紫灰の日時計

二月ほづみ

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分かれゆく道-4

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 同じ頃、ジュネーヴ、コルティス家別邸。
「殿下!」
 幼い声が、昼下がりの青空に吸い込まれていく。皇子と双子の姿を見つけて子犬のように駆けてきたのは、先日ベネディクトがこの場所で出会ったばかりの少年、クーロである。
「本当に来てくださったんですね」
「次は図鑑を持ってくるって、約束したじゃないか」
 ベネディクトは微笑んだ。年の近い二人は、先日の晩餐の前に共通の趣味についての話で大いに盛り上がり、すっかり仲の良い友人同士となっていた。
 だから、今日はバシリオの招きを受けての来訪ではなくて、クーロと遊ぶために来たのだ。
「カラスにクロエも、いらっしゃい」
「……うん」
 ベネディクトの後ろで、双子は切れ長の目を少し恥ずかしそうに泳がせて、だいたい同時に頷いた。
「あれ、お前たち、いまさら人見知り?」
「ち、違います、あるじさま」
「わたしたちは、その……」
 口ごもる双子のかわりに、クーロが言った。
「殿下、ふたりはね、ジュネーヴに来てから殿下以外の人とほとんど話をしたことが無かったんだって。だから、僕と話をするのも、まだちょっとびっくりしてる、ってだけですよ」

 クーロの解説に、双子は二人して何度も頷いて同意を表明する。
 双子の城での孤独な暮らしぶりを鑑みれば、それはとても納得のいくことであった。もう少し、人と接する機会を設けてやらないと可哀想かなと思いながら、確かにそうだね、と、ベネディクトは優しく微笑んだ。そして、四人で並んで歩き始める。
「昨日、レマン湖でオオバンとカイツブリを見ましたよ」
「うわぁ、いいなぁ、城にはあまり水鳥はいないんだ」
「今度、一緒に見に行きましょうよ。もう少ししたら、白鳥もやって来ますし」
「白鳥! 行きたいなぁ……」
 普通、皇子や皇女にあてがわれる『友人』は、厳選され、遊び相手としての任務を背負って城に送り込まれる貴族の子供だ。こんな風に、当たり前の子供同士のように話ができる友人を――彼の姉が持っていなかったのと同じように――ベネディクトもまた、知らないままで育っていた。
 立派ではあるけれどアヴァロン城に比べればささやかな庭を通りぬけ、この間は緊張して立った玄関ホールの奥から、螺旋階段をのぼった二階にある、クーロの部屋へ。この間目に入る使用人はせいぜい二人くらい。どの者もクーロに優しく声をかけ、皇子に丁寧に挨拶をする。バシリオの邸宅は、ベネディクトには、暖かく、羨ましい雰囲気を感じさせるものだった。昼間に訪ねるとバシリオはいつも仕事で不在だけれど、毎日、夜になれば帰ってくるそうだ。こういう屋敷での家族団欒は楽しいだろうな、と、ベネディクトはぼんやり思う。
 アヴァロンは広すぎて、使用人もとても多い。それなのに、家族は滅多に揃わないのだ。
「殿下、今日も夜ご飯、一緒に食べられますか?」
「……いいの?」
「もちろんです!」
 クーロは嬉しそうにはしゃぐ。彼にしても、バード・ウォッチングの話題で盛りあがれる同年代の友人が今まで周囲にいなかったので、ベネディクトとなら何時間でも話していたいのだ。
「じゃあ、君が野菜を残さず全部食べるまで、見届けて帰ろうかな」
「えええ……」
「好き嫌いはいけないよ?」
「そーですけど……」
 情けない声をあげる新しい弟分に、ベネディクトは声をあげて笑った。
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