したがり人魚王子は、王様の犬になりたいっ!

二月こまじ

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番外編

王は卵に刮目する(前編)

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「実家に帰りたいんだ」

 シレーヌがそう言った途端、後ろに控えていたヒースは派手に書簡を落とし、休憩用のお茶を持ってきたエマはガシャンと大きな音をたてて躓いた。

「わっ、大丈夫?」

 シレーヌが二人を案じて近寄ろうとしたところで、ヒースが悲痛な声で訴えた。

「シ、シレーヌ様。確かに近ごろの夜の営みは流石に常軌を逸していると思いますが、それも陛下がシレーヌ様を好き過ぎるが故。今後は善処するよう私から陛下に厳しく申し上げますので。どうか! どうかお考え直しくださいっ」
「……常軌と、いうほどではないだろう」

 心当たりがあり過ぎるので歯切れの悪い反論になってしまった。確かに身体の小さなシレーヌ相手に毎日励むのは些か可哀想かと思う。だが、今夜は我慢しようと思っていても、隣でシレーヌが横たわりながらこちらに笑顔を向けて来た途端、頭が真っ白になり気付けば覆い被さってしまっているのだ。
 比較的淡白な方だと思っていたので、自分の中の底知れぬ欲望に驚いている。シレーヌを前にすると、どうにも自分を抑えられないのだ。
 シレーヌはポカンとした顔でヒースを見上げたが、直ぐに顔を真っ赤にして首を振った。

「ち、違うんだ。オルクに不満があるとかじゃなくてね。実家でオレの弟が産まれたっていうから、お祝いがてら行っておきたいと思って」
「そうでしたか。それはおめでとうございます」

 ヒースはホッとした様子でお辞儀をしてから書簡をさっと拾った。
 先ほどの酷い言い掛かりを訂正しろ、という意味を込めてヒースを睨め付けたが、当の本人は素知らぬ顔でシレーヌに「楽しみですね」などと話しかけている。

「しかし、子供が産まれたというのはどうやって分かったのだ? まさか、またあの魔法使いが」

 思わず眉を顰めながら尋ねた。正直言ってあの得体の知れない魔法使いは苦手だ。シレーヌの父親だというからあまり無碍には出来ないが。
 シレーヌはこの問いにも笑いながら首を振った。

「違うよ。朝、ギィが瓶に入った手紙を口に咥えてたんだ。ギィはいま、魔法使いの使い魔みたいなものだから」

 それを聞いて更にゲンナリしてしまった。くだんの犬は変わらず俺のことを敵視してくる。
 年中俺の足に齧り付いてくるのだが、あいつの恐ろしいところは、それをシレーヌが見えない絶妙なタイミングで行うことだ。

「なるほど。では、急いで行くといい」
「え」

 平静を装ってそういうと、シレーヌは少し意外そうな顔をした。

「赤子というのはすぐ育つものだ。今日は特に予定がないし、お前がいいなら今から行ってきてはどうだ」
「いいの!?」

 語尾に喜びが滲み出た。そのことを内心複雑に思いながらも、なるべく優しく言い添えた。

「いいに決まっている。俺は行けぬから帰ってきたら、お前の弟の話を聞かせてくれ」
「うん! わかった!」

 シレーヌは子犬のような笑顔でそう答えると、羽根のような足取りでその場を去った。




「よろしかったのですか?」

 シレーヌが去った後、後ろに控えていたヒースが問いかけてきた。

「よろしいもなにも、止める理由もない。あれも息抜きが必要だろう」
「今日はフーパー公爵がいらっしゃる日。お世継ぎの話をシレーヌ様にお聞かせしたくなかったからでは」

 ヒースにいきなり核心をつかれ唸る。フーパー公爵は俺の叔父上であり、従兄弟姫ターニャの父でもある。
 両親が死んだ時、俺は世継ぎは作れないから王位継承権はターニャに譲ると宣言した。それに大反対した筆頭がターニャの父でもあるフーパー公爵だ。
 いまにも沈没しそうな泥舟の舵を愛しい我が子にとらせたくなかったのだろう。この国の危うい情勢を把握していれば、至極理解出来る感情だ。
 公爵自身は人がよく温厚な人物で、釣りが趣味なところも気が合う。昔から親切な叔父という印象は変わらない。
 ただ自分の娘に王位を継がせるという件についてだけは別で、頻繁に城にやってきては、娘に王位を継がせるのはやめてくれと懇願に来る。
 今日はシレーヌと番になってからは初めての訪問なので、恐らく子が産めるかどうか、親戚に赤子はいないか、しつこく聞かれることになるだろう。

