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十四
覚悟-5
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ゲオルグが案内したのは、少し奥まった通りに面した、小規模なレストランだった。ランチ客が引いた時間らしく、店内に客は少ない。間接照明が照らす洒落た空間にすいすい入っていくゲオルグの後を、アーシュラも興味津々で着いていった。
「ゲオルグ!?」
厨房に向かってゲオルグが手を振ると、店主らしき男が慌てて飛び出してきた。
「や! オルランド、来たよ」
「来たってお前、ほ、本当にそれ……」
男は明らかに狼狽した様子で、少年としっかり手を繋いだまま、きょろきょろと店内を見回す、仰々しい出で立ちの少女を見つめる。
「可愛いでしょう、僕のお星さま」
得意気に笑顔を見せる少年に、男はブンブン大げさに首を降った。
「そーゆー意味じゃなくて! ホントに、こ、皇女殿下……」
「そうだよ? 言ったじゃないか」
「いやいやいやいやいや!」
「この方、どうしたの?」
狼狽する男に、アーシュラが不思議そうな目を向ける。
「君があんまり素敵だから、驚いてるんだよ」
「ふふふふ、それは嘘ね」
「あの……あの……」
「突然訪問して、驚かせてしまいましたね。ごめんなさい」
「いっ、いえいえ、とんでもございません……」
陽気そうな男はすっかり萎縮して小さくなってしまった。
「ゲオルグのお姉さまのお友達だとか。素敵なお店ね」
「オルランドのパスタは美味しいよ。でもアーシュラ、お腹すいてないよね」
「食べてみたいわ!」
「大丈夫?」
「平気っ」
ゲオルグは恋人の自信満々の顔を覗きこんでちょっと考えてから、量を半分にするように頼んで二人分の食べ物をオーダーした。
下の姉の同級生で、ゲオルグにとっては随分と年上の友人である店主オルランドは、最初こそ驚き戸惑っていた様子だったが、奥の席に陣取って二人が仲睦まじく食事とお喋りに興じている姿を見て、徐々に元の陽気な人柄を取り戻すと、店が暇なのをいい事に、頼まれていないデザート片手に二人の元を訪れ、少年の幼いころの恥ずかしい話を際限無く披露してゲオルグを慌てさせた。
そして、二人はアーシュラの望むままに街を散策し、夕暮れの前にゲオルグのアパートに二人で帰った。まるで、普通の恋人同士のデートのように。
疲れたアーシュラを少しだけ休ませるつもりが、彼女はリビングの長椅子に腰をかけたなり、少年がコーヒーを入れて来るのすら待てずに、すやすや眠りこけてしまった。
「アーシュラ……?」
マグカップを二つ持って戻ってきたゲオルグは、恋人が既に夢の世界の住人になっているのを見つけて、ポカンとドアの前に立ち尽くした。ついさっきまで、コーヒーを飲んだらアパートの隣の公園に行ってみたいのだと張り切っていたのに。
「あはは……なんだか、これはこれで……」
湯気の立つカップを両手に持って、ゲオルグは苦笑した。
「夢みたいだなあ」
彼の部屋は豪奢なアヴァロン城とはかけ離れた、至って庶民的な、普通の部屋である。ここに住んでいるとはいえ、実家に戻ることも多いので、家具は少なくて割と片付いている。
リビングに置いた長椅子は、部屋を決めた時に適当に近くの蚤の市を覗いて手に入れたものだ。昔の絵本に出てくるような古風なシルエットが気に入って、部屋に全然似合わないのに買ってきたのだが――その椅子に、眠る彼女の姿は恐ろしく絵になった。
薄水色の絹に、同じ色の糸で細かい刺繍が施された上品なドレスに、つくりもののように華奢な身体。疲れのせいか薔薇色に紅潮した頬に、柔らかく絡まりやすい細い髪がまとわりつく様子は、少しだけ子供っぽい。
話していても可愛いけれど、黙っていると、アーシュラはやはり知らない世界の扉の向こうから来たような非現実感を纏って存在していた。この美しい人が生きてここにいて、しかも自分の恋人だなんて、本当に、夢を見ているのではないかと思えてしまう。
「いや、夢じゃないか……」
少年はひとり微笑む。
「奇跡だよね」
ゲオルグはそっとカップをサイドテーブルに置いて、穏やかに寝息をたてる彼の輝ける星の傍に歩み寄り、そっとその白い頬に手を伸ばした。
「……君が、僕のことを好きになってくれたなんて」
身分の違いすぎるこの人と自分の関係が今後も続くものなのかどうか、不安に感じる気持ちも、もちろんある。けれど、今は目の前の少女に夢中すぎて、先のことなんて全部どうでもいいような気がしていた。
