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第一部
1.1
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朝靄が、王都の石畳を薄く覆っていた。
まだ人の往来もまばらな広場で、リュナは立ち尽くしていた。
視線は自分の両手に落ちている。
――少し、震えている。
それに気付いた瞬間、彼女は指をきゅっと握りしめた。
寒さのせいではない。
かといって、理由を説明できるほどの不安でもなかった。
ただ、胸の奥に沈んだままの違和感。
いつからあったのかも分からない、名前のない感情。
「……リュナ?」
背後から声をかけられ、彼女ははっと振り返った。
銀髪の少年――アレンが、穏やかな笑みを浮かべて立っている。
朝の光を反射する青い瞳は、いつもと同じ、安心できる色だった。
「寒い?」
「ううん、大丈夫」
即答だった。
考えるより先に、身体がそう答えていた。
「無理しなくていい。初めての長旅なんだし」
そう言って、アレンは外套を差し出す。
リュナは一瞬だけ迷ってから、それを受け取った。
布の温もりが肩にかかると、不思議なほど胸が落ち着いた。
(……あ)
さっきまで確かにあった、不安の輪郭が薄れていく。
理由を探す前に、思考そのものが遠ざかっていった。
「ありがとう、アレン」
「どういたしまして」
彼は少しだけ照れたように笑う。
――この人がいるから、大丈夫。
そう思うと、心が軽くなる。
疑問も、恐れも、考えなくてよくなる。
その感覚に、リュナは疑問を抱かなかった。
むしろ、それが「正しい状態」だと信じていた。
「おーい、二人とも。準備はいいか?」
広場の向こうから、よく通る低い声が響く。
黒髪の大男――ガルドが、大剣を背負ったまま手を振っていた。
頼もしさの塊のような存在で、彼が前に立っているだけで、危険が半減する気がする。
「相変わらず重そうですね、その剣」
「盾役だからな。軽いほうが困る」
苦笑しながら答えるガルドの隣で、エルフの少女がくるりと回った。
「ねえリュナ! 今日から本当に勇者パーティだよ? 緊張しない?」
レイナは、いつも通り明るかった。
その笑顔を見ると、リュナは自然と笑い返してしまう。
「ちょっとだけ……かな」
声が、少しだけ上ずる。
「大丈夫だって! リュナ強いもん!」
その言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。
――強い。
それは事実だ。
剣に触れれば、使い手の技も、戦い方も、思考の癖まで理解できる。
自分より遥かに強かった誰かの“記憶”を、身体に流し込んで戦える。
だから、戦闘で迷うことはほとんどなかった。
それでも。
「ふふ、大丈夫よ」
最後に声をかけてきたのは、黒髪の女性――ミラだった。
年上らしい柔らかな微笑みで、リュナの肩にそっと手を置く。
「私たちがついているわ。怖いことなんて、何もない」
その言葉に、胸が温かくなる。
同時に、背筋をなぞるような冷たさを覚えたが、
それもすぐに、アレンの存在を意識した途端、消えていった。
(……考えすぎ、だよね)
考えなくていい。
不安になる必要もない。
だって――
「行こう、リュナ」
隣に並んだアレンが、静かに言った。
「俺が、そばにいる」
その一言で、世界が定まった。
王城の門が、ゆっくりと開いていく。
年々激化する魔族の侵攻。
それを止めるために選ばれた、少数精鋭の勇者パーティ。
その一員として、リュナは旅立つ。
誇らしいはずの瞬間なのに、
心の奥で、何かが確かに悲鳴を上げていた。
けれど彼女は、それに耳を傾けない。
アレンがいる。
仲間がいる。
だから――大丈夫。
そう信じることでしか、立っていられないことに、
まだ気づかないまま。
こうして、勇者パーティの旅は始まった。
それが、
守られているようで、縛られている旅だとも知らずに。
まだ人の往来もまばらな広場で、リュナは立ち尽くしていた。
視線は自分の両手に落ちている。
――少し、震えている。
それに気付いた瞬間、彼女は指をきゅっと握りしめた。
寒さのせいではない。
かといって、理由を説明できるほどの不安でもなかった。
ただ、胸の奥に沈んだままの違和感。
いつからあったのかも分からない、名前のない感情。
「……リュナ?」
背後から声をかけられ、彼女ははっと振り返った。
銀髪の少年――アレンが、穏やかな笑みを浮かべて立っている。
朝の光を反射する青い瞳は、いつもと同じ、安心できる色だった。
「寒い?」
「ううん、大丈夫」
即答だった。
考えるより先に、身体がそう答えていた。
「無理しなくていい。初めての長旅なんだし」
そう言って、アレンは外套を差し出す。
リュナは一瞬だけ迷ってから、それを受け取った。
布の温もりが肩にかかると、不思議なほど胸が落ち着いた。
(……あ)
さっきまで確かにあった、不安の輪郭が薄れていく。
理由を探す前に、思考そのものが遠ざかっていった。
「ありがとう、アレン」
「どういたしまして」
彼は少しだけ照れたように笑う。
――この人がいるから、大丈夫。
そう思うと、心が軽くなる。
疑問も、恐れも、考えなくてよくなる。
その感覚に、リュナは疑問を抱かなかった。
むしろ、それが「正しい状態」だと信じていた。
「おーい、二人とも。準備はいいか?」
広場の向こうから、よく通る低い声が響く。
黒髪の大男――ガルドが、大剣を背負ったまま手を振っていた。
頼もしさの塊のような存在で、彼が前に立っているだけで、危険が半減する気がする。
「相変わらず重そうですね、その剣」
「盾役だからな。軽いほうが困る」
苦笑しながら答えるガルドの隣で、エルフの少女がくるりと回った。
「ねえリュナ! 今日から本当に勇者パーティだよ? 緊張しない?」
レイナは、いつも通り明るかった。
その笑顔を見ると、リュナは自然と笑い返してしまう。
「ちょっとだけ……かな」
声が、少しだけ上ずる。
「大丈夫だって! リュナ強いもん!」
その言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。
――強い。
それは事実だ。
剣に触れれば、使い手の技も、戦い方も、思考の癖まで理解できる。
自分より遥かに強かった誰かの“記憶”を、身体に流し込んで戦える。
だから、戦闘で迷うことはほとんどなかった。
それでも。
「ふふ、大丈夫よ」
最後に声をかけてきたのは、黒髪の女性――ミラだった。
年上らしい柔らかな微笑みで、リュナの肩にそっと手を置く。
「私たちがついているわ。怖いことなんて、何もない」
その言葉に、胸が温かくなる。
同時に、背筋をなぞるような冷たさを覚えたが、
それもすぐに、アレンの存在を意識した途端、消えていった。
(……考えすぎ、だよね)
考えなくていい。
不安になる必要もない。
だって――
「行こう、リュナ」
隣に並んだアレンが、静かに言った。
「俺が、そばにいる」
その一言で、世界が定まった。
王城の門が、ゆっくりと開いていく。
年々激化する魔族の侵攻。
それを止めるために選ばれた、少数精鋭の勇者パーティ。
その一員として、リュナは旅立つ。
誇らしいはずの瞬間なのに、
心の奥で、何かが確かに悲鳴を上げていた。
けれど彼女は、それに耳を傾けない。
アレンがいる。
仲間がいる。
だから――大丈夫。
そう信じることでしか、立っていられないことに、
まだ気づかないまま。
こうして、勇者パーティの旅は始まった。
それが、
守られているようで、縛られている旅だとも知らずに。
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