」
「なんだってって……そんな、他人事みたいに」
だって他人事だもんと思うけれど、カイルは心ここに在らずだった。
繋がれた手首を離してくれるつもりはないらしい。力が強くて少し痛い。
しばらくの沈黙の後に「おまえは王子のこと好きなのか?」と聞かれてミヤは頷いた。
「嫌いではないかな。王子、優しいし」
王子はセレフィーナに会いにきたついでにこっそりお菓子をくれるから好きだ。
しかしどうして突然そんなことを聞かれたのか真意が分からなかった。まさかこの短いやりとりで時々高級お菓子をもらっていたことがバレてしまったのだろうか。
カイルはミヤがお菓子を食べ過ぎると怒るのだ。
お説教のネタを増やしてしまったかもしれないと冷や汗をかくミヤを静かに観察するカイルの目は据わっていた。
「手なら、俺も何度もおまえと繋いだことがある」
「うん。……うん?」
するりと指を絡めるように繋ぎ直された手を見つめた。
不意に立ち上がったカイルがぐううっと力を入れてくるので手を繋いだままベッドに倒れる。
見上げた男は見たこともないような怖い顔でミヤを見下ろしている。
「絶対に俺のほうが先だった。聖女になるために頑張ってるから近くで見守るだけにしてきたのに。脇から掻っ攫われるくらいなら、最初から手を出しておけばよかった」
「カイル?」
顔が近付いてきて、首筋に埋められる。カイルの短く切り揃えられた髪の毛が頰に触れてくすぐったい。
普段にない距離感にどきまぎしているうちに、カイルは肩口に噛みついてきた。
歯が皮膚に食い込む。そのまま噛みちぎられてしまいそうなくらい強くて、驚いたミヤが嫌だと暴れてもカイルは返事をしなかった。
「う、うぅ……」
シーツに押さえつけられていた手を握り直される。
のしかかってくる体が重くて、唯一自由に動かせる足を突っ張ったりカイルの横っ腹を爪先で蹴り飛ばしたが全く意味がなかった。
カイルは少しだけ顔を離して、噛み跡を見つめると、また角度を変えて噛みついてくる。
今度は噛むだけでなくて吸いつかれる。ミヤはぎゅっと目を瞑り「やだ……っ」とか細い声で訴えた。
じっとりと這わされた舌が耳の後ろまで上がってきて、そうして耳朶に歯を立てられる。
どうしてこんなことをされるのか分からなかった。
「アイツともこんなことしたのか?」
誰を指しているのかは分からないがミヤは必死で首を横に振る。
カイルはその答えに満足したように見えたが、解放してくれる気は更々ないようだった。
寝巻きの裾から手を入れられる。腰に触れていたそれが徐々に上がってくる。大きな手で焦らすように何度も脇腹を撫でてきて、ミヤは身を捩った。
カイルに叱られるのはいつものことだったが痛いことをされたのは初めてだった。
そんなに怒らせるようなことを言ってしまっただろうかと不安になってきてミヤの目からはボロボロと涙がこぼれる。
「ねぇやだ。噛むのやだ……もう王子からお菓子もらわないから。カイルに隠し事もしない」
彼はミヤの方をチラリと見たけれど、それだけだった。
何も答えてくれないのが嫌でミヤはしゃくり上げて泣き出す。
その間にもカイルの手はどんどん上がってきて、ミヤの胸を包み込んだ。ゆっくりと手のひらで揉み上げられるのを息を詰めて耐える。
捲り上げられて露わにされたそこをじっと見つめられて恥ずかしくて堪らない。
カイルは震えるミヤの手を取って指先に口付けた。
何を考えているのか分からなくて怖かった。
ぎゅうっと目を閉じていたが、彼が「ミヤ」と何度も呼ぶので薄目を開ける。
唇が重ねられて目を見開く。すぐに離れていったけれど、ミヤが何かを言う前に再び口を塞がれる。
触れ合ったところがひどく熱を持っている。鼻先がぶつかって、角度を変えてまたくっつけてくる。
