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牙を剥く執着牙④
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「……なら、カイルさん。その『管理』から、私たちが最初にはみ出しましょう」
私は立ち上がった。粉のないパンが焼けないなら、パンの概念を変えればいい。
私はカイルに、前世の記憶にある「知識」を提案した。
「麦がないなら、この街の裏に自生している『赤芋』を使いましょう。
あれはアクが強くて誰も食べませんが、正しく処理すれば強力なデンプンになります。それから……」
私は、前世の高級スイーツで学んだ「低温長時間発酵」と、現代の科学的知恵を伝えた。
高価な砂糖などない。
だが、雑穀を麹のように発酵させれば、微かな、けれど強烈に人を惹きつける「甘み」を作り出せる。
さらに、前世でダイエットのために学んだ「グルテンの形成を助ける捏ね方」。
力のない私でも、効率的に生地に弾力を与える技術。
「そんな方法、聞いたこともないが……」
「信じてください。私は、与えられるだけの側だったからこそ、贅沢の極致を知っています。
その知識を、今度は誰かの腹を満たすために使いたいんです」
数日後。ガロンの嫌がらせで閑古鳥が鳴いていたはずの店の前から、信じられないような光景が広がった。
「なんだ、この匂いは……!?」
「こんな甘い香り、生まれて初めて嗅ぐぞ!」
店の外にまで漂い出したのは、赤芋の天然糖分と発酵がもたらす、官能的なまでに芳醇な香り。
ガロンが禁じた麦など使っていない。
けれど、そこにあるのは、この街の住人が一生味わうことのないはずの「高級感」を纏った、命のパンだった。
一人、また一人と、空腹に耐えかねた人々がガロンの恐怖を忘れて集まってくる。
私は、焼き上がったばかりの黄金色のパンを、かつての私のように「選ばれる」のを待つのではなく、
自らの手で差し出した。
「これ、食べてみて。安いわよ。ガロンさんのところの半分以下の値段。でも、味は保証するわ」
一口食べた男が、目を見開いて叫ぶ。
「う、美味い……! なんだこれ、魔法か!?」
笑みが溢れた。前世で男に宝石をもらった時よりも、ずっと深い充足感。
私は今、誰かの上に立つのではなく、誰かの命に、直接「価値」を与えている。
その様子を、路地の向こうからガロンが血走った目で見つめているのに気づいた。
彼は怒りに震え、自分の所有権が、管理できない「知恵」と「意志」によって
奪われていくのを目の当たりにしていた。
カイルが私の隣に立ち、そっと肩に手を置く。
「……リナ。あんたはもう、誰にも支配されないな」
私は頷いた。世界が間違っているなら、このパンの香りで塗り替えてやる。
傲慢な過去も、絶望的な現在も、すべてを飲み込んで発酵させ、最高の未来を焼き上げてみせる。
――私自身の手で。
私は立ち上がった。粉のないパンが焼けないなら、パンの概念を変えればいい。
私はカイルに、前世の記憶にある「知識」を提案した。
「麦がないなら、この街の裏に自生している『赤芋』を使いましょう。
あれはアクが強くて誰も食べませんが、正しく処理すれば強力なデンプンになります。それから……」
私は、前世の高級スイーツで学んだ「低温長時間発酵」と、現代の科学的知恵を伝えた。
高価な砂糖などない。
だが、雑穀を麹のように発酵させれば、微かな、けれど強烈に人を惹きつける「甘み」を作り出せる。
さらに、前世でダイエットのために学んだ「グルテンの形成を助ける捏ね方」。
力のない私でも、効率的に生地に弾力を与える技術。
「そんな方法、聞いたこともないが……」
「信じてください。私は、与えられるだけの側だったからこそ、贅沢の極致を知っています。
その知識を、今度は誰かの腹を満たすために使いたいんです」
数日後。ガロンの嫌がらせで閑古鳥が鳴いていたはずの店の前から、信じられないような光景が広がった。
「なんだ、この匂いは……!?」
「こんな甘い香り、生まれて初めて嗅ぐぞ!」
店の外にまで漂い出したのは、赤芋の天然糖分と発酵がもたらす、官能的なまでに芳醇な香り。
ガロンが禁じた麦など使っていない。
けれど、そこにあるのは、この街の住人が一生味わうことのないはずの「高級感」を纏った、命のパンだった。
一人、また一人と、空腹に耐えかねた人々がガロンの恐怖を忘れて集まってくる。
私は、焼き上がったばかりの黄金色のパンを、かつての私のように「選ばれる」のを待つのではなく、
自らの手で差し出した。
「これ、食べてみて。安いわよ。ガロンさんのところの半分以下の値段。でも、味は保証するわ」
一口食べた男が、目を見開いて叫ぶ。
「う、美味い……! なんだこれ、魔法か!?」
笑みが溢れた。前世で男に宝石をもらった時よりも、ずっと深い充足感。
私は今、誰かの上に立つのではなく、誰かの命に、直接「価値」を与えている。
その様子を、路地の向こうからガロンが血走った目で見つめているのに気づいた。
彼は怒りに震え、自分の所有権が、管理できない「知恵」と「意志」によって
奪われていくのを目の当たりにしていた。
カイルが私の隣に立ち、そっと肩に手を置く。
「……リナ。あんたはもう、誰にも支配されないな」
私は頷いた。世界が間違っているなら、このパンの香りで塗り替えてやる。
傲慢な過去も、絶望的な現在も、すべてを飲み込んで発酵させ、最高の未来を焼き上げてみせる。
――私自身の手で。
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