軍人さんと魔法使い

高瀬コウ

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軍人さんと魔法使いは潜入する

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 夕暮れ。
 古い家屋が立ち並ぶどこかの町。
 ダンバートはほのかに酒の香りをまとい、いっそう薄汚れた、町外れの廃墟に向かっていた。ここはホテルだったらしく、そこそこの大きさがあった。
 正面玄関の扉を開ければ突然、中にいた人物に銀の剣を突きつけられた。
「…おいおい、仲間の判断さえもできないのか?」

 相手はダンバートだと確認すると、剣を下げた。
「この数日、何をしていた。ダンバート」
「リーダーさんたら、野暮だな。そんなの決まってるじゃん。愛しい人のところに。ほら、しばらく逢瀬が出来なくなるから」
 ダンバートは微笑んで首を傾げた。
「口外していないな?その…愛しい人とやらに」
「そりゃね。――彼女、寂しがり屋で。言い聞かすの大変だったよ」
 リーダーは咎めるようにダンバートを見るが、ダンバートは気づいていないかのようにお得意の軽口を口にする。

「そんなことはどうでもいい。口外していないならいい。入れ。…うん?誰だ!」
 ダンバートが中に入ろうとすると、人影が見えた。リーダーは侵入者に怒鳴りつけた。
 その人影は怒鳴られた驚きからか、盛大に転んだ。
「きゃあっ!」
 ダンバートとリーダーが駆けつけると、その人影は女性だった。リーダーが息を呑むのがダンバートに伝わった。
 腰ほどまでにのびた癖のない美しいブロンドに、涙に濡れた鳶色の瞳。白いスカートは転んだ拍子に汚れてしまったのだろう。その頼りない様子に目を奪われる。
「シャロン!なぜここに…!ついて来たのか!?」
 ダンバートは慌てて彼女に近づき、抱き起こした。
 シャロンと呼ばれた彼女は所在無さげに視線を泳がしたが、ダンバートを見上げると泣きそうな顔を浮かべた。
「あのっ、ダンバート!ご…ごめんなさい…、あなたの様子がいつもと違ったから気になって!私…!」
「シャロン…」


 彼女を部屋に連れて行った後、ダンバートは事情をリーダーに説明しようとしたが、リーダーは必要ないと首を横に振った。
「あの、シャロンとか言ったか。お前のことしか眼中にないらしいな」
 その代わりに、リーダーはダンバートに嫌味ったらしくそう言った。 
 ダンバートの”愛しい人”であるあの彼女がとても美しかったのが、気に入らないらしい。
「ああ、すまない。彼女は基本おとなしいんだ。今回は女の勘というやつが働いたらしい…」
 ダンバートは困ったように頭をかいた。


 与えられた部屋に行けば、彼女がソファーに座っていた。ダンバートも自然に横に座る。
「シャロン?」
「……」
「シャローン?」
「……」
 彼女は横へ向いたまま頑として、ダンバートの言葉に反応しなかった。だが、ダンバートは落ち込むことなく、愉快げに口角を上げた。

 そして、彼女の履いている高いヒールに手を伸ばす。
「…怪我してるでしょ?慣れないヒールなんて履いて。――ジェーン?」

「触るな!何なんだこの歩きづらい靴は!靴としての本来の役目を果たしていない!」
 ダンバートの手が触れるよりも速く、振り向いて叫んだ。
「仕方ないよ、それは目的が違うんだから」
 こけてたね、と付け加えるあたりもジェーンの苛立ちが増える原因だ。腹が立つ。

 そう、この”シャロン”とはジェーン・シェフィールドのことだったのだ。
「…っ、そもそも!私まで潜入する必要は全くないはずだ!これで疑われたら元も子もないっ」
 本来ならばジェーンの髪は襟足ほどなのだが、ダンバートの魔術で腰に届くほど長くなっていた。
 先ほどの”シャロン”は、ジェーンが役者顔負けなほど、見事に演じていたのだ。
「いーのいーの。俺は恋人を溺愛してて、恋人も俺のことが大好き。恋は盲目ってやつ」
「…鳥肌が」
「ひどいな、そんな目で見ないでよ。ジェーンなら分かるんじゃない?俺のやりたいこと」

「――お前はクーデターに興味はなく、誘われたから乗っただけだという、恋愛馬鹿な魔法使いを演じたいのだろう?」

 この作戦を提案したのは、言うまでもなくダンバートだった。
 当然ながら当初ジェーンは断ったが、切々とここまでに至る経緯を尋ねてもいないのに延々聞かされ、ついにダンバートに根気負けしたという訳だった。
 ダンバートが”恋愛馬鹿な魔法使い”を演じたいという理由は、きちんと筋が通っているため、反発しきれなかったともいっても正しい。

「そうそう。でもさぁ、もうちょっとオブラートに包んでよ」
「お前ごときに気を遣う道理はない」
「冷たいな。という訳だから、よろしくね」
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