したがり人魚王子は、王様の犬になりたいっ!

二月こまじ

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アルバカス帝国 ニコラオスの告白(後編)

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 振り返るとそこには銀髪の小柄な少年が立っていた。
 いや、髪は短いが実際は少女かもしれない。吸い込まれるような青い瞳に深い影を落とす長い睫毛。睫毛も銀色ががかっているせいか、瞳そのものが光を放っているかのように煌めいて見える。花びらをはさんだかのように色づいた唇、バラ色の頬。その容姿は今まで見てきたどんな娘よりも美しかった。

(どこかの貴族の娘か?)

 頭から被っているシルクのベールにはふんだんに色とりどりの宝石があしらわれている。顔の部分は見えるように開けてあるため、動くたびに肩にかけた部分がシャラシャラと小気味よい音を立てた。一際大きなブルーサファイアで作られた額飾りが強い眼差しによく似合っている。
 身につけている衣装は男性用のようだが、胸元に施された刺繍部分が透け、色白の肌がかいま見えるのがなんとも扇情的だ。ほっそりとした首にシンプルな金の首飾りが映えて美しい。その髪の短さと不遜な口調以外は、男にはとても見えない。というよりも、人間離れしてさえいた。
 魔の者とも言われても違和感がない、誰もが魅了されるに違いない整った顔立ちに美しく風変わりな髪と目の色。半円状の窓から入る朝の日差しを背にして、銀色の髪が淡く光る。まるで早朝の海のような色だ。そう思えば、耳元を彩る大きな真珠の耳飾りは、海に浮かぶ泡のように見えた。

 (海……まさかな)
 
「どうした。どんな魔法を使ったのだ。オレに教えてくれ」

 馬鹿にしたような瞳で、尊大に言い放つ少女(少年?)はまるで我こそが王だとでもいうような態度だ。それこそ海面をそのまま写し込んだような瞳は、どこぞの貴族の娘ごときでは有り得ないほど、強い光りを放っている。
 ニコラオスは一瞬気圧されそうになりながらも、咳払いして胸を張り返した。
 自分だって生半可な覚悟でここにいるわけではない。支配国の使者として、あくまでこちらの立場は上であることを知らしめねばならない。

「おや、どこのお嬢様でしょう。なんとお美しい。しかし、今は大事なお話をしているのです。このような場に簡単に入って来れるなど……。一体この国の警備はどうなっているのでしょうね」

 ニコラオスは動揺を隠すように、やや、当てこすって揶揄する。

「オレは確かに美しいが、男だ。この国に客として滞在している。隣国の使者が来たというので、客人同士挨拶に参ったのだ。誰か、ワインを持ってきてくれないか」

 少年が細い手を伸ばすと、慌てたように金髪の青年がグラスに入ったワインを少年に手渡した。

「それ、客人受け取れ。ここのワインは美味いぞ」

 少年はゆっくりとニコラオスの前まで来ると、優雅な手付きでニコラオスにグラスを差し出す。偉そうな口調と失礼な態度は鼻につくが、間近で見るとその尋常ならざる美しさに改めて息を呑んだ。魅入られるように、思わずグラスを受け取ったニコラオスに少年は優美に微笑む。

「オレからの歓迎だ。とくと味わえ」

 次の瞬間、持っていたワイングラスがパンッと音を立てて割れ、グラスの中のワインが重力に逆らいニコラオスに向かって刃のように噴き出し頬をかすめた。

「なっ!」

 衝撃に驚き手を頬にやると、遅れて鋭い痛みが走り思わず呻く。見ると指先には赤い血がベットリとついていた。今起こったことが理解出来ず呆然としていると、少年が花が綻んだような笑顔でクスクスと笑っている。

「貴公はワインを頬で味わう趣味があるのだな。美味しそうな赤ワインが頬から次々と溢れてしまっているぞ」

 愉快そうに笑う少年の姿を見て、今の現象がこの少年によるものなのだとやっと気づいた。
 先程頭をかすめた疑惑がむくむくと頭に広がる。

(まさか、そんな──)

「どうした。お前以外にも魔法を使えるものがいて驚いたか。確かに陸にはお前ら卑しき一族以外は使えるものはいないだろうな。我らの血肉を喰らっただけの、些末なお前らごときの魔法、子供騙しのようなものだが」

 少年は微動だに動くこともできないニコラオスを、鼻であざ笑う。
 魔物のように美しい容姿。風変わりな色味の髪と目。常識では考えられないほど大きな真珠の耳飾り。そして、その真珠を飾っている耳は、よく見れば先端が少し尖って透けていた。
 
「人……魚……」

 ニコラスは呻くように呟いた。

「なんだ。分かっているじゃないか。知っていて、よくこの地に足を踏み入れたな」
「本当に、いたのか……」

 ガクンと膝をついたニコラオスに、少年は不遜に腕を組んで見下ろした。

「オレ達は伝説の生き物とでも言われていたのか?」
「祖父から聞いてはいたが……。まさか、そんな。嘘だ……」
「ふん。年寄りの言うことは聞くものだぞ。協定も忘れてこの国に攻め入ろうとは。人間とは本当に懲りない生き物だな」

 喘ぐことしか出来ないニコラオスに、少年は呆れたように尋ねた。

「オレたちの血肉を喰らったとき、お前の一族を半分に減らした。そして、その力を人前で使えば今度は完全に滅ぼすというトリトン王との約束も祖父に聞かなかったのか」
「そんな、そんな事は……」
「我々もなめられたものだな。手始めにお前から殺してやろう」

 少年はゆっくりと手を挙げる。あまりの迫力にニコラオスは我を忘れて命乞いをした。

「ひぃッ! 命だけはッ、命だけはお助けをッ」

 土下座して手を合わせニコラオスに、少年は心底軽蔑したように鼻を鳴らした。

「醜いな。まあ、約束自体忘れていたのなら仕方ない。いま一度、温情をやってもいいが、条件がある」
「じょう、けん……?」

 海の底のような瞳がニコラスを射るように見下ろす。

「もう二度とアルバカス帝国がリューン王国を侵略出来ないよう、友好条約を結べ」
「は……? しかし、そんな権限はとても私には……」
「一度で理解出来ない耳なら、必要ないな。その耳、切り落とそうか」
「ヒィッ、しますっ! しますっ!!」

 冷や汗をかきながら土下座して許しを請うニコラオスに、少年は見惚れるほど美しく微笑んだ。

「分かれば、いい。別にお前にとっても悪い話じゃない。条約を無事に結べた際には、オレの髪を一房やろう」
「か、髪?」

 ニコラオスの問いかけに頷くと、少年はもう一度金髪の青年を呼び寄せ何事か耳打ちする。青年はすぐにどこかへ行き、青い小さな箱を持って帰ってきた。少年はその箱から長い銀の糸のようなものを取りだし、ニコラオスに手渡す。

「オレの髪だ。煎じて飲めば、お前が患っている肝の病を治すには十分だと思うぞ」

 驚いて少年を凝視した。確かに、これ以上肝の病が進めば命に関わると、お抱えの医師からは何度も言われている。

「酷く臭うので、それくらい分かる。どうせオレの話も半信半疑だろう。試しに後でそれを煎じてみろ。無事友好条約を結べたあかつきには、この箱ごとお前にくれてやる。いいか、アルバカスの皇帝にやるわけではない。お前一人にやろうと言っているのだ。これがどれだけお前の利益になるか、よく考えてそれに見合う働きをしろ」
 
 ニコラスは跪きながら深く頷くことしか出来なかった。
 
 
 
 
 
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