紫灰の日時計

二月ほづみ

文字の大きさ
90 / 126
十六

剣-1

しおりを挟む
 太陽の光の届かない地の底の部屋に、男の枯れた絶叫と泣き声が響く。石の城の寒いその部屋は、長く使われることのなかった地下牢だ。暗く、悪臭の漂うその部屋に、不似合いな美しい白い衣を纏った背の高い男――ツヴァイが立っていた。
「ふむ……やはり慣れないと、難しいものですね。なかなかアインのように上手にいかない」
 そう、困ったように言葉を落とす。彼の目の前で、並んで縛り上げられた二人の男の一人が、血泡を吹いて絶命していた。どちらもエリンが取り押さえた、皇女襲撃の実行犯である。両名とも、逮捕されたと報道されてはいたが、実際にはその身柄は警察には渡らず、秘密裏にアヴァロン城へ移されていた。
 裸の体には小さな穴が無数に穿たれ、死亡したばかりの体からはまだ新しい血が流れ出ている。
「先生、もう少し血管を外さないと、長くもちません」
「生意気ですね。分かっていますよ」
「私が変わります」
 犯人たちは、何者かの依頼を受けて皇女の襲撃を実行したに過ぎない。拷問の前に聞いた、互いに面識が無いという言葉もたぶん本当だろう。アーシュラを狙う者の存在をはやく知りたいエリンは、貴重な情報源を殺してしまったことに少し苛立っている様子だが、ツヴァイは静かに首を振る。
「駄目ですよ、それこそあなたではやり過ぎる」
「そんなことは……」
「この方の手が、アーシュラ様を害したかもしれない。そう思って冷静でいられますか?」
 そう言われると反論できない。今は別人のように傷つき、怯えた目をこちらに向ける哀れな男だが、アーシュラを殺そうとした相手だ。やはり憎い。目を伏せて了承を伝えるエリンに、ツヴァイは優しく微笑んで、優雅な所作で二人目の男に向き直る。
「さて……」
「……っ!」
 男はギクリと震え、彼を繋ぐ鎖が口を塞がれた彼の代わりに悲鳴をあげる。城に連れて来られた時には随分と威勢の良かった男だったが、今は鷹を前にした雀のように怯えて泣いていた。
「あなたの番ですよ。お待たせしました」
 今度はうまく加減しましょうね、と、料理の火加減についてでも語るように楽しげに言いながら、台に並べられた嫌に美しい銀色の針を吟味するツヴァイに、男は再び必死に体を捩って暴れる。しかし無論、鎖がうるさく鳴るばかりでそれは徒労にすら届かない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

処理中です...