30 / 126
六
太陽の少年-1
しおりを挟む
大広間へ向かう長い廊下を、少年はきょろきょろと物珍しげに周囲を見回しながら歩いていた。重厚な大理石の床に、有名なスミレの紋章が刻まれた柱、上等のお仕着せに身を包んだ、賢そうなメイド達や、目が合っても微動だにしない衛兵。
どれをとっても、平凡な商人の息子であるゲオルグにしてみれば大変に珍しく、一生の間にそう何度も見られるものではないように思われた。
門まで出迎えに来て、案内をしてくれている執事らしき男がちらりとゲオルグを見やり、僅かに怪訝そうな表情を浮かべる。男は一瞬迷ったようだったが、口を開いた。
「カルサス様、失礼ですが今までに、こういった機会は?」
「ありません、こんな大きなお城に入ったのも、今日が二回目ですし」
少年は明るく言った。
「そうですか……」
男――クヴェン・ラントは、少し困ったように眉をひそめる。
「ああ、やっぱり、僕のように行儀が分かっていないと、皇女殿下には会わせていただけないとか?」
少年はあっけらかんと、しかし悲しそうに言う。クヴェンの声音からそのように読み取ったようだ。物怖じしない性質のわりには、鈍感ではないらしい。クヴェンは少し驚いたように足をとめた。
「……そんなことはございませんよ、本日は殿下たってのご希望でご足労頂いているのですから。楽しみにお待ちでいらっしゃいます」
「そうですか。良かった」
慇懃な執事の優しい言葉に、少年はそう言ってにこりと笑った。
この間の楽器をまた弾いて聞かせてほしいと、アヴァロンからゲオルグに連絡があったのは、皇女の誕生日祝いの後まもなくのことであった。
カルサス家は、ミラノに本拠地を持つ商家である。高級なものから庶民的なものまで、世界各地の個性的な装飾品を幅広く扱う貿易商であり、珍しいもの好きの先々代が開いた店はまだ歴史も浅く、事業は決して大きくはない。そんなカルサス家に皇女直々のお召しとは、家の者にとっても予想だにしていなかった、ちょっとした事件であった。
しかし、皆が驚き、慌てる中、当のゲオルグは飄々としていた。状況を理解できなかったわけではない。単に、そういう性格だったというだけだ。まだ若いということもあっただろう。とにかく彼は、美しい皇女とまた会えるのを単純に楽しみに、今日は早起きをして、カリンバ一つ抱えて、ミラノからはるばる、特急列車に揺られてジュネーヴへやって来たのだ。
どれをとっても、平凡な商人の息子であるゲオルグにしてみれば大変に珍しく、一生の間にそう何度も見られるものではないように思われた。
門まで出迎えに来て、案内をしてくれている執事らしき男がちらりとゲオルグを見やり、僅かに怪訝そうな表情を浮かべる。男は一瞬迷ったようだったが、口を開いた。
「カルサス様、失礼ですが今までに、こういった機会は?」
「ありません、こんな大きなお城に入ったのも、今日が二回目ですし」
少年は明るく言った。
「そうですか……」
男――クヴェン・ラントは、少し困ったように眉をひそめる。
「ああ、やっぱり、僕のように行儀が分かっていないと、皇女殿下には会わせていただけないとか?」
少年はあっけらかんと、しかし悲しそうに言う。クヴェンの声音からそのように読み取ったようだ。物怖じしない性質のわりには、鈍感ではないらしい。クヴェンは少し驚いたように足をとめた。
「……そんなことはございませんよ、本日は殿下たってのご希望でご足労頂いているのですから。楽しみにお待ちでいらっしゃいます」
「そうですか。良かった」
慇懃な執事の優しい言葉に、少年はそう言ってにこりと笑った。
この間の楽器をまた弾いて聞かせてほしいと、アヴァロンからゲオルグに連絡があったのは、皇女の誕生日祝いの後まもなくのことであった。
カルサス家は、ミラノに本拠地を持つ商家である。高級なものから庶民的なものまで、世界各地の個性的な装飾品を幅広く扱う貿易商であり、珍しいもの好きの先々代が開いた店はまだ歴史も浅く、事業は決して大きくはない。そんなカルサス家に皇女直々のお召しとは、家の者にとっても予想だにしていなかった、ちょっとした事件であった。
しかし、皆が驚き、慌てる中、当のゲオルグは飄々としていた。状況を理解できなかったわけではない。単に、そういう性格だったというだけだ。まだ若いということもあっただろう。とにかく彼は、美しい皇女とまた会えるのを単純に楽しみに、今日は早起きをして、カリンバ一つ抱えて、ミラノからはるばる、特急列車に揺られてジュネーヴへやって来たのだ。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる