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十六
剣-2
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夜明け前、音もなく寝台の前に立つ従者の気配を敏感に察し、アーシュラは目をあけた。
「……どこへ行っていたの?」
「申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」
てっきり、眠っているものと思って顔を見に来たエリンは、微かに驚いた様子だ。
「目が覚めてしまって、寝付けなかったの」
揺らめくランプの小さな光に照らし出されたアーシュラの青白い顔が、不満と不安を訴えている。
「居なかったから」
時には従者を邪険に扱う主だけれど、お互い、離れることを知らない。剣は、ベッドサイドに跪いて言った。
「……先生に、呼ばれていました」
それは半分だけ本当だ。痛みを伴う真実を、エリンは語らなかった。アーシュラはどことなくホッとしたように小さく微笑んだ。
「ならいいの」
「もう少しお休み下さい、アーシュラ」
「そうね……そうする……」
潤んだ目がゆっくり閉じられるのを見届けて、エリンはそっと立ち上がった。
死の訪れぬ苦痛の中で、男は語った。
かの、商人の名前を。
つまり、バシリオ・コルティスは諦めてはいなかったのだ。ベネディクトを次の皇帝に仕立て上げることを。
「トリノの商人?」
ツヴァイの報告を黙って聞いていたアドルフは、乾いた声でそう言った。コルティスの名を覚えようというつもりは無いようだった。
「はい。エリンに排除させようと思いますが、よろしいでしょうか?」
「あれはもう充分に使えるのか?」
「大丈夫でしょう」
「……ならば、そなたに任せる」
「承知いたしました」
「ツヴァイ」
消えようとする剣を、皇帝は珍しく引き止める。
「なにか、余に他に話したいことはないのか?」
「何故ですか?」
「隠し事など、珍しい」
そっけなく投げられた言葉は、しかし正しい。
半年前、アーシュラが祖父に対してそうしたのと同じように、ツヴァイもまた、ベネディクトを庇った。つまり、かの不届きな商人と元皇子のつながりについて、アドルフに伏せて報告をしたのだ。それは、ベネディクトとアドルフの双方に対しての気遣いであったのだが――
「商人風情がアーシュラを害して益があるはずがなかろう。誰を庇っている」
主の言葉は正しい。ツヴァイは悲しげに目を細めた。
アドルフはかつて、帝位を巡る争いで多くの親族を手にかけた。かけがえの無い剣を失い、孤独な老境を迎えていた主に、これ以上、家族を敵とするようなことをさせたくないと、白の剣は願っていた。
「ベネディクトか」
「…………」
答えないツヴァイに、しかしアドルフはそれ以上問い詰めようとはしなかった。彼もまた、ツヴァイの心を知っている。その代わり、深い溜め息をついて言った。
「……エリン不在の間は、そなたがアーシュラの守護を務めよ」
「アドルフ……」
「そんな顔をするな、ツヴァイ。余はまだ独りではないのに」
「……どこへ行っていたの?」
「申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」
てっきり、眠っているものと思って顔を見に来たエリンは、微かに驚いた様子だ。
「目が覚めてしまって、寝付けなかったの」
揺らめくランプの小さな光に照らし出されたアーシュラの青白い顔が、不満と不安を訴えている。
「居なかったから」
時には従者を邪険に扱う主だけれど、お互い、離れることを知らない。剣は、ベッドサイドに跪いて言った。
「……先生に、呼ばれていました」
それは半分だけ本当だ。痛みを伴う真実を、エリンは語らなかった。アーシュラはどことなくホッとしたように小さく微笑んだ。
「ならいいの」
「もう少しお休み下さい、アーシュラ」
「そうね……そうする……」
潤んだ目がゆっくり閉じられるのを見届けて、エリンはそっと立ち上がった。
死の訪れぬ苦痛の中で、男は語った。
かの、商人の名前を。
つまり、バシリオ・コルティスは諦めてはいなかったのだ。ベネディクトを次の皇帝に仕立て上げることを。
「トリノの商人?」
ツヴァイの報告を黙って聞いていたアドルフは、乾いた声でそう言った。コルティスの名を覚えようというつもりは無いようだった。
「はい。エリンに排除させようと思いますが、よろしいでしょうか?」
「あれはもう充分に使えるのか?」
「大丈夫でしょう」
「……ならば、そなたに任せる」
「承知いたしました」
「ツヴァイ」
消えようとする剣を、皇帝は珍しく引き止める。
「なにか、余に他に話したいことはないのか?」
「何故ですか?」
「隠し事など、珍しい」
そっけなく投げられた言葉は、しかし正しい。
半年前、アーシュラが祖父に対してそうしたのと同じように、ツヴァイもまた、ベネディクトを庇った。つまり、かの不届きな商人と元皇子のつながりについて、アドルフに伏せて報告をしたのだ。それは、ベネディクトとアドルフの双方に対しての気遣いであったのだが――
「商人風情がアーシュラを害して益があるはずがなかろう。誰を庇っている」
主の言葉は正しい。ツヴァイは悲しげに目を細めた。
アドルフはかつて、帝位を巡る争いで多くの親族を手にかけた。かけがえの無い剣を失い、孤独な老境を迎えていた主に、これ以上、家族を敵とするようなことをさせたくないと、白の剣は願っていた。
「ベネディクトか」
「…………」
答えないツヴァイに、しかしアドルフはそれ以上問い詰めようとはしなかった。彼もまた、ツヴァイの心を知っている。その代わり、深い溜め息をついて言った。
「……エリン不在の間は、そなたがアーシュラの守護を務めよ」
「アドルフ……」
「そんな顔をするな、ツヴァイ。余はまだ独りではないのに」
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