したがり人魚王子は、王様の犬になりたいっ!

二月こまじ

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番外編

王は卵に刮目する(後編)

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 つい呟いた言葉に、シレーヌが少し顔を赤らめて小首を傾げた。

「そう言えば、見せたのは初めてだよね。その、気持ち悪くない、かな?」
「そんなわけない」

 間髪入れずに否定した。気持ち悪いなんて、微塵も思わなかった。それどころか。

「美しい……」

 水面の光を浴び、虹色の尾ひれが星の瞬きのように煌めいている。明らかに俺の人生で見た中で一番美しいものだった。呆けように見惚れていると、シレーヌが尾ひれでパシャンと水を掻いた。

「なんか、照れくさいな。あんまり見ないで」

 そう言って俯くシレーヌは、髪から水が滴り頬も唇も濡れて、普段よりさらに艶めいて見えた。圧倒的な神秘性と美に思わず跪きそうになる。

「すまん。あまりにも美しくて見惚れてしまった。実家はどうだった?」

 話を向ければ、シレーヌは嬉しそうに顔を輝かせた。

「うんっ! 赤ちゃん可愛かったよっ。それがさ、なんと三つ子なんだ。魔法使いのことを好きな気持ちが溢れて卵に詰め込んだら三つ子になっちゃったんだって。もう諦めて、魔法使いと結婚すればいいのにね」

 人魚でも恋愛出来ると思うけどなぁ、と面白そうに言うシレーヌは、とりあえず海の中を堪能してきたようだ。ホッとしたが、あまりにも楽しそうに語る様子に不安にもなった。地上に戻っても人魚の姿ということは、もしやこのまま海で暮らしたいということではないだろうか。流石に毎晩無理をさせすぎたせいで、もしや地上にいることに疲れてしまったのではないか。

「それでね、その……」

 もじもじと何かを言いづらそうにしている様子に目の前が真っ暗になった。次の言葉を聞く前に、俺は藁をも縋る気持ちで訴えた。

「卵産んじゃったんだっ」
「すまんっ、もう閨で無理はさせないからここにいてくれっ……え?」

 真っ赤になったシレーヌから予想もしなかった台詞が聞こえてきた。幻聴でなければ、いま卵と言ったか。

「た、卵?」

 聞き間違えではないかと問い返すと、シレーヌはそっと海水に浸っていた小さな金色の箱を取り出した。慎重に開けたそこには、仄かに虹色浴びた鶏の卵のようなものが水に浸って鎮座している。

「卵……だな」
 
 どう見ても卵にしか見えず阿呆のように繰り返す俺に呆れるでもなく、シレーヌが必死に説明してくれた。

「あ、あのね。人魚の国に帰って、三つ子ちゃん達見てたら、可愛いなぁって思って。いいなぁって。オレもオルクとの赤ちゃん欲しくなっちゃったなぁって。あぁ、オルクに早く会いたいなぁ。オルク好きだなぁって思ってたら、急にお腹が苦しくなって。慌てて魔法使いに診てもらったらそこでポロンって産んじゃったんだよね。その、オルクは赤ちゃんの話しないし。卵から産むのってもしかして抵抗あるかなぁって思ってたんだけど。なんの承諾もなく産んじゃって。本当、ごめんね。その、でもオレ……」
 
 水に濡れることなど気にせず、海の中で跪きシレーヌを固く抱きしめた。

「謝るのは俺の方だ。むしろ俺がお前に卵を産んでくれと土下座しなくてはいけなかったのに。お前の負担になるのではないかと変な遠慮をしてしまった。もちろん嬉しいに決まっている。お前が産んでくれた卵、一緒に育てよう」
「オルク……ありがとう」

 ホッとした様子のシレーヌに、俺の言葉が足りなかったせいで不安にさせていたのだと反省した。これからは性交ばかりでなく、もっと会話をしよう。そして卵をいい子に育てよう。

「あ、でも。オルク。この卵はまだ受精してないから育たないんだ」
「ん?」
「オルクが精子をこの卵にかけて、初めて赤ちゃんになるんだ」
「なんだって?」

 シレーヌが卵の入った箱を高く持ち上げ、無邪気に言った。

「ここに、オルクの精子をかけて欲しいんだ。魔法使いが地上でも持つように魔法がかかった箱に入れてくれたけど卵は鮮度が命だから。受精したらすぐに魔法使いの家の海藻に預けて育てて貰わなきゃ」
「ここに、俺の…‥?」
「うんっ。時間がないから今お願い」

 真っ直ぐな瞳でお願いされたが、とてもじゃないがそういう状況ではない。躊躇っていると、シレーヌが「あっ」と何かに気がついたようだった。

「もしかして、オレが手伝ってあげたほうがいいんだよね。でも卵を産むところにオルクのは入らないし、手は人魚になると水掻きがちょっとあるからオルクのを傷つけちゃうかもだし。あ、前にオルクがしてくれたみたいに口でするのはどうかな」

 シレーヌがとんでもない事を言いだしてひっくり返りそうになった。流石に人魚姿のシレーヌにそんなことはさせられない。というか、初めての口で、をこんな状況で奪いたくないというのが本音だ。

「いや、待て。大丈夫だ。自分でする」

 俺は覚悟を決めた。

「本当⁉ ありがとう、オルク。大好き」

 結論を言えば、自分でも驚くほどすんなり目的を達成できた。
 目の前にこの世の美を全て集結させたような人魚が、赤い顔でそこを凝視してきたら誰だってこうなると思いたい。
 シレーヌは仄かに頬を染めたまま、俺の精子入り卵箱を大切そうに閉じた。

「じゃあ、ちょっと卵を預けに行ってくるね。夕飯までには帰るから」

 とてもこれから海の底に行く者の台詞ではないが、あの素晴らしく美しい尾びれならそれが可能なのだろう。

「素朴な疑問なのだが、子供は人魚として産まれてくるのか」
「うん。海の底で産まれるからね。でも、その後は人間と人魚のハーフだから自分でどっちか選べると思うよ」

 オレみたいにね、と笑うシレーヌに、じわじわと喜びが増して思わず箱を持ったシレーヌごと上から覆いかぶさるように抱きしめてしまった。

「シレーヌ、好きだ」
「……うん、オレも」

 ちゅっと軽く唇を啄む。帰ってから抱きたい、と言いたかったがヒースに言われたことを思い出しぐっと堪える。すると、シレーヌがお返しとばかりに口付けてきて言った。

「あのね、オレ。閨、無理してないよ。オルクと今日も、したい」

 へへっと笑いながらそう言うと、照れ隠しのように尾びれを掻いて海の中へと消えていった。先程、俺がシレーヌに謝った内容をシレーヌはちゃんと聞こえていたのだ。
 俺は今すぐシレーヌを抱き潰せないことに苦悶しながら、愛しい人魚の王子と卵に向かって口笛を吹いた。

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