「万が一でもシレーヌが卵を産める可能性があると分かれば、公爵は黙っていないだろうな」

 ため息をつきながらそう言うと、ヒースが悪戯っぽく笑う。

「おや、卵を産んでもらわないのですか?」
「──言えるわけないだろう」

 ただでさえシレーヌは人魚ということで注目されている。
 城のものはみんなシレーヌの人柄を知り好意的だが、外に出ればまだ人魚が津波を起こすと盲信し、懐疑的な人間も多い。
 シレーヌが他国を追い返した偉業を考えれば祀られてもいいくらいなのだが、こればかりは頭では理解できても心が追いつかなければ仕方ない。ゆっくりと人々の心が受け入れるのを待つしか解決作はないだろう。
 シレーヌは気にしないと言うが、街に出かけて人間と触れ合うのが好きな彼には、どうしたってそう言った陰口が聞こえてくるはずだ。
 自分で思っているよりも情に厚いところがある彼が、それを全く気にしないでいられるとは思えない。

「ただでさえ、あれには負担を掛けているんだ。余計な心配事をこれ以上増やしたくない」
「シレーヌ様の目下の心配事は、お尻の穴が破けてしまわないかということらしいですよ。エマがそう相談されたと倒れそうな顔で言っていました。まずはそこを改善されては?」
「なっ」
 
 突然思わぬ方面からの攻撃に崩れ落ちそうになるのを必死に耐える。シレーヌがそんな心配をしていたとは。可哀想で可愛くてしかない。難しいが、少しは控えようと心に誓った。なるべく。ほんの少しだけ。

「んんっ、分かった。心に留めておこう」

 咳払いしながらそう答えると、ヒースが呆れた顔をしている。なんだと顎で促すと、ため息をつきながら言った。

「私から言わせて頂ければ、お二人とも変なところで遠慮なさって、噛み合っていないように思いますよ。閨を共にするのも大事ですが、その前にお二人でお話し合いもきちんとなさった方がよいのでは」
「なんだそれは。どういう事だ?」
「いえいえ、老婆心のアドバイスです」

 いうほど歳は取っているようには見えない美貌で薄ら笑うヒースを睨めつけている。  
 が、痛いところを突かれた自覚もあった。シレーヌを前にすると、十代に戻ったかのようにろくに話もしないうちにシレーヌの意識がなくなるまで求めてしまう。そして次の日は疲れ切って眠り続けるシレーヌの頬に口づけして先に出る、という生活をしているせいで、シレーヌとゆっくり話をする時間が取れないでいた。
 付き合いが長い分遠慮もないが、ヒースの助言はいつも的を射ている。悔しいが、言うとおりだ。反省し、シレーヌが帰ってきたらゆっくり話をしようと心に誓ったところで、公爵到着の知らせがきた。

 公爵はやはりシレーヌのことを根掘り葉掘り聞きたがった。この場にシレーヌがいなくて良かったとホッとしながら、思っていたほど成果が得られず不服そうな公爵が領地に帰るのを城門まで赴いて見送った。
 すると、小型犬のギィが何処からかやって来て、吠えながらオレの足に噛みつきグイグイと引っ張り出した。

「痛っ! ギィ、噛むなと何度言えばっ! なんだ? なにかシレーヌにあったのか?」

 いつもは一瞬噛めば満足したように何処かに消えていくギィだったが、なにかを訴えるように吠え続けている。異変を感じギィが引っ張る方向に走り出すと、ギィは先導するように海岸へと走っていった。

「シレーヌ!」

 ギィの行く方向に駆けてみれば、そこは以前シレーヌと二人で話した岩場の多い海岸だった。
 少し海に入った浅瀬でシレーヌがうつ伏せで横たわっている。また溺れているのかと一瞬青ざめたが、俺が声を掛けると顔を上げ、元気にこちらに手を振っているのでどうやら違うらしい。

「オルク! こっちこっち。ちょっとこっちまで来られる⁉」

 必死で気づかなかったが、一緒に付いてきていたヒースは「後ろで控えておきます」と言って不満そうなギィを抱っこして岩場に戻っていった。
 俺はシレーヌのもとに向かうため靴を脱ぎ、裾を捲って海水の中を進む。水はまだ入るには少し冷たかったが歩けないほどではなかった。

「シレーヌ、どうし……た……」

 近づいて声を掛けようとしたが、驚きで声を失う。目の前にはシレーヌがうつ伏せで手を地面につき横たわっていた。だが、その腰から下は虹色の尾ひれになっている。

「人……魚……」

 
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