したがり人魚王子は、王様の犬になりたいっ!

二月こまじ

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番外編

嘘つきな魔法使いは、真実を愛したい(8)

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 僕たちは夕刻までの時間、部屋の中で身を寄せ合って過ごした。トリトンちゃんは陸での三日間をほぼこの部屋で過ごしたということになる。まるで密月のようなその時間がもうすぐ終わるのだと思うと、やはり物悲しい気持ちになった。
 トリトンちゃんはオレンジ色に染まっていく空を、窓から睨むように見続けた。
 刻一刻と暗くなっていく海が、そろそろ終わりの時が近付いたことを告げている。
 トリトンちゃんがなかなか動こうとしないので、僕は立ち上がりトリトンちゃんを抱き上げた。

「あっ」

 トリトンちゃんは一瞬怯えたように身を捩らせたが、すぐに黙って大人しく僕に身を任せた。僕はゆっくりとトリトンちゃんの重みを堪能しながら歩みを進め、やがて城の前に広がる海岸へと進む。
 トリトンちゃんは黙りこんだまま、砂浜に足をつけ、やがて観念したように服を脱ぎ捨てた。
 するとまるで彼の帰りを待ちわびていたかのように、波がトリトンちゃんの足元へと優しく触れた。金糸を紡ぐようにそのままトリトンちゃんの下半身を包み込む。
 波は光を帯び、触れた場所が瞬くように金の鱗へと変化した。と思った途端、波に攫われるようにトリトンちゃんが消えた。
 どこに行ったかと目を凝らすと、一瞬で沖の方に移動していたトリトンちゃんが金の鉾を持って海に浮かんでいた。あれで、人を殺すのだとすぐに理解出来た。
 僕たちは暫くそのまま見つめ合った。
 お互い動くことも喋ることもない時間がどれくらいたったことだろう。先に、トリトンちゃんが口を開いた。

「嘘つき」

 沖にいるはずのトリトンちゃんの声は、不思議とまるですぐ隣にいるかのようによく聞こえた。

「嘘つきだ、お前は」

 もう一度トリトンちゃんが僕に向かって言った。

「……やっぱり、人間は怖い。もう、お前に関わるのはやめる。二度と、会わない」

 トリトンちゃんが鉾を持っていない手で胸を抑えた。それがどういう意味なのか分かり、僕は歓喜で胸が震える。
 彼は人魚になっても僕を殺せないと言っているんだ。その心が痛むあまり。
 正直はなから死ぬつもりなんて毛頭なかった。地獄の底まで追いかけて、彼を自分のものにしようと思っていたが、これは予想以上の結果だった。
 そう。僕は嘘つきだ。そして僕の唯一の真実がトリトンちゃんへの愛だ。
 彼の為なら、僕はどんなことでもしてみせる。

「なら、僕は人間をやめます。僕を貴方の世界に連れて行って」
「だめだ。お前といたくない。お前は陸の王として、この国の長を努めろ」
「どうせ飾り物の長です。貴方と共にいたい」
「駄目だと言っている!」
「お願いだ。大波で僕を海に攫って。死んでもいいから、貴方といたい」

 トリトンちゃんが息を飲んだ気配がした。
 と同時に、どこからかゴゴゴと低い唸り声のような音があたりに響く。
 遠くの海平線から巨大な波がこちらに向かって襲いかかってくるのが見えた。

「そんな……っ。私は、鉾をふるってないのに」

 トリトンちゃんが信じられないと言ったように悲鳴を上げた。

「嬉しい……きっとトリトンちゃんも本当は僕と一緒にいたいんだね」

 波は物凄い勢いですぐ直前まで迫った。
 巨大な壁に飲み込まれたと思った途端、トリトンちゃんが僕を抱き上げ海上へと連れ出す。

「一度津波が起これば私でもすぐには治められぬ。なんで、こんな……」
「きっとトリトンちゃんも本当は、僕と一緒にいたかったからじゃないかな」

 トリトンちゃんは青ざめた顔で僕を凝視した。

「このまま安全なところまで連れて行く。そこから城へ帰れ」
「そしたら、僕は人魚を怒らせて津波を起こした王子として、城のものから糾弾されて下手すりゃ死刑だろうね。君とずっと一緒にいたことは城のもの皆が知っているから。どうせ死ぬなら君のそばで死なせて」

 大波が城へと襲いかかる。トリトンちゃんが小さく喘いだ。その瞳を濡らすのは、飛沫にも涙にも見える。

「僕を、海の底に連れて行って」

 死刑宣告をするかのように、僕はトリトンちゃんに囁いた。

「……お前には、綺麗だと思っていて貰いたかった」

 トリトンちゃんが、絞り出すような声で言った。

「私を、あの美しい海だと……思っていて貰いたかった。こんな、恐ろしい自分を、見せたくなかった」

 僕は堪らずトリトンちゃんを抱きしめた。
 
「綺麗だ。どんな君でも、世界で一番綺麗だ。それだけは、絶対、本当だよ」

 僕らはどちらかともなく、荒波の中、深く深く口付け合った。

 そして、僕は。
 海の底へと、ゆっくりと堕ちていった──。
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