紫灰の日時計

二月ほづみ

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十三

蜜月-4

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「アーシュラ! 来たよ!」
 数日後、呼ばれもしないのにゲオルグはやって来た。相変わらずの明るい笑顔に、客間に駆けつけたアーシュラは目を丸くする。
「ゲオルグ! どうして?」
「この間、次に合う約束が出来なかったから、気がかりでさ。ラントさんに聞いたら今日は具合も悪くないって聞いたから、じゃあって……わっ!」
 いつの間にかクヴェンに話を通すことを覚えたらしいゲオルグの台詞が終わらないうちに、アーシュラは恋人の首に飛びつく。
「会いたかったわ!」
 面食らいつつ軽い身体を受け止めて、少年もまた幸せそうに、愛しい人の柔らかい髪に顔をうずめる。
「……うん。僕も。何だか、会えないと思うと一日が長くって」
「ここに住めばいいのよ。こっそり」
「あはは、それもいいかもね。だけど大丈夫」
 アーシュラの顔を覗きこんで、ゲオルグは悪戯っぽく笑って言った。
「下の街に部屋を借りたんだ」
「えっ?」
「毎日でも会いに来られるようにって」
「すごいわ!」
「でしょう」
「ジュネーヴの、どの辺り?」
「大通りの近くの、賑やかなところだよ。だけど、アーシュラはあまり街のことは知らないよね?」
「そうなの。行ってみたいわ……」
「じゃあ、今度元気なときに――」
「――お二人とも」
 見かねたエリンが口を挟んだ。アーシュラはパッと怖い顔で従者を睨むが、エリンは無視して続ける。
「お二人のご関係は外部に知られぬようにしなければなりません。お会いになるのは結構ですが、外に出られるなら、今までどおり、殿下の庭をお使いください」
「……わかってるわよ」
 釘を刺すエリンに、アーシュラはゲオルグにピタリと寄り添ったまま、ますます不機嫌そうに目を細めた。
「そうは見えません」
「うるさいわ、消えていて頂戴っ!」
 怒鳴られるとエリンは困ったように息をつき、すいと物陰に隠れる。
「もう……」
「まあまあ、エリンが言うことはもっともだから、気をつけるよ。僕はどこでだって、君に会えればいいんだから」
 ゲオルグは笑った。アーシュラは、納得出来ない様子で、エリンの消えていった影を見つめた。
「わたくしだってそうだけど……」
 ゲオルグは、よそ見をする恋人を柔らかく引き寄せると、不意打ちで口付けてこちらを向かせ、ニコニコ顔で言った。
「アーシュラ、今日は本当に具合は悪くない?」
 少女は目を丸くしたが、すぐにぱあっと輝くように微笑んだ。
「ええ。もともと調子は良かったのだけど、あなたが来てくれたから、もっと元気になっちゃったわ」
「良かった。じゃあ、散歩でもしようよ。今日もいい天気だし」
「わたくしのお庭はもう案内し尽くしてしまったわよ。退屈ではなくて?」
「まさか。君と一緒なんだよ。そんなわけない」
「まぁ、ふふふ」
 爵位を持たぬ一般人の子である彼にとって、皇女との恋愛など、認められるはずもない、障害だらけの恋であるはずだ。楽天家の少年といえど、そのことが全く分からないほど間抜けではなかっただろう。
 けれど、アーシュラの不安をよそに、ゲオルグは明るかった。
 ただ、恋人に会えることを喜んで、ごく自然に彼女を気遣い、精いっぱいの真心を捧げる。まるで、お互いの気持ちさえあれば、他のことは障害にならないと信じているかのように。
 エリンは、はじめこそ口を挟んでアーシュラを怒らせたものの、やがて二人を黙って見守るようになった。
 近くなく、遠くなく、彼らが恋人同士になるより以前と同じような距離で、木漏れ日のように静かに。彼の主が幸せなひとときを過ごすのを、ただ、見つめて過ごした。
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