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十五
影-5
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陽の光からすっかり熱の抜けた秋の午後、滞在先で皇女は長い午睡をとる。午前中いっぱいを視察に充てて、その後、毎日のように開かれる夜会までの時間をひたすら眠って過ごすのだ。そうして、体調を安定させていた。
先日の襲撃事件のおかげで、彼女の周辺警備は普段よりずっと厳重になっていたから、エリンにとっても午後の時間は、静かに休息のできる貴重な時間になっていた。午前中は視察先でいつもより神経を使って過ごしているから、眠っていいとなるととたんに身体が重くなる。束の間の眠りが知らぬうちに訪れ――そして、ふっと意識が浮上すると、自分の髪を弄って遊ぶ、主の指の感触。
「お前の寝ているところ、久しぶりに見た気がするわね」
言って彼女は、自分も寝起きらしく気だるげに横たわったまま、エリンの髪を編んで遊んでいる。
「……すみません」
起き上がろうと思ったが、主の手遊びのせいで動けなかった。
「いいのよ。お前もたまにはゆっくり眠れば」
「ご機嫌ですね」
「そうよ?」
「珍しい」
「どうして?」
「……あれからもう二週間以上経ちますが、カルサス様のお名前をろくに聞いておりません」
城を抜けだしたあの日以来、彼女は恋人に会っていない。普段ならば、会いたいとうるさく駄々をこねられて然るべき時期だ。
「ふふふ、平気よ」
アーシュラは得意気に微笑むが、その秘密を、実はエリンは知っている。
「文字のやりとりだけではなくて、城に戻られたらお会いになればいい」
「えっ?」
「されますよ。浮気」
「されないわよ!」
アーシュラはパッと赤くなってそう言ってから、すぐに気がつく。
「どうして知ってるの!?」
エリンは呆れたように目を細めた。
「気付かないわけが無いでしょう。隠れておりませんから」
彼女が隠し持っているつもりのものは、小さな通信機だった。城から抜けだしたあの日に、ゲオルグが街で買って彼女にプレゼントしたのだろう。アーシュラは日に何度もそれを触って、たぶん、彼に何やらメールを送っている。隠しているつもりだからと黙っていたのだけれど。
「……見た?」
「何をですか?」
「だから、メール……」
さすがにそれは見ていない。そんなものを見ても気が滅入るだけだということくらい、エリンだって理解している。
「さあ……」
「エリン!」
「見られて困るようなやりとりをなさっているのですか?」
とぼけてみると、アーシュラはますます慌てて起き上がると、主の寝台で仰向けになったままの従者を揺さぶる。耳まで赤くなった彼女に、エリンは少し笑った。
「見てませんよ」
「ほ……ほんとに?」
「嘘などつきません」
「ついていたじゃない。気付いてたくせに」
「通信機のことですか?」
「意地悪だわ」
「……邪魔をしてはいけないと思っただけです」
「えっ……」
エリンの言葉に、アーシュラは少し意外そうに目を丸くした。
「アーシュラに嫌われるのは嫌です」
「お前……」
こちらを覗きこむ紫の瞳が二三度ゆっくり瞬きをして、
「案外ばかね」
そして笑う。
「は?」
「うふふふ、まあいいわ。見てないなら」
アーシュラは機嫌を直した様子でクスクスと笑いながら、起き上がろうとするエリンを押しとどめると、その傍らに細い体を折りたたむように丸くなり、昼寝の続きを決め込んだのだった。
そうして、未遂に終わった襲撃事件の後も、アーシュラは暫く城に戻らず、体調の許す限りエウロ各地を見て回った。
それは、彼女にとって生まれて初めての旅だった。ひと目姿を見たいという民衆の希望を、アーシュラは最大限の努力をもって叶え続けた。
皇女の旅は自治区内だけでなく世界中で報道され、エウロの次期皇帝は人々に愛される美しい姫なのだと、強く印象付けるものになった。
しかし一方、彼女を付け狙う者の存在も明らかになった。
