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五
運命との出会い-3
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病と共に生きてきたアーシュラが、自分を襲う病難に対して、あんなにもはっきりと恐怖を口にしたのは、初めてのことだった。
いつか、彼女は自分で世界を憎んでいると言ったけれど、本当は強く強く憧れ、求めていたのかもしれない。
だから、突然やって来た暗闇と静寂に、アーシュラは、今度こそ本当に、世界から見放されてしまったと感じたのではなかったのだろうか。
幸いなことに、皇女の視力と聴力は、その後しばらくして半分だけ回復した。
つまり、彼女の右目と右耳は戻らず、永遠にその機能を失ってしまったのだ。
「エリン、こっちこっち、マスカットが実っていると庭師に聞いたの。とりにいきます!」
「あっ……あんまり急いではいけません。また転びますよ」
「ふふふ、大丈夫よ、随分慣れてきたのだから……っきゃあ!」
言った端から足元の小石に躓く主人を、右側に立つエリンが手を伸ばし、助ける。
「全く……」
「ふふふふ、こんなではお散歩もひと苦労ね」
不思議なほど明るい声で、可笑しそうにアーシュラが言った。
最初に受けた絶望が大きかったおかげか、彼女は【残り半分】が戻ってきたことをとても喜んだ。それで、体調が良くなってからは、見えるようになった片側を頼りに、今までより頻繁に庭や城内を散歩するようになっていたのだ。
「わたくし、庭に葡萄畑があるなんて、知らなかったのよ」
「大きな畑があるわけでもありませんし、ご存じなくても当たり前でしょう」
「食べられるのかしら」
「それは、食べられるでしょう。葡萄ですよ?」
「楽しみねえ」
元々、身体が辛いからといって八つ当たりをするような少女ではなかったが、それでも奇妙に思えるほどの明るさである。
「わたくしねえ、前よりずっと、色々なものが見えるようになった気がするわ」
言いながらアーシュラは屈みこんで、何かを見つめているようだった。木漏れ日の元で、動きやすいようにと、エリンの手によってきっちりと編まれた長い三つ編みが二本、薄い背に行儀よく並んでいる。
「おかしいわよね、両方見えているうちに、ちゃんと見つけられればよかったのに」 アヴァロン城の庭は美しい。城からほとんど外に出られずに育った皇女がいつでも飽きず、楽しく散策できるように、庭師が普通より多くの種類の植物を育て、隅々まで心を砕いて管理している。
もちろん、そのことはアーシュラだって知っていた。散歩だって前から好きだった。けれど今は、見えているものが違うとでもいうのだろうか。
「ほら、このお花、毎年ここに咲いていた?」
「そうだと思いますけど……」
「しゃがまないと見えないお花なんて、観察したことが無かったわ。今まではねぇ、こう」
ふふふと笑って、少女は立ち上がる。
「目線の高さに見えるお花しか、目に入っていなかったの。音だって。こんな静かなお庭でも、ちっとも静かじゃないのよ」
「騒々しいですか?」
「そうなの。風の音や、草を踏む音……噴水と……鳥の声でしょ」
「アーシュラ……」
「不思議ね。そのうち見られなくなるんだって、聞こえなくなるんだって思ったら、世界は思っていたよりずっと広くて、素敵だったってことに、気付いてしまったの。きっと、わたくしにも、ううん、誰だって。美しいものは全部、手の届く範囲の中にあるのね。ふふふふふ」
彼女はいつも唐突だ。ひとりきりで死を乗り越える度、新しい歓びを知って、ひとりで強くなっていく。それは、彼女が周りの多くの者を驚かせ、魅了する所以でもあるのだけれど――エリンの目には、アーシュラの心が死を受け入れる準備をしているようで怖い。
けれど、それは口には出来ないことだし、彼女は、笑うのだ。
「だから、だからね。喜びなさい、エリン。お前の世界も、きっと前より素晴らしいものになるわ」
