紫灰の日時計

二月ほづみ

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十九

思惑-6

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 そして、ありとあらゆる準備が進む、慌ただしい日々の中、エリンはアーシュラを避けるようになった。
 彼女の傍を離れるわけではないけれど、いつもに増して、必要がない限り姿を見せず、言葉を交わさないように。それは、エリンにとって寂しく辛いことだ。けれど、それでも今は、その方が楽だったから。
 だからその日も、城壁の影に埋もれるように座り込んで、アーシュラとゲオルグが来客に囲まれて楽しげに話す様を漫然と眺めていた。要領の良いゲオルグは、大勢の客の名前を憶え、調子よく話を合わせて盛り上がっている。全く、彼のああいうところは実際大したものだと思う。
「エリン、こんな所に隠れて」
 と、ツヴァイの呆れた声が落ちてきた。エリンが隠れている場所を見つけることができるのは彼くらいなのだ。
「いい加減、姫も心配なさいますよ」
「殿下は別に心配なんてしません」
「おや」
 どことなく拗ねたようなエリンに、師は苦笑する。
「どうしてそんなことを?」
「……今は、毎日お忙しいですし、それに、カルサス様とずっと一緒ですから」
「やきもちですね」
「違います」
「素直でない子だ」
 厳しい師だけれど、昔から稽古の時以外は優しい。隣に腰をおろしたツヴァイを、エリンは少し子供っぽい表情で見た。
「先生……」
「何ですか?」
「皇女殿下にとって……私は、何なのでしょうか」
 思いの他の素直な言葉に、ツヴァイは一瞬面食らって、それから微笑む。

「……難問ですね」
「やっぱり、そうですか」
「そうですよ。人と人の関係が、単純であるためしは無いのです」
 自分のことを決して語らないツヴァイは、他人事のように朗らかに呟く。
「そんなの……」
 エリンは俯き、決して目を離さない主の後ろ姿から目をそむける。そして、普段彼が足場にしている、角の丸くなった壁の飾りにそっと手を伸ばした。
「そんなのは……知りません」
 主を守り、その望みを叶えるための剣であること。エリンにとって、自身の存在意義とはそのことに尽きる。それは自分で選んだ道ではなかった。ある日突然その運命を与えられ――そして、ただそれを受け入れ、強くなることだけが彼の存在を是とした。
 いつか、ゲオルグは自分のことを奴隷のようだと言った。憤りは感じない。彼女と一緒に居られるならば、自分はそれで構わないのに。
 それなのに、今更何を与えようというのか。
 アーシュラを傷つけるようなことは出来ないし、恐ろしい。それは、悩むまでもなく明白なことだ。けれど――
 ――心に刺さった刺が抜けない。
 アーシュラの笑顔を、アドルフの言葉を、あの夜会の夜の星空を。思い出す度ズキズキと膿み傷んで、いつまでもエリンを苦しめるのだった。
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