紫灰の日時計

二月ほづみ

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十五

影-1

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「断って欲しいだと!?」
 娘の申し出に、リアデンス侯爵は思わず声を荒らげた。ベアトリーチェ・リアデンスは身を縮こまらせ、震える声で、しかしキッパリと言う。
「はい……どうか、今回のお話、お断り申し上げてください」
「馬鹿なことを、相手はアヴァロンの……」
「……分かっています」
 今まで親に逆らったことなど無かった大人しい娘に肝心な所で楯突かれ、侯爵は困り果てた様子で頭を抱える。
「何が不満なのだ……言ってみなさい。これは、こちらから断るような縁談ではないのだぞ? 確かに、殿下はお前より年下ではあるが……」
「あの方に不満があるわけではないのです……優しい方でいらっしゃいました」
「ベアトリーチェ、父を困らせないでおくれ、それならば、受けない理由はないだろう……?」
 なだめるような、すがるような猫撫で声に、ベアトリーチェは首を降った。
「ごめんなさい……お父様、お母様……」
 従順なはずの娘の頑なな姿に、見かねた母親が口を挟む。
「どなたか、好きな方でもいるの?」
 ベアトリーチェは驚いたように顔を上げるが、
「なんだと!?」
 声をあげたのは侯爵の方だった。
「あなた、二十歳の娘ですよ、当たり前でしょう。今までそういう話が少しも無かったことの方がおかしいくらいです」
 侯爵はますます混乱した様子で目を白黒させ、妻と、それから娘を見た。ベアトリーチェは俯いたままピクリとも動こうとしない。侯爵夫人はあくまで穏やかに娘に歩み寄り、その肩に優しく触れる。
「とても急なお話でしたからね。すぐに決められないのも無理は無いのよ、ベアトリーチェ。だけど、何もすぐに断らなくても、もう少し落ち着いて考えてみても良いのではなくて? 急ぐお話ではないとのことですからね。それにもし、あなたに決まった方が居るのなら――」
 娘はギクリと身を震わせ、母の手を振り払った。
「ごめんなさいっ!」
 震える声でそう叫んで部屋を飛び出す。
「ベアトリーチェ! 待ちなさい、ベアトリーチェ!」
 母親の呼びかけを無視して、呆気にとられるメイドの横をすり抜け、一目散に廊下を駆け抜けて、自分の部屋へと逃げ込む。ドアの鍵をかけ、暫くそこでじっと、両親が追いかけてくるかどうか伺っていたようだったが、暫く経っても辺りが静かなままなのを確認する。
「はぁ……」
 ふらりとドアから離れ、鏡台の前に座り……化粧品が入った引き出しを開けると、奥から小さな写真立てを取り出す。
「ああ……私は、どうすれば……」
 苦しげなつぶやきと共に、涙が一粒、フレームの写真を捧げ持つ天使の彫刻の上に落ちる。
「ソランジュ……」
 彼女が見つめる写真の中には、凛々しい乗馬服に身を包み、穏やかな微笑みを浮かべてこちらを見つめる――美しい女性の姿が写っていた。
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