22 / 44
アルバカス帝国 ニコラオスの告白(後編)
しおりを挟む振り返るとそこには銀髪の小柄な少年が立っていた。
いや、髪は短いが実際は少女かもしれない。吸い込まれるような青い瞳に深い影を落とす長い睫毛。睫毛も銀色ががかっているせいか、瞳そのものが光を放っているかのように煌めいて見える。花びらをはさんだかのように色づいた唇、バラ色の頬。その容姿は今まで見てきたどんな娘よりも美しかった。
(どこかの貴族の娘か?)
頭から被っているシルクのベールにはふんだんに色とりどりの宝石があしらわれている。顔の部分は見えるように開けてあるため、動くたびに肩にかけた部分がシャラシャラと小気味よい音を立てた。一際大きなブルーサファイアで作られた額飾りが強い眼差しによく似合っている。
身につけている衣装は男性用のようだが、胸元に施された刺繍部分が透け、色白の肌がかいま見えるのがなんとも扇情的だ。ほっそりとした首にシンプルな金の首飾りが映えて美しい。その髪の短さと不遜な口調以外は、男にはとても見えない。というよりも、人間離れしてさえいた。
魔の者とも言われても違和感がない、誰もが魅了されるに違いない整った顔立ちに美しく風変わりな髪と目の色。半円状の窓から入る朝の日差しを背にして、銀色の髪が淡く光る。まるで早朝の海のような色だ。そう思えば、耳元を彩る大きな真珠の耳飾りは、海に浮かぶ泡のように見えた。
(海……まさかな)
「どうした。どんな魔法を使ったのだ。オレに教えてくれ」
馬鹿にしたような瞳で、尊大に言い放つ少女(少年?)はまるで我こそが王だとでもいうような態度だ。それこそ海面をそのまま写し込んだような瞳は、どこぞの貴族の娘ごときでは有り得ないほど、強い光りを放っている。
ニコラオスは一瞬気圧されそうになりながらも、咳払いして胸を張り返した。
自分だって生半可な覚悟でここにいるわけではない。支配国の使者として、あくまでこちらの立場は上であることを知らしめねばならない。
「おや、どこのお嬢様でしょう。なんとお美しい。しかし、今は大事なお話をしているのです。このような場に簡単に入って来れるなど……。一体この国の警備はどうなっているのでしょうね」
ニコラオスは動揺を隠すように、やや、当てこすって揶揄する。
「オレは確かに美しいが、男だ。この国に客として滞在している。隣国の使者が来たというので、客人同士挨拶に参ったのだ。誰か、ワインを持ってきてくれないか」
少年が細い手を伸ばすと、慌てたように金髪の青年がグラスに入ったワインを少年に手渡した。
「それ、客人受け取れ。ここのワインは美味いぞ」
少年はゆっくりとニコラオスの前まで来ると、優雅な手付きでニコラオスにグラスを差し出す。偉そうな口調と失礼な態度は鼻につくが、間近で見るとその尋常ならざる美しさに改めて息を呑んだ。魅入られるように、思わずグラスを受け取ったニコラオスに少年は優美に微笑む。
「オレからの歓迎だ。とくと味わえ」
次の瞬間、持っていたワイングラスがパンッと音を立てて割れ、グラスの中のワインが重力に逆らいニコラオスに向かって刃のように噴き出し頬をかすめた。
「なっ!」
衝撃に驚き手を頬にやると、遅れて鋭い痛みが走り思わず呻く。見ると指先には赤い血がベットリとついていた。今起こったことが理解出来ず呆然としていると、少年が花が綻んだような笑顔でクスクスと笑っている。
「貴公はワインを頬で味わう趣味があるのだな。美味しそうな赤ワインが頬から次々と溢れてしまっているぞ」
愉快そうに笑う少年の姿を見て、今の現象がこの少年によるものなのだとやっと気づいた。
先程頭をかすめた疑惑がむくむくと頭に広がる。
(まさか、そんな──)
「どうした。お前以外にも魔法を使えるものがいて驚いたか。確かに陸にはお前ら卑しき一族以外は使えるものはいないだろうな。我らの血肉を喰らっただけの、些末なお前らごときの魔法、子供騙しのようなものだが」
少年は微動だに動くこともできないニコラオスを、鼻であざ笑う。
魔物のように美しい容姿。風変わりな色味の髪と目。常識では考えられないほど大きな真珠の耳飾り。そして、その真珠を飾っている耳は、よく見れば先端が少し尖って透けていた。
「人……魚……」
ニコラスは呻くように呟いた。
「なんだ。分かっているじゃないか。知っていて、よくこの地に足を踏み入れたな」
「本当に、いたのか……」
ガクンと膝をついたニコラオスに、少年は不遜に腕を組んで見下ろした。
「オレ達は伝説の生き物とでも言われていたのか?」
「祖父から聞いてはいたが……。まさか、そんな。嘘だ……」
「ふん。年寄りの言うことは聞くものだぞ。協定も忘れてこの国に攻め入ろうとは。人間とは本当に懲りない生き物だな」
喘ぐことしか出来ないニコラオスに、少年は呆れたように尋ねた。
