紫灰の日時計

二月ほづみ

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分かれゆく道-6

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「見返りとは?」
「お金? あー……あと、貴族なら、爵位とか?」
 言葉の意味が分からないわけではない。それを、自分と主人に当てはめて考えたことが無いだけだ。
「そのようなものは、ありません」
「ふぅん……」
 ゲオルグは、分かったような分からないような返事をし、そして、
「僕はさあ、そういうのって、普通、奴隷っていうと思うんだけど」
 悪気の無い声でそう言った。
 エリンは暫く黙りこんでいたが、やがて、目を覚まさない主の白い額に目を落としつつ、何故か微かに笑う。
「……確かに、アーシュラが面白がる理由が分かる」
「えっ?」
 小さく呟いた声は、ゲオルグにはっきりとは届かなかったようだ。
「剣に、わざわざそんなことを聞いてくる人は、初めてです」
「ごめん。怒ったかい?」
「いえ、別に……」
 エリンは本当に、気を悪くした様子は無いらしい。ふわりと、彼らしくない微笑みを浮かべたまま、独り言のように続けた。
「しかし、そうですね。確かに、仰る通りかもしれない。選択肢ははじめから無かった。この方と共にある他に、生は無い。だから、奴隷なのでしょう、私は、アーシュラの」
 言いながら、芝生に落ちた皇女の長い髪にそっと触れる。彼の長い指が、暖かな陽光のような皇女の髪を掬い取り、まるで自身と彼女のつながりを確かめるかのように、静かに漉いた。ゲオルグはその様子を暫く黙って見つめていたが――やがて、その眼差しに、どことなく嫉妬のような色が混じる。
「そうはいっても、とても奴隷には見えないね」
 けれど、言葉は相変わらず快活で、てらいなく響く。
「そうでしょうか」
「そうさ。だって、君は望んで彼女の傍に居るみたいに見えるもの」
 そう、ゲオルグはどこか試すように言った。
「望んで……」
「そういうのはさ、奴隷じゃなくて、家族とか……恋人とか、そういうものだよね。剣っていうのは、つまり、そういう存在?」
 最後の台詞は少し意地悪な顔で発する。エリンは、返す言葉に詰まり、黙りこんでしまった。
 剣は主の従僕であり、守護者である。いつも傍に置く持ち物のようなもので、誰よりも近しい存在ではあるけれど、家族でも……ましてや恋人でもない。
 そんなこと、ごく当たり前のことで、三歳からここで剣として暮らしてきたエリンにとって、疑問を挟む余地のないことだ。そのはずなのだ。
 けれど剣は機械ではなくて、心を持った人間である。だからこそ、主に誓う永遠に意味がある。
「……エリン、聞いてる?」
 ゲオルグの言葉に、体の内側がざわめいてしまうのは、きっとエリンが正しく彼女の剣だからだろう。主を愛さない剣など居ないのだから。
「聞いています。だとしてもやはり、私とアーシュラは、あなたが思うような関係では無いのです」
「……君ってたまに、殿下のこと名前で呼ぶんだね」
 穏やかな午後に似つかわしくない、強い風が不意に吹き抜けた。一瞬遅れて、森の木が一斉に揺れる音がする。
 エリンは返事の代わりに、目を覚ます気配のない主の、小鳥のように軽い体を抱えて立ち上がった。
「風が出てきました。城に戻りましょう、カルサス様。この方はすぐにお風邪をお召しになりますので」
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