紫灰の日時計

二月ほづみ

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十一

追放-3

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 自室へ戻る渡り廊下が、何だかいつもよりやたらと長く感じられた。胃が引きつるような感覚に、吐き気がする。ドレスも妙に重くて苦しい。なぜだろう。今日は体調は悪くないと思ったのに。
 それが罪悪感であることに、アーシュラは気が付かなかった。
「……殿下」
 助けようとしたエリンの手を振り払い、青い顔で少女は言う。
「大丈夫、一人で歩けます。消えていて」
 アーシュラが人目のある場所で彼の助けを拒むのは、よくあることだ。けれど、今は誰も見てはいないのに。迷ったらしいエリンは瞳を揺らし、しかし言われたとおり、濃い午後の影に溶けるように姿を消す。
「でしたら、せめてお部屋に戻られたら、お休みください」
「……そうね、そうするわ」
 低く呟いた少女の声が、時間が止まったような真昼の渡り廊下に、独り言として落とされた。

「えええっ、寝込んでる?」
 皇女のひ弱な身体は、彼女の強い意志に振り回されると、しばしば癇癪を起こす。ベネディクトを見送った翌日、前々からの約束通り城を訪れたゲオルグは、門まで迎えに来たリゼットにアーシュラの体調が悪いのだと知らされ、落胆の悲鳴を上げる羽目になった。
「そうです。ですから、今日は……」
 お引き取りを、と、言いかけた言葉をのみこんだようだった。少女は少し困った顔をする。
 実は、アーシュラから何も命じられていなかったのだ。こういう時、訪れてしまった客人にどう対応すべきか、何か申し伝えがあっても良さそうなものなのに、朝から何一つ連絡が無い。自分の一存で追い返してしまって良いのだろうか。
「リゼット?」
「ええと……」
 彼が、遠い自宅から、半日かけてここに来ていることはよく知っている。せめてお茶くらい入れてやりたいと思うものの、彼を城に入れて良いかどうか、やはり彼女には判断ができない。
「殿下の具合……ずいぶん悪いの?」
 リゼットが言葉に詰まったのをそのように解釈したらしい、ゲオルグは心配そうに言った。
「えっ、と……その、殿下は……」
 今日は朝からアーシュラの姿を見ていないから、どのくらい悪いのかと言われてもわからない。律儀なリゼットは適当な返事が出来ずにやはり黙りこみ、ゲオルグはますます青くなる。フイとエリンが現れたのはそんな時のことだった。状況を説明してくれそうな者が現れたことを悟ったゲオルグは、助けてくれと言わんばかりに口を開く。
「エリン! 殿下は――」
「……お会いになりたいそうです」
 ゲオルグの台詞を遮って、どことなく不機嫌そうにエリンが言った。
「こちらへ」
 言って、さっさと歩き始める。呆気にとられた様子のリゼットにじゃあねと手を振って、ゲオルグはその背を追いかけた。ちゃんと付いていかないと、エリンのことだからどこかで消えてしまわれたら見つけられなくなる。
 ――もちろん、アーシュラに命じられてゲオルグを迎えに来たエリンがそんなことをするわけはないのだけれど、ゲオルグは何となく慌てて、想い人の守護者に駆け寄ったのだった。
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