カイルが体を離した隙に、「そっ、そういうのは好きな人としなくちゃいけないんだよ!」とミヤは指をさした。
ミヤだってキスくらい知っている。
口と口をくっつけたらキスだ。好き合った相手としかしてはいけないと他の聖女たちも言っていた。
カイルはミヤのことを家族の括りで考えているはずなのだから、キスなんてしたらいけないのだ。
なぜか服を脱ぎ捨てていくカイルは、顔を真っ赤にするミヤを見て目を細めた。
「じゃあ、問題ないな」
短くそう答えて、意味が理解できないでいるミヤに覆い被さってくる。
頑なに閉ざした唇にカイルは性懲りもなく唇を押し当ててくる。ミヤはどうしたらいいのか分からなくて口を閉じたままでいたけれど、べろりと舌で舐められて「あっ」と声を出した。
カイルがその隙を逃すわけもなく、舌が入り込んでくる。
食いしばった歯に触れ、歯列をなぞってくる。いつまでも開く気配のないミヤに焦れたのか、口の端から親指が差し込まれて強制的に開けさせられる。
奥に縮こまっていた舌を器用に捕まえて、そうしてカイルがフッと鼻で笑うものだからミヤはむっとしてしまう。
ひとこと言ってやろうとしたのに、舌を絡めてくるせいで何も言えなくなる。ざらざらとした感触を覚えさせられて、ちゅうと音を立てて舌先を吸われる。息継ぎも儘ならない。
挙げ句の果てには合間に「かわいい」と呟くものだから、今度は別の意味で顔を真っ赤にした。
カイルの胸板を押してもビクともしなかった。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて苦しかった。
そうしてまたキスをされる。
舌を甘噛みされたときには首に噛みつかれたことを思い出して怖くなってしまったけれど、痛いことはされなかった。それどころか頭の中がとろりと溶けていくような感覚すらあった。
優しい手付きで目尻に残った涙を拭われる。
キスくらい許してもいいのかもしれないと唐突に思った。
だって、最後だ。
どうせカイルとはこの先一緒にいられない。そんなのは分かっている。
どうして好きでもないミヤにキスをするのか、その理由はさっぱり分からなかったけれど、好きな相手が自分に触れている。多分カイルはキスが好きな人とするものなのだということを知らないのだろう。きっと後で知ったら彼は後悔するに違いない。でもミヤは嫌じゃない。一生に一度だ。好きになった人とできる最後の機会だ。
ミヤは意を決して、抱きしめてくるカイルの背に同じように腕を回す。
すると微かに張り詰めた空気が緩んだような気がして、おそるおそる表情を窺った。
睫毛が触れ合うほど近付いているのに、やっぱりカイルの心の奥は見通せない。
それでもいい。どうせ最後なんだからと、ミヤは自分から軽く唇を合わせた。
小さく舌を出すと指で挟まれる。
軽く引っ張られて親指の腹で表面を撫でられた。その状態で舌先に吸いつかれて、なぜかそれが酷く気持ちが良い。
恥ずかしくて、やめてほしくて顔を背けようとしても許してもらえなかった。
カイルの反対の手は相変わらずミヤの胸を弄んでいた。
ふにふにと柔らかい胸の先端を摘まれるとムズムズする。
やがてそこが硬く芯を持つようになるとカイルはキスをやめて胸に顔を埋めた。
しばらく動かずにいたけれど、手が良からぬ動きをしている。下穿きに指をかけられて流石にミヤも抵抗しようとした。
難なくずり下されて、慌てて引き上げようとしたのに素早く抜き取られてしまう。遠くに放り投げられて絶望した。
足の間を手で隠そうとする。そんなところを他人に見られるのなんて初めてだった。
ぐい、と太腿を掴まれて左右に広げられる。足の間にカイルが体を割り込ませてくる。
大きく足を広げさせられただけでも恥ずかしかったのに、自分でもよく見たことがないところを凝視されて居た堪れない。
