紫灰の日時計

二月ほづみ

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運命との出会い-5

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「変わった品物ですね……」
 壁にはズラリと、今アーシュラが手にしていたような奇妙な仮面が飾られてある。木彫りのものもあれば、金属で装飾の施されたものもあり、どれも実に奇妙な顔をしているけれど、生き生きとした表情には力強さがみなぎり、見ていると不思議と惹きこまれる。外の世界をあまり知らないエリンにも、これらがすぐれた美術品であり、エウロの品でないことには察しがついた。
 どこの地方の、どんな由来のある品なのか、アーシュラはぜひ店主に尋ねようと思っているようだったが、なぜか、テントには誰も居なかった。
「店番がおりませんね」
「不用心よね、泥棒に入られたらどうするつもりなのかしら」
「……殿下は、空き巣に入るおつもりなのですか?」
「まさか」
 そう言ってクスクス笑ったアーシュラの背後で、テントの白い布地がぐにゃりと曲がって、入り口では無い所からゴソゴソと人が入り込んできた。
「あれ……お客さまかな? 皇女さま?」
 顔を上げたのは、彼らと同じくらいの年ごろの少年だった。這いつくばるようにしてテントをくぐってきたせいでずり落ちた眼鏡を直し、予想外だったらしい客の方を見た。癖の強い赤い髪を無造作にひとつに括って、涼しそうなリネンのシャツを腕まくりして着て、はじめて目にする皇女に、まるで珍しい動物でも見るような不躾な眼差しを向けている。エリン達にしても、初めて目にするタイプだ。
「この仮面はなあに? あと、この店は子供がやっているの?」
 前置きなしにずいっと仮面を差し出して、アーシュラは少年に問う。少し面食らった様子の少年だったが、すぐにコホンと咳払いをして座り直す。

「これはね、アフリカ大陸の仮面だよ。部族によってデザインが違っていて、大昔から神聖な行事に使われていたんだ。でも、アートとしても面白いでしょう? あと、僕はもうあと二ヶ月で十六歳で、子供じゃないです」
「あら、わたくしは今日で十七歳だわ」
「じゃあ、昨日までは同い年だったんだね」
「まぁ、それっておかしいわ。わたくしは昨日も、あなたよりひとつお姉さんよ」
「あれ? そうだっけ? おかしいなぁ」
 皇女に対してこんな風に話す人間を、エリンは見たことがない。そして、それはアーシュラも同じはずだった。
「仮面は気に入りました?」
「店番はあなたひとりなの?」
「父が隣で別のを出してます。うち、色々扱ってるので」
「あの、上の方に吊ってある鳥みたいなのが気になるわ」
「ちょっと待って下さいね……下ろします」
 咬み合っていないようにみえる会話だが、不思議と意思は通じているようだ。少年は長いくちばしのついた、鳥のように見える仮面を外して渡し、被り方を説明している。アーシュラは、ひと目でそれを気に入ったようだった。
「これ、いただくわ!」
「ありがとうございます。まさか、売れるなんてビックリだな」
「品物に自信が無いの?」
「そうじゃないけど、今日はこんなに色々な店が出ているのに、お客様はお姫様一人だっていうから。確率的に」
「確かに、お客よりお店が多いのだから、そうなるわよね。ふふ、あなた、運が良いのよ」
「あはは、そうかもね」
 赤毛の少年は軽薄に笑って相づちを打つ。
「他になにか、面白いものはない? あなたのお勧めでいいわ」
「そうですねえ……これとかはどうですか? 楽器なんですけど」
 少年がアーシュラに手渡したのは、小さなノートほどの大きさの木片に、スプーンの柄のようなものが何本も取り付けられた、妙な形の品物だった。
「楽器……?」
「カリンバといいます。並んでいる棒を、親指ではじいてみてください。きれいな音がしますよ」
「こう……?」
 言われるとおりにぎこちなく弾いてみる。か細くて、けれど澄んだ音がした。
「そうそう、上手いですよ」
「音階が鳴るのね、ピアノみたい」
「いい音でしょう?」
「もっと大きな音が鳴ればいいのに」
「練習すれば通る音が鳴りますよ」
 言いながら少年は、同じ形をした倍以上大きいのをどこからか取り出して、何気なく奏で始める。
「まぁ……」
 器用な指先から、まるで大型のオルゴールのような、清々しくて深い音が流れ、思わず、アーシュラが声をあげた。
「素敵!」
「でしょう」
「その大きいのが欲しいわ」
 彼が手にしている方なら同じ音が出ると思ったのか、アーシュラは少年が手にした大振りなカリンバを指す。
「残念ながら、これは僕ので、売り物じゃないんです」
「えええ……」
 あからさまに不満そうな皇女に、少年は申し訳なさそうに瞳を揺らす。
「うちは楽器屋じゃないので、それみたいな小さいのとか、あと、向こうに飾ってある太鼓のようにインテリアに使えるようなのとかくらいしかなくて……ごめんなさい。これは、仕入れに行った時に、グラデーションズ教会領の楽器屋で買ったものなんです」
「……あなた、アフリカに行ったことが?」
「ええ、父と一緒に、仕入れであちこち旅をしているので」
「すごいわ!」
 口を尖らせていた少女が一転、目を輝かせ――
「あなた、名前は?」
 少年の名を問うた。
「え?」
「名前を聞いているのよ」
  見える方の目で、少年の眼鏡の奥を覗きこむ。少年はきょとんとして、それから、皇女から名を問われることの意味を理解したらしい。今更のように緊張した様子で、僅かに後ずさって、口を開いた。
「……ゲオルグ・カルサスです。皇女殿下」
 薄暗いテントの中で、後にあらゆる運命を共にすることになる三人の、これは、出会いであった。
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