ミュンヘンでの事件後、プラハ、ワルシャワと、大都市において、アーシュラは立て続けに暴漢に襲われた。幸い、城の外での身の処し方に慣れはじめたエリンのおかげでどちらも事なきを得たが、その知らせを聞いたエウロ貴族の多くは、長らく刃を差し挟む隙のなかった帝室の威光に、影の差す気配を感じたのだった。
先日の襲撃事件のおかげで、彼女の周辺警備は普段よりずっと厳重になっていたから、エリンにとっても午後の時間は、静かに休息のできる貴重な時間になっていた。午前中は視察先でいつもより神経を使って過ごしているから、眠っていいとなるととたんに身体が重くなる。束の間の眠りが知らぬうちに訪れ――そして、ふっと意識が浮上すると、自分の髪を弄って遊ぶ、主の指の感触。
「お前の寝ているところ、久しぶりに見た気がするわね」
言って彼女は、自分も寝起きらしく気だるげに横たわったまま、エリンの髪を編んで遊んでいる。
「……すみません」
起き上がろうと思ったが、主の手遊びのせいで動けなかった。
「いいのよ。お前もたまにはゆっくり眠れば」
「ご機嫌ですね」
「そうよ?」
「珍しい」
「どうして?」
「……あれからもう二週間以上経ちますが、カルサス様のお名前をろくに聞いておりません」
城を抜けだしたあの日以来、彼女は恋人に会っていない。普段ならば、会いたいとうるさく駄々をこねられて然るべき時期だ。
「ふふふ、平気よ」
アーシュラは得意気に微笑むが、その秘密を、実はエリンは知っている。
「文字のやりとりだけではなくて、城に戻られたらお会いになればいい」
「えっ?」
「されますよ。浮気」
「されないわよ!」
アーシュラはパッと赤くなってそう言ってから、すぐに気がつく。
「どうして知ってるの!?」
エリンは呆れたように目を細めた。
「気付かないわけが無いでしょう。隠れておりませんから」
彼女が隠し持っているつもりのものは、小さな通信機だった。城から抜けだしたあの日に、ゲオルグが街で買って彼女にプレゼントしたのだろう。アーシュラは日に何度もそれを触って、たぶん、彼に何やらメールを送っている。隠しているつもりだからと黙っていたのだけれど。
「……見た?」
「何をですか?」
「だから、メール……」
さすがにそれは見ていない。そんなものを見ても気が滅入るだけだということくらい、エリンだって理解している。
「さあ……」
「エリン!」
「見られて困るようなやりとりをなさっているのですか?」
とぼけてみると、アーシュラはますます慌てて起き上がると、主の寝台で仰向けになったままの従者を揺さぶる。耳まで赤くなった彼女に、エリンは少し笑った。
「見てませんよ」
「ほ……ほんとに?」
「嘘などつきません」
「ついていたじゃない。気付いてたくせに」
「通信機のことですか?」
「意地悪だわ」
「……邪魔をしてはいけないと思っただけです」
「えっ……」
エリンの言葉に、アーシュラは少し意外そうに目を丸くした。
「アーシュラに嫌われるのは嫌です」
「お前……」
こちらを覗きこむ紫の瞳が二三度ゆっくり瞬きをして、
「案外ばかね」
そして笑う。
「は?」
「うふふふ、まあいいわ。見てないなら」
アーシュラは機嫌を直した様子でクスクスと笑いながら、起き上がろうとするエリンを押しとどめると、その傍らに細い体を折りたたむように丸くなり、昼寝の続きを決め込んだのだった。
そうして、未遂に終わった襲撃事件の後も、アーシュラは暫く城に戻らず、体調の許す限りエウロ各地を見て回った。
それは、彼女にとって生まれて初めての旅だった。ひと目姿を見たいという民衆の希望を、アーシュラは最大限の努力をもって叶え続けた。
皇女の旅は自治区内だけでなく世界中で報道され、エウロの次期皇帝は人々に愛される美しい姫なのだと、強く印象付けるものになった。
しかし一方、彼女を付け狙う者の存在も明らかになった。
ミュンヘンでの事件後、プラハ、ワルシャワと、大都市において、アーシュラは立て続けに暴漢に襲われた。幸い、城の外での身の処し方に慣れはじめたエリンのおかげでどちらも事なきを得たが、その知らせを聞いたエウロ貴族の多くは、長らく刃を差し挟む隙のなかった帝室の威光に、影の差す気配を感じたのだった。
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