加えて、カイルが「毛がない」と呟くので分厚い胸板を叩いた。大してダメージはないようだったけれど、カイルは不機嫌そうな顔をしていた。
他の聖女たちにちゃんとお手入れしなくちゃダメよと言われた記憶が頭の中でグルグルと回る。言われたとおりに手入れしてきただけなのにあんまりだ。
カイルがムッとした表情のまま触れてくる。
指で左右に開かれる。不意にクリを押されて腰が跳ねた。円を書くように敏感なところを撫でられる。
「まっ、て……あっ……」
ビクッと体を震わせる。腰から下の感覚がおかしい。足を閉じたくて膝を引き寄せても容赦なく押し開かれる。
ただ擦られているだけなのに水音がする。
程なくして指がナカに這入ってきた。
自慰も知らないミヤは何をされているのか分かっていない。
「ここは触らせたのか?」
一体誰がこんなところまで触るというのだろう。指が浅いところを行き来するたびに腰を高く上げてしまう。
荒くなっていく息遣いをカイルに聞かれたくなかった。
指の付け根まで挿入されて、腹側のざらざらとしたところを擦られる。
何も考えられなくなってきて、言われるがままに足を開いた。
二本目は少しきつかった。
顔を顰めると俯せになるように言われて大人しく体勢を変える。四つん這いになると、腰を引き寄せられてお尻を突き出すような格好をさせられた。
指を入れられるのは多少楽になったけれど羞恥心に耐えられない。枕を抱き寄せて顔を埋める。
出し入れがスムーズにできるようになった辺りでカイルも全ての服を脱ぎ去っていた。
初めて見る男性の体にミヤは固まってしまう。
視線は自然と反り上がった性器に向い、そうしてまたカイルの顔に戻る。
ドクドクと心臓が脈打つ。
あれ?と、ようやく気がついた。まさかこれは噂で聞いた性行為そのものなのでは、と。
指折り数えていく。手を繋いだ。キスもした。裸も見た。恋人同士はそのあと結ばれるのが定石らしい。
(これってもしかしてアナスタシアが言っていた『結ばれる』……?)
恋人としかしちゃいけないのよと彼女は言っていた。体を許す相手は選ばなくちゃとエレオノーラも。初めてはもちろん彼が良いとセレフィーナも頰を染めて答えていた。
大変だ。カイルは知らないのかもしれない。
恋人としかしてはいけないことをしている。キスまでなら言い訳できるかもしれないけれど、最後まではいけない。そんなことをしたら一線を越えるどころの話ではなくなる。
ミヤは慌てて、押し倒そうとしてくるカイルの腕の中でジタバタと暴れた。
「嫌なのか? 今更やめたいなんて言うなよ」
そう言いながら胸に吸いつこうとしてくる男の額を押し返す。
「カイル、これセックスだよ! 不純異性交遊になっちゃう!」
「はぁ?」
カイルが目を眇めて馬鹿にしたように見てくる。しかしミヤはそれどころではない。
カイルは聖騎士になるために鍛錬ばかりしてきたから世間知らずなのだろう。危なかった。事前知識があって良かったと胸を撫で下ろす。
カイルは知らないのだろうが、セックスはそれこそ結婚する相手としかしてはいけない。聖女三人が口を揃えて言っていたから間違いない。
すんでのところで止められたことにホッとするミヤの様子を不審そうに見つめながら、カイルは性器を押しつけてきた。
「キツくて入らないかもな。痛かったら言えよ」
ぐりぐりと先端を入れようとしてくる。カイルが何も分かっていないことにミヤは慌てた。
「だっ、ダメだよっ! 恋人同士じゃないとしないんだってみんながっ……ァ、アッ!」
ぐーっと挿入されてミヤは体を強張らせた。指なんかより遥かに太くて硬いそれが押し入ってくる。
「カリまでしか入らないな」
そんなことを少し笑いながら言うのでミヤの頭は大混乱だった。