だって、こうして 今、ここに、彼女が居るのだから。
ガタンとベランダで不穏な物音がしたのは、そんな瞬間のことであった。
「ゲオルグ!?」
厨房に向かってゲオルグが手を振ると、店主らしき男が慌てて飛び出してきた。
「や! オルランド、来たよ」
「来たってお前、ほ、本当にそれ……」
男は明らかに狼狽した様子で、少年としっかり手を繋いだまま、きょろきょろと店内を見回す、仰々しい出で立ちの少女を見つめる。
「可愛いでしょう、僕のお星さま」
得意気に笑顔を見せる少年に、男はブンブン大げさに首を降った。
「そーゆー意味じゃなくて! ホントに、こ、皇女殿下……」
「そうだよ? 言ったじゃないか」
「いやいやいやいやいや!」
「この方、どうしたの?」
狼狽する男に、アーシュラが不思議そうな目を向ける。
「君があんまり素敵だから、驚いてるんだよ」
「ふふふふ、それは嘘ね」
「あの……あの……」
「突然訪問して、驚かせてしまいましたね。ごめんなさい」
「いっ、いえいえ、とんでもございません……」
陽気そうな男はすっかり萎縮して小さくなってしまった。
「ゲオルグのお姉さまのお友達だとか。素敵なお店ね」
「オルランドのパスタは美味しいよ。でもアーシュラ、お腹すいてないよね」
「食べてみたいわ!」
「大丈夫?」
「平気っ」
ゲオルグは恋人の自信満々の顔を覗きこんでちょっと考えてから、量を半分にするように頼んで二人分の食べ物をオーダーした。
下の姉の同級生で、ゲオルグにとっては随分と年上の友人である店主オルランドは、最初こそ驚き戸惑っていた様子だったが、奥の席に陣取って二人が仲睦まじく食事とお喋りに興じている姿を見て、徐々に元の陽気な人柄を取り戻すと、店が暇なのをいい事に、頼まれていないデザート片手に二人の元を訪れ、少年の幼いころの恥ずかしい話を際限無く披露してゲオルグを慌てさせた。
そして、二人はアーシュラの望むままに街を散策し、夕暮れの前にゲオルグのアパートに二人で帰った。まるで、普通の恋人同士のデートのように。
疲れたアーシュラを少しだけ休ませるつもりが、彼女はリビングの長椅子に腰をかけたなり、少年がコーヒーを入れて来るのすら待てずに、すやすや眠りこけてしまった。
「アーシュラ……?」
マグカップを二つ持って戻ってきたゲオルグは、恋人が既に夢の世界の住人になっているのを見つけて、ポカンとドアの前に立ち尽くした。ついさっきまで、コーヒーを飲んだらアパートの隣の公園に行ってみたいのだと張り切っていたのに。
「あはは……なんだか、これはこれで……」
湯気の立つカップを両手に持って、ゲオルグは苦笑した。
「夢みたいだなあ」
彼の部屋は豪奢なアヴァロン城とはかけ離れた、至って庶民的な、普通の部屋である。ここに住んでいるとはいえ、実家に戻ることも多いので、家具は少なくて割と片付いている。
リビングに置いた長椅子は、部屋を決めた時に適当に近くの蚤の市を覗いて手に入れたものだ。昔の絵本に出てくるような古風なシルエットが気に入って、部屋に全然似合わないのに買ってきたのだが――その椅子に、眠る彼女の姿は恐ろしく絵になった。
薄水色の絹に、同じ色の糸で細かい刺繍が施された上品なドレスに、つくりもののように華奢な身体。疲れのせいか薔薇色に紅潮した頬に、柔らかく絡まりやすい細い髪がまとわりつく様子は、少しだけ子供っぽい。
話していても可愛いけれど、黙っていると、アーシュラはやはり知らない世界の扉の向こうから来たような非現実感を纏って存在していた。この美しい人が生きてここにいて、しかも自分の恋人だなんて、本当に、夢を見ているのではないかと思えてしまう。
「いや、夢じゃないか……」
少年はひとり微笑む。
「奇跡だよね」
ゲオルグはそっとカップをサイドテーブルに置いて、穏やかに寝息をたてる彼の輝ける星の傍に歩み寄り、そっとその白い頬に手を伸ばした。
「……君が、僕のことを好きになってくれたなんて」
身分の違いすぎるこの人と自分の関係が今後も続くものなのかどうか、不安に感じる気持ちも、もちろんある。けれど、今は目の前の少女に夢中すぎて、先のことなんて全部どうでもいいような気がしていた。
だって、こうして 今、ここに、彼女が居るのだから。
ガタンとベランダで不穏な物音がしたのは、そんな瞬間のことであった。
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