紫灰の日時計

二月ほづみ

文字の大きさ
41 / 126

分かれゆく道-4

しおりを挟む

 同じ頃、ジュネーヴ、コルティス家別邸。
「殿下!」
 幼い声が、昼下がりの青空に吸い込まれていく。皇子と双子の姿を見つけて子犬のように駆けてきたのは、先日ベネディクトがこの場所で出会ったばかりの少年、クーロである。
「本当に来てくださったんですね」
「次は図鑑を持ってくるって、約束したじゃないか」
 ベネディクトは微笑んだ。年の近い二人は、先日の晩餐の前に共通の趣味についての話で大いに盛り上がり、すっかり仲の良い友人同士となっていた。
 だから、今日はバシリオの招きを受けての来訪ではなくて、クーロと遊ぶために来たのだ。
「カラスにクロエも、いらっしゃい」
「……うん」
 ベネディクトの後ろで、双子は切れ長の目を少し恥ずかしそうに泳がせて、だいたい同時に頷いた。
「あれ、お前たち、いまさら人見知り?」
「ち、違います、あるじさま」
「わたしたちは、その……」
 口ごもる双子のかわりに、クーロが言った。
「殿下、ふたりはね、ジュネーヴに来てから殿下以外の人とほとんど話をしたことが無かったんだって。だから、僕と話をするのも、まだちょっとびっくりしてる、ってだけですよ」

 クーロの解説に、双子は二人して何度も頷いて同意を表明する。
 双子の城での孤独な暮らしぶりを鑑みれば、それはとても納得のいくことであった。もう少し、人と接する機会を設けてやらないと可哀想かなと思いながら、確かにそうだね、と、ベネディクトは優しく微笑んだ。そして、四人で並んで歩き始める。
「昨日、レマン湖でオオバンとカイツブリを見ましたよ」
「うわぁ、いいなぁ、城にはあまり水鳥はいないんだ」
「今度、一緒に見に行きましょうよ。もう少ししたら、白鳥もやって来ますし」
「白鳥! 行きたいなぁ……」
 普通、皇子や皇女にあてがわれる『友人』は、厳選され、遊び相手としての任務を背負って城に送り込まれる貴族の子供だ。こんな風に、当たり前の子供同士のように話ができる友人を――彼の姉が持っていなかったのと同じように――ベネディクトもまた、知らないままで育っていた。
 立派ではあるけれどアヴァロン城に比べればささやかな庭を通りぬけ、この間は緊張して立った玄関ホールの奥から、螺旋階段をのぼった二階にある、クーロの部屋へ。この間目に入る使用人はせいぜい二人くらい。どの者もクーロに優しく声をかけ、皇子に丁寧に挨拶をする。バシリオの邸宅は、ベネディクトには、暖かく、羨ましい雰囲気を感じさせるものだった。昼間に訪ねるとバシリオはいつも仕事で不在だけれど、毎日、夜になれば帰ってくるそうだ。こういう屋敷での家族団欒は楽しいだろうな、と、ベネディクトはぼんやり思う。
 アヴァロンは広すぎて、使用人もとても多い。それなのに、家族は滅多に揃わないのだ。
「殿下、今日も夜ご飯、一緒に食べられますか?」
「……いいの?」
「もちろんです!」
 クーロは嬉しそうにはしゃぐ。彼にしても、バード・ウォッチングの話題で盛りあがれる同年代の友人が今まで周囲にいなかったので、ベネディクトとなら何時間でも話していたいのだ。
「じゃあ、君が野菜を残さず全部食べるまで、見届けて帰ろうかな」
「えええ……」
「好き嫌いはいけないよ?」
「そーですけど……」
 情けない声をあげる新しい弟分に、ベネディクトは声をあげて笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...