入らないと言いながらも太腿を抱え直して徐々に腰を進めてくる。
痛い。入り口にピリピリするような痛みがあるし、むりやり挿入されているせいで圧迫感もひどい。
「いたい……」
ぐすぐすと泣きながら腕を伸ばす。カイルは大人しく首を差し出して、抱きついてくるミヤの鼻先に口付けた。
「痛いよな。ごめんな」
謝るくせにやめてくれない。
ズクズクと奥を突かれて喘ぐしかないミヤをカイルは目に焼きつけるように見つめていた。
最初はゆっくりだったのに段々と腰の動きが早まる。
激しく揺らされて枕を抱きしめて耐えていると、それすらも奪われて投げ捨てられてしまう。
「ミヤ。顔が見たい」
「う、う……?」
顎を掴まれて強制的にカイルのほうを向かされる。
ぐ、ぐ、と最奥に叩きつけるように突き上げてくる。
性器が脈打ったあとに小さく萎むので精を放ったことが分かった。
性急に唇を重ねてくる。
肩で息をする男が汗だくなって自分を求めていると思うとナカが引き込むようにうねる。
しばらくミヤの舌を追いかけ回すのに夢中になっていた男が再びゆるゆるとまた抜き差しを始める。すぐに中で大きくなった。
「悪い。もう一回したい」
そう言ってミヤを膝の上に乗せる。
自重で深いところまで入っていってしまう。後手をついて少しずつ浮かせていたのに、下から容赦なく突き上げられてミヤは本気で泣き出す。
挿入に合わせて体が跳ねる。揺れる胸を捕まえて揉んでくる。乳首を引っ張られて体を反らした。
「今締まった。これ好きか?」
「すき……すき……っ」
一生懸命答えると赤く色づいた胸を口に含んでくる。ピンと張り詰めた突起に歯を立てて甘噛みをしながら再び下からの突き上げが激しくなる。
「そこ、きもちいいっ……あっ、あッ……!」
特にいいところを攻められて声が出てしまう。
一番気持ちが良いところにくるとナカを一層強く締めつける。達したミヤがぐったりと体を預けると、カイルはまたバチュバチュと激しく音を立てて抜き差しした後で精液を流し込んでいた。
強く抱きしめてくる。ミヤにはもう指一本動かすこともできなくて、そのまま意識を失った。
ミヤはゆっくりと目を開けた。
朝日が眩しくて何度か瞬きをする。完全に開き切っていない目で周囲を確認して、ベッド脇の椅子に頭を抱えて座る男がいることに気がついた。
ミヤが起きていることには気付いているはずなのに、こちらを見ない。仕方なく「カイル?」と呼びながら大きな欠伸をした。
体を起こそうとして止める。下半身に鈍い痛みがある。
布団に包まりながら、項垂れる男を少しの間見つめた。
何をそんなに落ち込むことがあるのだろう。
好きでもない相手とシてしまったことを後悔しているのだろうか。
「悪かった」
かける言葉に迷っているうちに、カイルがぽつりと呟くように言った。
なぜ謝られているのか分からなかった。
確かにあんなに痛いとは思わなかったし、やめてと言ってもやめてくれなかったのは嫌だった。
ただ途中からは、カイルを受け入れたのは自分の意志だった。むしろこれからは初恋の思い出を胸に前を向いて生きていこうと考えていたところだった。
「私、気にしてないよ。痛かったけど」
そう言うと、カイルは明らかに動揺していて、少しばかり意地悪してやろうという目論見が当たってミヤは「うふふっ」と笑った。
カイルは困ったように見つめてくる。
上半身を起こそうとすると、いつものように手を差し出そうとしてハッとしたように躊躇う。ミヤは構わず、その手を握った。
「王子には、俺から謝りに行く。婚約破棄になったら不貞に対する賠償金も課せられるだろうが、当然それも俺が払う。いや、その前に俺の首が刎ねられるかもしれないな……今から貸金庫に行ってくる。引き出した財産は全部渡しておくからおまえの好きなようにしてくれ」
