したがり人魚王子は、王様の犬になりたいっ!

二月こまじ

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人魚王子、尻もちをつく。

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 ドシンという衝撃と、お尻の痛みで目が覚めた。
 
「いたぁ~」
 
 穏やかな波の音。カーテンの隙間から溢れる朝日。床に尻もちを着いている俺。隣には大きな寝台。どうやら、寝台から落ちたらしい。
 
「夢、だよな。でも……」
 
 あれは確実に魔法の夢だった。じっとりと背中に汗をかているのが気持ち悪い。
 細く息を吐いて、ゆっくりと鼻から吸った。潮の香りがここが現実だと知らせてくれる。少し落ち着いて辺りを見渡す。ここは昨夜訪れたオルクの寝室だ。だが、当の本人はもう見当たらない。とりあえず起き上がろうと、床に手を着いたところでドキリと心臓が跳ねた。
 左手に、冷たい感触。さっき夢で見た短刀だ。朝日を浴びて、まるで宝石のように煌めいていた。
 掴めばずっしりと重みがあり、まるでさっきの夢がすべて現実に起ったことなのだと主張しているかのようだ。
 短刀を呆然と見つめていると、突然ノックの音が聞こえてきた。
 
「シレーヌ様、起きていらっしゃいますか? 朝食をお持ちしました」
 
 扉の向こうから、エマが声を掛けてきた。とっさに窓際にあった青い壺の中に小刀を落として隠す。カーンと小気味よい音を立てて落ちる短刀の音を誤魔化すように、大声で返事をした。
 
「あー! あぁっ、うんっ! 起きているよぉっ。朝食ぅ⁉ 何かなぁ~⁉」
 
 エマがクスクスと笑いながら、朝食の乗った銀色の小さな馬車のようなもの押して入ってきた。
 
「シレーヌ様。おはようございます。お元気そうで安心しました。お身体の方は、大丈夫ですか?」
「身体? なんで? 熱はもう下がったよ」
「そうではなく、昨夜は……オルク様と……」
 
 エマは少し頬を赤らめて、モゴモゴと口ごもる。なぜ身体を心配するんだろう。オルクがどうかしたかな。と、思ったところで昨夜の出来事を思い出した。そうだ。オレは昨夜、オルクと……。もしかして、エマは昨日何があったか分かっているのだろうか。そういえば、やたら身体中磨かれてから送り出された気がする。
 気づいた途端、カーッと顔が熱くなった。
 
「い、いや、別に、その、なんでも……」
「そ、そうですか。余計な心配でしたね。申し訳ありません」
「いや、そんな……」
 
 ふたりともカチコチの赤い珊瑚みたいになって、いたたまれない空気になる。気まずくて、オレは誤魔化すようにエマに問いかけた。
 
「あ~と、そ、それで、オルクは? もうお仕事に行っちゃった?」
 
 何気なく聞いた言葉に、エマの顔色がサッと変わった。
 
「え、なに? オルクがどうかしたの?」
「い、いえ。陛下はもう謁見室に行かれました。さ、お茶をお入れしますね」
 
 エマは誤魔化すようにお茶を入れようとしれくれたが、明らかに顔色が優れない。慣れているはずのポットを持つ手が僅かに震えていた。
 
「エマ、オルクに何があったの?」
 
 強めの口調で再度聞き直す。エマはゆっくりと振り返り、言いづらそうに口ごもった。
 
「申し訳ありません。陛下にシレーヌ様には余計なことは言うなと言付けられているんです」
「なにそれ」
 
 そんなことオルクが言うなんて絶対変だ。よっぽどの事があったにちがいない。オレはエマを脅すように問い詰めた。
 
「オレが人魚だって忘れた? 津波が恐ろしいなら怒らせる前に言って。大丈夫。エマに害は絶対に及ばないようにするから」
 
 本当はそんな力ないし、あってもしないけど。エマがぐっと息を呑んだ。でも、どこかホッとしたように瞳が揺れる。
 
「実は……。夜明けとともに、隣国の使者だと名乗る船が、突然海岸に現れたんです」
「突然?」
「ええ。常に海岸付近には我が国の巡視艇がいるので、船が来たらもっと早くに分かるはずなんです。なのに、魔法のように突然現れたらしくて」
「魔法……」
 
 その言葉に胸がざわついた。本当に魔法が使える『人間』がいるとしたら──。
 
「ねえ、エマ。その国の名前ってなんていうの?」
「アルバガス帝国です。この辺りでは一番歴史が古く、大きな国ですわ」
 
 ──アルバガス帝国。
 その名は父上から聞いたことがあった。我が同胞を喰らい貪った悪魔の血族。人魚の血肉を食らった人間、もしくはその子孫なら、まやかしの魔法が使えてもおかしくはない。
 でも、父上は報復としてその国土を半分を海に沈めたって言ってた。だからこそ、今までは人魚が起こす津波を恐れてこっちの方まではやってこなかったみたいなのに。人間は忘れっぽいって言うから、もうその事を忘れてしまったのだろうか。
 
「それで、その使者はなんで来たの?」
「さあ、そこまでは……。でも、向こうが要求してくることなんて大体わかります。アルバカスの傘下に入れ、さもなくばってところだと思いますよ」
「さんか……」
 
 って、なんだろう。とにかく、エマの顔色から察すると、決していいことじゃないらしい。
 
「あんな大国とうちみたいな小さな国で、戦争になんかなったらひとたまりもありません。要求を飲むしかないでしょうけど……。今まで無事だったのが奇跡のようなものですのに。国民からは責められるでしょう。陛下はお辛いでしょうね」
「オルクは困ってるってこと?」
「ええ、そりゃもう。その筈ですわ」
 
 おいたわしい、と嘆くエマの肩をポンと叩く。
 
「じゃあ、とにかくその使者を追い返せばいいってことだな」
「え、えぇ」
「よしエマ。オレの事を思いっきり着飾ってくれ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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