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十一
追放-5
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「……ゲオルグ、わたくし……」
この時、ゲオルグは知らなかった。本来、どんなに辛くても、この少女は他人に簡単に涙を見せることなど無い人間だったのだ。ほんの幼い頃から、おそらくはほとんど無意識に、そして、彼女自身心からそうだと信じ込める程に。偉大な祖父の跡継ぎとして、求められる皇女であり続けた。エリンにすら、そうそう泣き言なんて言わない。そんなアーシュラが、全く弱々しい普通の娘のように、ぽろぽろと涙を零して泣いていた。
「悲しい時は、人に話してしまうのが一番ですよ」
そんなことを知らないゲオルグは、ごく当たり前に、親しい女の子を慰めるような調子で笑いかけた。
「僕でよければ」
冗談っぽく、けれど少しだけ強く押すように。
「……」
自分が泣いているのを見ても少年がちっとも驚かなかったのに、アーシュラはアーシュラで驚いたようだった。こぼれ落ちる涙を拭うのも忘れて、はるばるミラノから、いつでも訪ねて来てくれる、彼女の非日常の優しい顔を見つめていた。
そして、やがて、
「…………弟に、嫌われてしまったわ」
すすり上げながら、小さな声で言った。
「それは……」
ゲオルグはベネディクトとはあまり話したことはなかったけれど、大人しそうな彼女の弟のことは知っていた。
「皇子と喧嘩でもなさったとか?」
「ちがうの……喧嘩なんてしないわ。そんなの……したこともないし」
「じゃあ――」
「わたくしが、酷いことをしたの」
ティーカップを頼りなく掴んだままの白い指がカタカタ震えている。このままではカップを落としてしまいそうな気がしたので、ゲオルグはそっとそれを取り上げ、テーブルに置いた。
「そういうことなら、謝ればいいじゃない」
「無理よ!」
穏やかな言葉に甘えるように、アーシュラは声を荒らげる。
「どうして?」
あくまで静かに、ゲオルグは訊ねた。カップを手放したせいで行き場の無くなった少女の手に、少し戸惑ったけれど、そっと触れてみる。
熱いな、と思った次の瞬間には、細い指がぎゅうっと彼の手を掴んだ。そして、
「……ベネディクトは分家させたわ。昨日、ここを出ていったの。わたくしが……この城から、追い出してしまったの。あの子を」
絞りだすように言った。
「追い出した? 分家されたということなら、そういう訳じゃ……」
「追い出したの! あの子がアヴァロンにいると、良くない輩につけ込まれる。何か起こる前に家から出してしまうのが良いと思ったわ。守りたかったのよ! 弟だもの! そうでしょう?」
「それは……そうですね」
「だけど、そんなこと、言えないわ……」
「何故?」
「何故でもよ!」
癇癪にまかせてそう喚くと、いよいよ彼女は嗚咽を漏らし、ソファの背もたれに突っ伏しておいおいと子供のように泣きはじめる。
詳しい事情の分からないゲオルグには、それ以上どんな言葉をかければ良いのか分からず、ただしゃくりあげる背中をさすってやるしか出来なかった。
この時、ゲオルグは知らなかった。本来、どんなに辛くても、この少女は他人に簡単に涙を見せることなど無い人間だったのだ。ほんの幼い頃から、おそらくはほとんど無意識に、そして、彼女自身心からそうだと信じ込める程に。偉大な祖父の跡継ぎとして、求められる皇女であり続けた。エリンにすら、そうそう泣き言なんて言わない。そんなアーシュラが、全く弱々しい普通の娘のように、ぽろぽろと涙を零して泣いていた。
「悲しい時は、人に話してしまうのが一番ですよ」
そんなことを知らないゲオルグは、ごく当たり前に、親しい女の子を慰めるような調子で笑いかけた。
「僕でよければ」
冗談っぽく、けれど少しだけ強く押すように。
「……」
自分が泣いているのを見ても少年がちっとも驚かなかったのに、アーシュラはアーシュラで驚いたようだった。こぼれ落ちる涙を拭うのも忘れて、はるばるミラノから、いつでも訪ねて来てくれる、彼女の非日常の優しい顔を見つめていた。
そして、やがて、
「…………弟に、嫌われてしまったわ」
すすり上げながら、小さな声で言った。
「それは……」
ゲオルグはベネディクトとはあまり話したことはなかったけれど、大人しそうな彼女の弟のことは知っていた。
「皇子と喧嘩でもなさったとか?」
「ちがうの……喧嘩なんてしないわ。そんなの……したこともないし」
「じゃあ――」
「わたくしが、酷いことをしたの」
ティーカップを頼りなく掴んだままの白い指がカタカタ震えている。このままではカップを落としてしまいそうな気がしたので、ゲオルグはそっとそれを取り上げ、テーブルに置いた。
「そういうことなら、謝ればいいじゃない」
「無理よ!」
穏やかな言葉に甘えるように、アーシュラは声を荒らげる。
「どうして?」
あくまで静かに、ゲオルグは訊ねた。カップを手放したせいで行き場の無くなった少女の手に、少し戸惑ったけれど、そっと触れてみる。
熱いな、と思った次の瞬間には、細い指がぎゅうっと彼の手を掴んだ。そして、
「……ベネディクトは分家させたわ。昨日、ここを出ていったの。わたくしが……この城から、追い出してしまったの。あの子を」
絞りだすように言った。
「追い出した? 分家されたということなら、そういう訳じゃ……」
「追い出したの! あの子がアヴァロンにいると、良くない輩につけ込まれる。何か起こる前に家から出してしまうのが良いと思ったわ。守りたかったのよ! 弟だもの! そうでしょう?」
「それは……そうですね」
「だけど、そんなこと、言えないわ……」
「何故?」
「何故でもよ!」
癇癪にまかせてそう喚くと、いよいよ彼女は嗚咽を漏らし、ソファの背もたれに突っ伏しておいおいと子供のように泣きはじめる。
詳しい事情の分からないゲオルグには、それ以上どんな言葉をかければ良いのか分からず、ただしゃくりあげる背中をさすってやるしか出来なかった。
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