今は庭の果樹園で、葡萄が大きく重い実をつける、暖かで、豊かな季節。あと二週間もすれば、彼女は十七歳の誕生日を迎える。どうかこのまま、元気なままでその日を迎えて欲しいと、エリンだけでなく、彼女を知る全ての者が願っていた。
いつか、彼女は自分で世界を憎んでいると言ったけれど、本当は強く強く憧れ、求めていたのかもしれない。
だから、突然やって来た暗闇と静寂に、アーシュラは、今度こそ本当に、世界から見放されてしまったと感じたのではなかったのだろうか。
幸いなことに、皇女の視力と聴力は、その後しばらくして半分だけ回復した。
つまり、彼女の右目と右耳は戻らず、永遠にその機能を失ってしまったのだ。
「エリン、こっちこっち、マスカットが実っていると庭師に聞いたの。とりにいきます!」
「あっ……あんまり急いではいけません。また転びますよ」
「ふふふ、大丈夫よ、随分慣れてきたのだから……っきゃあ!」
言った端から足元の小石に躓く主人を、右側に立つエリンが手を伸ばし、助ける。
「全く……」
「ふふふふ、こんなではお散歩もひと苦労ね」
不思議なほど明るい声で、可笑しそうにアーシュラが言った。
最初に受けた絶望が大きかったおかげか、彼女は【残り半分】が戻ってきたことをとても喜んだ。それで、体調が良くなってからは、見えるようになった片側を頼りに、今までより頻繁に庭や城内を散歩するようになっていたのだ。
「わたくし、庭に葡萄畑があるなんて、知らなかったのよ」
「大きな畑があるわけでもありませんし、ご存じなくても当たり前でしょう」
「食べられるのかしら」
「それは、食べられるでしょう。葡萄ですよ?」
「楽しみねえ」
元々、身体が辛いからといって八つ当たりをするような少女ではなかったが、それでも奇妙に思えるほどの明るさである。
「わたくしねえ、前よりずっと、色々なものが見えるようになった気がするわ」
言いながらアーシュラは屈みこんで、何かを見つめているようだった。木漏れ日の元で、動きやすいようにと、エリンの手によってきっちりと編まれた長い三つ編みが二本、薄い背に行儀よく並んでいる。
「おかしいわよね、両方見えているうちに、ちゃんと見つけられればよかったのに」 アヴァロン城の庭は美しい。城からほとんど外に出られずに育った皇女がいつでも飽きず、楽しく散策できるように、庭師が普通より多くの種類の植物を育て、隅々まで心を砕いて管理している。
もちろん、そのことはアーシュラだって知っていた。散歩だって前から好きだった。けれど今は、見えているものが違うとでもいうのだろうか。
「ほら、このお花、毎年ここに咲いていた?」
「そうだと思いますけど……」
「しゃがまないと見えないお花なんて、観察したことが無かったわ。今まではねぇ、こう」
ふふふと笑って、少女は立ち上がる。
「目線の高さに見えるお花しか、目に入っていなかったの。音だって。こんな静かなお庭でも、ちっとも静かじゃないのよ」
「騒々しいですか?」
「そうなの。風の音や、草を踏む音……噴水と……鳥の声でしょ」
「アーシュラ……」
「不思議ね。そのうち見られなくなるんだって、聞こえなくなるんだって思ったら、世界は思っていたよりずっと広くて、素敵だったってことに、気付いてしまったの。きっと、わたくしにも、ううん、誰だって。美しいものは全部、手の届く範囲の中にあるのね。ふふふふふ」
彼女はいつも唐突だ。ひとりきりで死を乗り越える度、新しい歓びを知って、ひとりで強くなっていく。それは、彼女が周りの多くの者を驚かせ、魅了する所以でもあるのだけれど――エリンの目には、アーシュラの心が死を受け入れる準備をしているようで怖い。
けれど、それは口には出来ないことだし、彼女は、笑うのだ。
「だから、だからね。喜びなさい、エリン。お前の世界も、きっと前より素晴らしいものになるわ」
今は庭の果樹園で、葡萄が大きく重い実をつける、暖かで、豊かな季節。あと二週間もすれば、彼女は十七歳の誕生日を迎える。どうかこのまま、元気なままでその日を迎えて欲しいと、エリンだけでなく、彼女を知る全ての者が願っていた。
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