したがり人魚王子は、王様の犬になりたいっ!

二月こまじ

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人魚王子、思い出す。

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 ある日、男が突然じれたように話しかけてきた。オレの身体は、もはや海藻に隠れきれないくらい大きくなっている。

「そろそろ、話すくらいしたらどうだい」

 話す? 
 オレはただの泡なのに。何を言っているだろう。

「トリトンちゃんが、君に早く会いたがってるんだ。頑張ってくれよ」

 何を頑張れと言うんだろうか。この男はいつも意味の分からないことを言う。

「う~ん、難しいかあ。あ、そうだ」

 男は一瞬姿を消し、すぐに戻ってきた。

「そら、君の大事な物だ。よく見てご覧」

 そう言われると、胸がざわついた。大事なものとは、なんだろう。分からないけれど、とても大切なことな気がする。
 見たい。
 そう思うと、世界の輪郭がはっきりとしてた。 
 澄んだ水の中、蛸足の茶髪の男がこちらを見て微笑んでいる。きっと、彼がいつも話しかけてきた男だ。こういう顔をしていたんだ、と思ったのと同時に、懐かしいとも思った。男の手には、金色のまあるい輪っかが握られている。
 光を反射して、キラキラと輝くそれを、オレはもっと近くでみたいと思った。

「手がなきゃ掴めないね」

 掴みたい。
 そう思うと、自分の手がどこにあるか分かった。手を伸ばし、男の手から金色の輪っかを受け取る。

「首飾りだ。首がなきゃね」

 そう、これは首飾りだ。自分の首にぴったりと合う。オレが彼のモノだという証。彼がこれを付けたオレの頭を撫でてくれたんだ。
 オレは、それがとても嬉しくて。大好きだなって、思って。

「オルク……」

 気付けば、口に出していた。
 なんで、忘れていられたんだろう。声に出すだけで、愛おしい気持ちで胸が震えた。
 魔法使いは満足そうにオレを見て下半身を指差す。

「後は、そこだけだね」

 そう言われたが、オレは困って頭を掻いた。

「どうしたんだい。早く彼に会いたいんじゃないの?」

 魔法使いが首を傾げて聞いてきた。そんな事言われても、オレだってどうしたらいいかわからない。

「オレは人魚だけど……。オルクと一緒にいたい。人間になりたい。だから、どうすればいいのか分からない」
「あぁ、なるほどね」

 魔法使いは頷いた後、何故か気まずそうにしながら言った。

「怒らないで聞いてほしいんだけど、君はさぁ、元々人間にも人魚にもなれるんだよ」
「はぁ?」

 思わず低い声を出したオレに、魔法使いは怒らないでって言ったじゃないかと、焦ったように付け足した。

「だって、君は僕とトリトンちゃんの子供だよ。僕は蛸足になったとは言え、元は人間だもの。人魚と人間のハーフだからどっちにもなれる素養はあったわけ」
「じゃあ、魔法使いに貰った、人間になる魔法薬は?」
「本物だよ。まあでも、きっかけに過ぎないかな。あれが無くても君は人間になれたろうし、人魚に戻ることも出来たと思う」
「じゃあ、なんで……」
「トリトンちゃんって君の事大好きだからさぁ、人間に渡したくなかったんだろうね。分かりづらい人だから。そんな所も可愛いいんだけど。だから、シレーヌ君、そんな怖い顔しないで」

 分かりづらいで済まされる問題じゃないだろ。俺は怒りでどうにかなりそうだった。

「トリトンちゃんはさ、本当は僕のこと大好きなんだよ」

 魔法使いがいきなり語り出した。突然の話題に眉を顰める。

「でも、人魚の王様だから、人間になるわけにはいかないでしょ? 恋をしすぎると人魚じゃいられなくなるって信じてるし。これ以上僕のことを好きにならないように、好きって気持ちを卵に託して君を産んだんだよね。だから、そんな君が人間に恋するのなんて必然だよねぇ」

 うんうん、と頷く魔法使いにオレは何も言えなくなってしまった。父上も父上なりに、色々悩んでいたのかもしれない。普段は魔法使いにあまり会わないのも、これ以上好きにならないようにするためなのかと思うと少し不憫な気がした。オレが父上と魔法使いの子供なのは昔から知っていたけど、そこに愛情があるなんて思ってもいなかった。
 オレの姉さん達は全員母親が違うし、人魚とはそういうものなんだと思っていたけど──。

「いやあ。だから君が僕の事をだいぶ好きだったのは、そういう影響もあったんじゃないかなぁ」
「今は別に好きじゃないけど」
「あ、そう?」

 それはそれでちょっと寂しい、と泣き真似をする魔法使いに少しだけ胸がすいた。もうオレは広い海の中の小さな彼の庭で、ウロウロしているだけの子供じゃないんだ。

「魔法使いも、もっとしたいようにすればいいんだ。父上に会いたいなら、もっと会えばいい」

 強い口調で言い切るオレを、呆けたように魔法使いが見た。

「オレは、したいようにするよっ!」

 そのためには、まずは尾びれが必要だ。誰よりも早く泳げる虹色の尾びれが。

「父上に新しいお世継ぎを作ってくださいって伝えて。それで、もう色んな事をチャラにしてあげるよって」
「……たまには帰っておいで。トリトンちゃんも、僕も寂しいからさ」

 オレは答えず魔法使いの頬にキスをすると、尾でひらりと回転して上へ上へと浮上した。
 美しく優しい海の世界は好きだった。でも、もっと好きなものに出会ってしまったから。

(口笛が聞こえる)

 白く差し込んだ太陽の光と一緒に、温かなものがキラキラと輝き上から降り注いだ。そっと触れて手の中に収めると、どうしようもない愛しさがこみ上げる。
 オレは尾びれが千切れるんじゃないかと思うほど水を掻いて光り輝く水面へと目指した。
 だって、約束したんだ。口笛を吹いたら、すぐに駆けつけるって。

「がはっ」
「シレーヌ⁉︎」

 海面に顔が出た途端、気がはやりすぎて人間になってしまった。当然溺れそうになった所を力強い腕が引っ張り上げられる。

「お前はまた、人魚のくせに何度も溺れてっ


 船の上で背中をさすられながら、呆れたように言われた。

「だって、早くオルクにぎゅってしたくてっ」

 息を整えながら振り返る。ブラウンの瞳が潤んで黄金色に光って見えた。

「シレーヌ……」

 オルクは唇を震わせてオレを見た。

「本当にシレーヌなんだな」
「うん」

 泣いているような顔で、オルクがくしゃりと笑った。きっと、オレも同じ顔をしている。

「会いたかった」

 
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