「オレたちの血肉を喰らったとき、お前の一族を半分に減らした。そして、その力を人前で使えば今度は完全に滅ぼすというトリトン王との約束も祖父に聞かなかったのか」
「そんな、そんな事は……」
「我々もなめられたものだな。手始めにお前から殺してやろう」
少年はゆっくりと手を挙げる。あまりの迫力にニコラオスは我を忘れて命乞いをした。
「ひぃッ! 命だけはッ、命だけはお助けをッ」
土下座して手を合わせニコラオスに、少年は心底軽蔑したように鼻を鳴らした。
「醜いな。まあ、約束自体忘れていたのなら仕方ない。いま一度、温情をやってもいいが、条件がある」
「じょう、けん……?」
海の底のような瞳がニコラスを射るように見下ろす。
「もう二度とアルバカス帝国がリューン王国を侵略出来ないよう、友好条約を結べ」
「は……? しかし、そんな権限はとても私には……」
「一度で理解出来ない耳なら、必要ないな。その耳、切り落とそうか」
「ヒィッ、しますっ! しますっ!!」
冷や汗をかきながら土下座して許しを請うニコラオスに、少年は見惚れるほど美しく微笑んだ。
「分かれば、いい。別にお前にとっても悪い話じゃない。条約を無事に結べた際には、オレの髪を一房やろう」
「か、髪?」
ニコラオスの問いかけに頷くと、少年はもう一度金髪の青年を呼び寄せ何事か耳打ちする。青年はすぐにどこかへ行き、青い小さな箱を持って帰ってきた。少年はその箱から長い銀の糸のようなものを取りだし、ニコラオスに手渡す。
「オレの髪だ。煎じて飲めば、お前が患っている肝の病を治すには十分だと思うぞ」
驚いて少年を凝視した。確かに、これ以上肝の病が進めば命に関わると、お抱えの医師からは何度も言われている。
「酷く臭うので、それくらい分かる。どうせオレの話も半信半疑だろう。試しに後でそれを煎じてみろ。無事友好条約を結べたあかつきには、この箱ごとお前にくれてやる。いいか、アルバカスの皇帝にやるわけではない。お前一人にやろうと言っているのだ。これがどれだけお前の利益になるか、よく考えてそれに見合う働きをしろ」
ニコラスは跪きながら深く頷くことしか出来なかった。
10
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される
Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。
中1の雨の日熱を出した。
義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。
それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。
晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。
連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。
目覚めたら豪華な部屋!?
異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。
⚠️最初から義父に犯されます。
嫌な方はお戻りくださいませ。
久しぶりに書きました。
続きはぼちぼち書いていきます。
不定期更新で、すみません。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)
藤吉めぐみ
BL
匠が勤める建築デザイン事務所には、洗練された見た目と完璧な仕事で社員誰もが憧れる一流デザイナーの克彦がいる。しかしとにかく仕事に厳しい姿に、陰で『鬼上司』と呼ばれていた。
そんな克彦が家に帰ると甘く変わることを知っているのは、同棲している恋人の匠だけだった。
けれどこの関係の始まりはお互いに惹かれ合って始めたものではない。
始めは甘やかされることが嬉しかったが、次第に自分の気持ちも克彦の気持ちも分からなくなり、この関係に不安を感じるようになる匠だが――
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる
水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」
人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。
ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。
「俺が、貴方の剣となり盾となる」
国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。
シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる