紫灰の日時計

二月ほづみ

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十六

剣-3

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 久しぶりに会えた恋人が、何だか憂鬱そうな顔で窓の外ばかり気にしている。ゲオルグははじめ、その理由が旅先での襲撃事件にあるのだと思った。
「アーシュラ……大丈夫?」
「え?」
 暴漢に襲われるなんて、きっとものすごく恐ろしかったに違いない。可哀想に。ここは自分が元気づけてやらねばならい。
「その、えーと……ここはほら、アヴァロン城だしね。平気だよ。安心していいと思う! ほら、エリンもいるしね、君の剣でしょう。彼がいれば、どこだって……」
 不本意にもエリンの名前まで出して、彼なりに最大限言葉を選んで、彼女を励まそうとしたらしい。けれどアーシュラは、逆にその言葉に、辛そうに眉根を寄せた。あれ、おかしいな、と、ゲオルグは首をひねる。
「……ごめんなさい、ゲオルグ」
 アーシュラはそこでようやく、彼が自分を心配しているのだということに気付いた様子だった。
「もしかして体調、あまり良くない? 旅をして無理をしたんじゃないの?」
「ううん、大丈夫。元気よ」
「なら、いいけど……」
 元気と言いつつ顔色の冴えないアーシュラを抱き寄せ、その頬に柔らかく触れる。少女はゲオルグの手に手のひらを重ねて、不安そうに彼を見上げて言った。
「……最近、エリンをあまり見ないの」
「え……?」
 意外な言葉だった。
「彼が……君の傍を離れることがあるんだ」
「今までは無かったわ。だから、困っているのじゃない……」
 ゲオルグの腕の中で、アーシュラは明らかに元気のない様子で肩を落とす。
「じゃあ今は……? あんな事件があった後なのに、誰も君を……」
「ううん、今はたぶん……」
 アーシュラはキョロキョロと辺りを見回してから、バルコニーのドアを開けた。外に出てやはりあちこち見回していたが、やがて諦めたように口を開く。
「ツヴァイ、どこにいるの?」
 言い終わらないうちに、背後で客間の扉がカチリと開いて、廊下からフラリと白い人影が姿を現した。
「お呼びでしょうか、姫」

「そんな所にいたの」
 アーシュラはバルコニーの扉を閉めながらため息をつく。
「外はもう寒いですからね」
「まあ、情けないこと」
「もう若くありませんから」
 ニコニコと微笑みを浮かべながら男は言った。ゲオルグはポカンとしてそのやりとりを眺める。随分とアヴァロン城には通っているが、初めて見る人物だった。服の色こそ違えど、エリンと雰囲気の似通った出で立ちに、おそらくこの男もエリンと同種の人間だろうと見当がつく。
 けれど、あの超が付くほど無愛想なエリンに比べると、この男は随分とにこやかというか、和やかというか。剣とはみんなエリンのようなのだと思い込んでいたから、こんな風に笑っていると、不思議な気がしてしまう。
「えーと……あ、じゃなくて、殿下? この人は……」
「ツヴァイよ。ちなみに、お祖父様の」
「こっ、皇帝陛下の……!?」
 さすがに驚いて、思わずパッとアーシュラから離れた。
「は、はじめまして……僕……」
 皇帝が目の前にいるような気がして妙に緊張してしまう。大事な孫娘に手を出したとか思われて(実際そうだけれど)いるのではないか。その剣がここに来たということは、もしかしたら……
「……そんなに畏まらなくても、どうせツヴァイはゲオルグのことよく知っているわよ?」
「そっ、そうなの!?」
「そうよね?」
「まぁ、そうなりますね」
「えええ……」
 しかし、エリンとはまた違った方向で、目を引く男だなと思った。褐色の肌にくっきりと映える、白い衣に白い髪。長身で、年齢の分からない優しい顔。耳を何か飾りのようなもので隠しているのは、たぶん、飾りではなくて何かの機械だろう。
「ねぇ、エリンは?」
 恐る恐る男を伺うゲオルグの隣で、アーシュラは口を尖らせる。
「申し訳ありません。用事を言いつけておりまして」
 男は、申し訳があるのだかないのだか分からない、柔らかい口調で詫びる。なんだか変だな、と、ゲオルグは思った。
「エリンはわたくしのよ。ツヴァイの用事なら、ツヴァイが行ってよ。お祖父様の元を離れてまで、エリンを使わないで」
「申し訳ありません」
「いつ戻るの? 夜までに帰ってくる?」
「それは……分かりかねます」
「どうしてよ!」
 だんだんと本格的に怒り出すアーシュラを横目に、ゲオルグは何となく憂鬱な気分になっているのを自覚する。
(何だよ、せっかく会えたのに。エリンエリンって……)
 こっちを見て欲しい。エリンなんてたまには居ないくらいでいいじゃないか。そんな風に思ってしまうけれど、それを口にしたら火に油なのは分かりきっている。彼女と喧嘩をしたいわけではないので、ゲオルグはやきもちを胸にしまって、少女をなだめた。
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