したがり人魚王子は、王様の犬になりたいっ!

二月こまじ

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番外編

嘘つきな魔法使いは、真実を愛したい(1)

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 朝日が水平線から顔を出す瞬間が好きだ。
 静かな海の水面はまるで金色の絹のように光り、眠っていた世界を目覚めさせる。
 今朝もひそかに城を抜け出し、海辺でその瞬間を待っていた。

 だが、その日はいつもと様子が違った。
 驚きと共にずっと予感めいたものがあった。この日をどこかで、ずっと待っていた。

 糸を紡ぐように、金色の波がやさしく岸辺に押し寄せる。
 波とともに太陽が打ち上がったのかと思った。それほど、彼はまばゆい光を放ち輝いていた。
 地面につくほど豊かな黄金の長い髪を邪魔そうにかきあげ、彼がこちらを向いた。煌めく黄金の瞳が僕を真っ直ぐに捉える。
 その瞬間、僕は見事に心臓を撃ち抜かれた。
 この日のために、自分は生まれてきたのだと確信さえした。

──彼だ。

 信じられないほどの幸福感が押し寄せ、震えるほど高揚する。
 彼は僕を見てその整った眉を少し顰めると、真珠のような指で小瓶のようなものから黒い粒をを取り出して、自分の口に放り込んだ。まるで楽器の弦を奏でるかのような優雅な仕草にボーっと魅入っていると、まさに夢のようなことが起こった。
 僕はなんと間抜けなことにその時まで気付いていなかったのだが、彼の下半身は黄金色の魚のような尾になっていた。
 そして、それは彼が黒い粒を飲んだ途端に、光が溶けるように形を変え、人間の男のそれへと姿を変えた。
 眼の前で起こった不思議な光景に呆然としていると、彼がふらふらと立ち上がってこちらを向いた。
 白状しよう。僕はこの時、彫刻も裸足で逃げ出しそうな彼の裸体に釘付けだった。

「人の子よ。私は海の王、トリトンとなった者。陸の王に挨拶に参った。案内を頼みたい」

 歌うような口調でそう言われ、ハッとした。海の底から聞こえるような、セイレーンのような。不思議な声だ。なんて魅力的な声なのだろう。
 ぽかんと口を開けて呆然とした顔を晒してしまった僕は今更と思いつつも、慌てて少しでも彼から見た僕がよく見えるように居住まいをただし、「人たらし」と友人によく言われる笑顔で答えた。

「畏まりました。もしよろしければ、貴方をお抱きして陸の王のところまでお運びすることをお許しいただけますか。出来上がったばかりの御御足では少しきつい坂を渡りますので」
「……許そう」

 立っているだけでもふらついている彼を見かねての提案だったが、我ながら大胆なことを言ったもんである。その圧倒的な美貌にひれ伏しそうになるのを堪え、震えそうになる手をなんとか抑えてそっと彼に触れた。
 彼が僕のことを見ていると分かっていたので、あえて僕は目をずっと伏せていた。こんな近距離で目なんてあったら自分でもどうなってしまうか分からない。

「失礼します」

 背中に手をまわし、物語の姫君にするように抱き上げた。肌は海からあがったばかりだからだろう、まだ冷たく、そして艶やかだった。指先の熱が彼の肌の水分を蒸発させている感覚に頭がクラクラしそうだ。

「お前、名をなんと言う」

 彼はやっと名前も知らない人間に抱かれていることに気がついたようだ。その無垢な無防備さが愛おしくて目眩がしそうになりながら、彼に向かって微笑んだ。ああ、見上げる彼の瞳のなんと澄んだことか。

「リューン・フィヨルド。どうかフィヨルドとお呼びください」

※※※

 湯浴みは嫌がられてしまったが、体を浴布で拭うことは許された。着替えだけ持ってこさせて他の者達は下がるように言って僕が拭いた。彼の素肌を誰にも見せたくなかったのだ。僕がつま先から丁寧に体を拭うのを不思議そうな顔で見下ろす彼のあどけない瞳が可愛かった。絹のように滑らかな肌を丹念に拭いた。もちろん下半身も全てだ。そこを拭いたときだけ、少しだけ漏れた彼の嘆息に興奮して昂りそうになるのを必死で抑えた。用意した着替えは亡き母の衣装だ。男性器があったので本来は男物なのだろうが、ゆったりした作りの女性物の方が彼が寛げる気がしたのだ。
 彼は眉を顰めたが特に不満は言わなかった。単純に服に慣れないだけだろう。
 もう一度彼を抱き上げ王の寝室へと向かう。まわりの者は驚いた顔をしていたが、特に何も言わなかった。正確には言えなかっただけだろうが。
 そのまま侍従に扉を開けさせ、王の寝台のすぐ傍まで連れて行った。
 
「お加減はいかがですか」

 僕に抱かれたトリトンを見て、王は寝台のうえで少し驚いた顔をした。

「そちらが侍従が言っていた海から来られた御方か。地上にいらっしゃるのは随分久しぶりだが」
「私はトリトン。王として即位したばかりだ。陸の王はお前か」
「老いぼれゆえ寝台の上で失礼します。私がリューン現国王ドロイスと申します」
「なぜ老いていると寝たままなのだ」

 きょとんとした顔でトリトンが問う。なんと言ったらいいか迷っている王に変わって僕が答えた。

「王は心臓の病で、少しでも動くと発作が起きるのです。王のご年齢からすると発作は命に関わりますので」
「なるほど。それで臭うのか。これが死臭というものなのだな」

 後ろに控えていた家臣がぎょっとした顔でトリトンを見た。
 王は気にした様子もなく、微笑した。

「私がこのような不甲斐ない様ですので、いまは第一王子が代わりに国を仕切っております。もしよろしければ、王子に陸の案内をさせましょう」
「……お願いしよう」
「では、フィヨルド。あとは頼んだぞ。くれぐれも失礼がないようにご案内しなさい」
「おまかせください、父上」

 トリトン様が少し驚いた顔でこちらを見た。可愛い。
 王の寝処から退室すると、トリトンが意外そうに言った。

「お前、王子だったのか」
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