魔王の娘、幻覚の中で嘘を抱く

スッタ

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第一部

1.4

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森を抜けた先に、小さな集落が見えた。

人の気配。
木造の家屋。
煙突から立ち上る、生活の匂い。

「今日はここで休めそうだな」

ガルドの声に、パーティ全体の空気が少し緩む。
連日の戦闘と移動で、皆どこか疲れていた。

「久しぶりの村だね!」
レイナが弓を背負い直し、嬉しそうに言う。

私は、その後ろを歩きながら、無意識にアレンの背中を目で追っていた。

(……あ)

少し距離が開いただけなのに、胸が落ち着かなくなる。

理由は分からない。
でも――彼が視界にいないと、心細い。

(……変だよね)

自分でも、そう思う。

剣を握れば、誰よりも強い。
戦えば、迷いはない。

なのに。
戦っていない時の私は、どうしてこんなにも不安定なんだろう。

「リュナ」

名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。

「大丈夫か?」

アレンが、振り返ってこちらを見ていた。
ほんの少し、心配そうな目。

「う、うん。平気」

その一言で、胸のざわつきがすっと引いていく。

……やっぱり。
私は、彼に頼りすぎている。

それでも――
それが“悪いこと”だとは、思えなかった。


――まずい。

リュナの様子を見て、俺はそう感じていた。

距離が離れただけで、あれだけ不安そうになる。
声をかければ、すぐ落ち着く。

依存が――深くなりすぎている。

(……俺が、やった)

自覚はある。
幻覚で、恐怖を増幅させ、
安心できる対象を、意図的に“自分”に固定した。

最初は、生き延びさせるためだった。
魔族だと気づかせないため。
国の命令に従うため。

――でも今は。

「……アレン?」

リュナが、不安そうにこちらを見ている。

その視線を受けるたび、
胸の奥が、ぎりりと痛む。

(やめろ……そんな目で見るな)

守っているつもりで。
縛っている。

それでも、手を離せない。

妹の顔が、脳裏をよぎる。

(……まだだ)

まだ、終われない。



村での休息は、短かった。

魔族の侵攻が激化している影響で、
どの集落も警戒を強めている。

それでも、温かいスープと寝床を用意してもらえた。

「助かります」

ミラが丁寧に礼を言う。
柔らかな微笑み。
……なのに、なぜか視線が合うと少しだけ緊張する。

(ミラさん、不思議な人)

優しい。
頼れる。
でも、どこか距離がある。

「リュナ、ちゃんと食べなさい」

そう言われて、慌ててスプーンを動かす。

「あ、ごめんなさい」

「ふふ、謝らなくていいのよ」

母親みたいな口調。
それなのに、背筋が伸びる。

……私、誰かに見られていると、落ち着かないのかもしれない。

視線を動かすと、アレンがいた。

それだけで、呼吸が楽になる。

(……ほんとに、変)



夜。

村外れの見張りに立ちながら、俺は空を見上げていた。

星は、綺麗だ。
こんなにも、静かな夜なのに。

(……俺は、どこで間違えた)

正義のつもりだった。
復讐でもあった。
保身でもあった。

でも今は――
どれにも、なりきれない。

リュナは、俺を信じている。
疑いもしない。

それが、怖い。

もし――
このまま魔王城に辿り着いて、
真実を知ったら。

彼女は、俺をどう見る?

(……壊れる)

彼女が。
俺が。

どちらも。

「……アレン」

後ろから、声。

振り向くと、リュナが立っていた。

「眠れない?」

「……少し」

「そっか」

並んで、夜を眺める。

近い。
近すぎる距離。

彼女は、自然に俺の袖を掴んでいた。

「……ここにいて」

小さな声。

拒否できるわけがなかった。

「……ああ」

その瞬間、胸が締め付けられる。

安心させているのか。
依存させているのか。

もう、区別がつかない。


私は、アレンの隣で夜空を見上げていた。

怖くない。
不安も、今はない。

(……これでいい)

そう思う。

でも――
心の奥で、かすかな声が囁いた。

――本当に?

私は、その声を無視する。

だって。
考えると、怖くなるから。

アレンが、ここにいる。

それだけで、私は前に進める。

それが、
どんな歪みの上に成り立っているとしても。
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