紫灰の日時計

二月ほづみ

文字の大きさ
30 / 126

太陽の少年-1

しおりを挟む
 大広間へ向かう長い廊下を、少年はきょろきょろと物珍しげに周囲を見回しながら歩いていた。重厚な大理石の床に、有名なスミレの紋章が刻まれた柱、上等のお仕着せに身を包んだ、賢そうなメイド達や、目が合っても微動だにしない衛兵。
 どれをとっても、平凡な商人の息子であるゲオルグにしてみれば大変に珍しく、一生の間にそう何度も見られるものではないように思われた。
 門まで出迎えに来て、案内をしてくれている執事らしき男がちらりとゲオルグを見やり、僅かに怪訝そうな表情を浮かべる。男は一瞬迷ったようだったが、口を開いた。
「カルサス様、失礼ですが今までに、こういった機会は?」
「ありません、こんな大きなお城に入ったのも、今日が二回目ですし」
 少年は明るく言った。
「そうですか……」
 男――クヴェン・ラントは、少し困ったように眉をひそめる。
「ああ、やっぱり、僕のように行儀が分かっていないと、皇女殿下には会わせていただけないとか?」
 少年はあっけらかんと、しかし悲しそうに言う。クヴェンの声音からそのように読み取ったようだ。物怖じしない性質のわりには、鈍感ではないらしい。クヴェンは少し驚いたように足をとめた。
「……そんなことはございませんよ、本日は殿下たってのご希望でご足労頂いているのですから。楽しみにお待ちでいらっしゃいます」
「そうですか。良かった」
 慇懃な執事の優しい言葉に、少年はそう言ってにこりと笑った。

 この間の楽器をまた弾いて聞かせてほしいと、アヴァロンからゲオルグに連絡があったのは、皇女の誕生日祝いの後まもなくのことであった。
 カルサス家は、ミラノに本拠地を持つ商家である。高級なものから庶民的なものまで、世界各地の個性的な装飾品を幅広く扱う貿易商であり、珍しいもの好きの先々代が開いた店はまだ歴史も浅く、事業は決して大きくはない。そんなカルサス家に皇女直々のお召しとは、家の者にとっても予想だにしていなかった、ちょっとした事件であった。
 しかし、皆が驚き、慌てる中、当のゲオルグは飄々としていた。状況を理解できなかったわけではない。単に、そういう性格だったというだけだ。まだ若いということもあっただろう。とにかく彼は、美しい皇女とまた会えるのを単純に楽しみに、今日は早起きをして、カリンバ一つ抱えて、ミラノからはるばる、特急列車に揺られてジュネーヴへやって来たのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

処理中です...