「王子?」
カイルがいつになく意味の分からないことを言うので首を傾げた。瞬きをするミヤを見つめ返して、どうやら話が噛み合っていないことに気付いたのか、カイルも同じ方向に首を傾げる。
「王子がどうしたの? セレフィーナだよ。王子と婚約したの。昨日言ったでしょう」
「……俺は王子と婚約することになったとしか聞いてない」
「だからセレフィーナに決まってるじゃない。あの二人ずっと長く付き合ってたんだから。まさか知らなかったの?」
「知るわけないだろ。こっちには蝶々を追いかけて行方不明になる聖女がいるんだぞ。他の奴らのことなんか気にしてられるか」
蝶を追いかけて迷子になった聖女というのは間違いなくミヤのことだ。あのときは大変だった。
「そういえば実はあのときの蝶、蝶じゃなかったんだよ。カラフルな蛾だったの。羽をね、こうして止まったときに閉じられるのが蝶なんだけど、ずっと飛び回ってるから全然分からなかったの」
そのときのことを思い出してポンと手を打ったミヤが事細かに蝶々と蛾の違いについて説明していると、カイルは力が抜けたようにベッドに突っ伏した。
気にせず話を続けていたけれど身動き一つしないので不審に思い始める。指で肩をツンツンと刺すと素早く手首を捕まえられた。
「王子と結婚しないのか」
まだそんなことをブツブツと言うのでミヤは唇を尖らせた。
「そうだよ。聖女の中で結婚が決まってないの私だけなの。そういえばカイルはこの後どうするの? 国王直属の騎士に誘われてるって聞いたけど」
あれほど気になっていたのに聞けなかったことがスッと口から出てきた。勢いが大事なのね、なんて思っているミヤをカイルは顔の向きだけ変えて見上げてくる。
「俺は、おまえのいるところがいい」
「えー。そういうの良くないよ。友だちがその進路に行ったからってついてこうとすると痛い目を見るんだよ。それに私、伯爵領に戻ろうと思ってるの。王都からは遠いし、それなりに旅費も必要でしょう。カイルはアーデン家の騎士になりたいの?」
「そうじゃない。騎士だろうが何だっていいんだ。俺はおまえの側にいれるのなら、それでいい。結婚してほしいと言ってる」
「……ケッコン?」
「結婚。嫌か?」
「好き同士じゃないと結婚はできないんだよ、カイル」
今度はミヤが困ってしまう番だった。幼い頃に一緒にやったような、おままごとの夫婦ごっことは訳が違うのだ。本当に相手のことを好きでなければ結婚なんてできない。
すっかり昨夜のことは大切な思い出として胸にしまっておく気でいるミヤに溜息をついて、カイルは背筋を正すと正面から向き合った。
「好きだ。おまえが聖女になる前からずっと。近くにいたくて聖騎士になっただけで別に騎士でいることに拘りはない。金に不自由はさせない。おまえは日がな一日、蝶々でも蛾でも好きなだけ追いかけてたらいい。そばにいてくれるだけでいいんだ」
「ちょっ、ちょっと待って! 何言ってるのか全然分かんない。……カイル、私のこと好きなの?」
「二十年間ずっとおまえだけが好きだ」
生まれたときには既に家が隣同士でよく遊んでいた。ミヤもカイルも今年で二十歳。二十年というと、赤ん坊のときからということになる。
呆然とするミヤの手を取り、指先にそっと口付けてくる。
返事は?と聞かれて、断られるなんて微塵も思っていないような表情を見つめた。
じわじわと這い上がるようにして顔が赤く染まっていく。何も言えずにただ頷くと、カイルは嬉しそうに笑った。
ぎゅうっと抱きしめられた腕の中からは逃げられそうもない。
ミヤはとうとう観念して、幼馴染の背に腕を回した。
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