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第九章 戦役
二十六話 会合
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講和が始まり、戦は一時休戦となった。
やる事がなくなったので、俺たちは今草原にテーブルと椅子を用意して、アルンが行っている訓練を見学している。
場所はラングネル公国から五日ほど東に進んだところにある、先日落とした街の近くだ。
多くのエゼル軍が体を休め待機する中、メルレインが監督役として、俺らの軍だけが訓練をしているので、少し周りから浮いていた。
訓練の様子を見ながら講和に関して考えた。
この手の知識が浅い俺は、この期間でシーレッドが軍の立て直しをするのではないかと危惧していた。
「本当に待機してていいのか……?」
何となく口から漏れ出た一言に、シラールドが腕を組みながら言った。
「主、シーレッドは動ける全ての将軍を失っているのだぞ? この短期間で立て直しが出来る被害の大きさではない。講和も順調に進んでいるとブラドが言っていたのだ。我が主ならば、ここは落ち着いて構えておれば良い」
「ちょっと気になっただけだよ……。俺だって、もう戦いが覆るとは思ってないさ」
最近は専らアニアの護衛をしていた彼は、彼女の近くで戦うと、元からあった回復速度が更に増加され、首に剣が突き刺さっても動けるとこの前笑っていた。
多分アニアの魔法がなくても死ぬことはない上で試したのだろうが、それにしても、この筋肉吸血鬼は痛いであろう事でも率先してやるな。もしかして、それで快感でも得ているのだろうか?
訓練の様子をうなずきながら眺めているシラールドを、横目で身ながらそんなことを考えた。
俺は隣にいるアニアから受け取った紅茶を飲みながら、視線を移動させた先で何やらソワソワとしているセシリャに声をかける。
「セシリャ……。この前はプルネラ様の前で落ち着かないし、今回もキョロキョロし過ぎだろ。加護持ち、アーティファクト持ちなんだから、もっと堂々としてればいいんだよ。ほら見てみろよ、シラールドを。俺の事を主と呼ぶくせに、そんな様子をまるで見せてないだろ?」
「そうは言ってもさ、もうすぐあの中に入って訓練に参加するんだよ!? いつの間にか、三千人以上に膨れ上がってるじゃない。あんな人数の前で失敗したらと思うと……。それと、シラールドさんと一緒にしないでもらえる……?」
彼女はこの後、加護の力をお互い慣れさせるために、あの中に加わって訓練する。
それにしても挙動不審だ。プルネラ様に対する事案的な緊張とは違い、こっちは対人恐怖症みたいな物か。この様子を見てたら永遠に治らないんじゃないかと思い始めてきたわ。
俺が若干険しい表情でセシリャを見ていると、アニアが口を開いた。
「ゼン様、セシリャさんにはセシリャさんのペースってものがあると思うのです。ですから、もっと優しく見守ってください」
「分かった。アニアに言われたら従うしかないな。じゃあ……もし上手くいったら、今度プルネラ様に抱き着いてもいいかって俺が聞いてやるよ」
「ッ!? ほ、ほーっ! ちょっとやる気出てきたかも!」
セシリャが頬を赤くして反応した。……ちょっと怪しい表情をしてるけど、大丈夫だよな?
鼻息の荒くなったセシリャに少したじろいでいると、静かに俺たちを見ていたヴィートが手を上げた。
「じゃあ、俺もセシリャに褒美やるよ。家に帰ったら、姉ちゃん――エリシュカ姉ちゃんを捕まえてやるから、抱き着いちゃえ」
「ヴ、ヴィート君……その言葉嘘じゃないよね……?」
「ははは、セシリャは面白いから、本当にやってやるよ。姉ちゃんにはお菓子でも用意しておけば、黙って従うと思うし」
おいおい、ヴィートやめてくれ。セシリャの病気が加速するじゃねえか……
自分の事を棚に上げて心の中で突っ込んでいると訓練が始まった。
訓練を見守っているアニアの表情は真剣そのものだ。彼らが自分を守ってくれていた事が大きいのだろうが、それ以上に双子であるアルンが気になるのだろう。
明確にどちらが上という感覚はないが、こんな時のアニアはお姉さんや母親的な印象を受ける。
いつもは甘えてくるアニアだが、こんな表情をしているのは新鮮だ。
手の一つでも握って安心させようとか腕を動かした瞬間、シラールドが言った。
「それで主、ヴィンスとシェードは組み合わせていいんだな?」
「あっ、あぁ。今後ヴィンスとその部下たちは、シェードと組み合わせて行動させる。細かい調整は頼んだぞ」
俺が宙に浮いた腕をそのままに返事をすると、シラールドはニヤリと笑いながら言った。
「任されよ。主に情報はシェードに担当させ、危険な任務はヴィンスにやらせる。まあ、危険といっても、あの者たちであれば大した問題でもないだろう。多分、主が思っているよりヴィンスとその部下は優秀だぞ」
「そうか……任せた。それにしても、タイミングってやつを考えてほしいな?」
「何、主の事を主と思わぬ部下ってものを演じただけだ」
「……俺が悪かった」
訓練は滞りなく行われ、最後には一団が規則正しく整列し、見学する俺らの前に並んだ。
そして、その先頭にいるアルンが大きな声で叫んだ。
「我らが主に敬礼!」
アルンの言葉で三千を超える人たちが、一斉に片膝立ちになり頭を下げた。
最近度胸が付いてきたと自負していた俺も、これには驚いてしまい、急いで椅子から立ち上がって直立してしまった。
アルンが頭を上げると、それに続いてまずはメルレインの部下である黒騎竜隊が頭を上げ、その後パラパラと兵士たちが頭を上げた。
俺のことを見ているアルンが笑っている。どうやら、隊長として仕事が出来たことが嬉しいらしい。
俺にしたらドッキリに近いが、アルンが嬉しそうだから俺も笑って返そう。
そう思い、笑顔で片手を上げて彼らに応じると、先頭付近にいた一団が騒めき出した。
「ゼンさんぱねえッス!!」
「うひょおおお、ゼンさん、イカチーッス!」
やだ……明らかに浮いてる一団がいんだけど……
俺はチャラス軍団は見て見ぬ振りをしてやり過ごし、部隊に移動命令を出したアルンの背中を見守ったのだった。
そんな比較的気の抜けた日々を過ごしていると、食後の休憩中についに講和が成立したとの一報が届けられた。
メルレインが奏でていた弦楽器の音を止めて口を開いた。
「これは一時的な休戦です。この期間にエゼル側では新しく得た領地の安定化を行い、前線の構築をする事が急務となるでしょう。それは他の国も同じであり、次なる戦いに向けた準備期間なのです。ただ、シーレッド王がこれ程まで早い段階で申し出をしたのですから、少なくともシーレッド側から早期段階で再戦を仕掛けてくる事はないと思います。もしかしたら今の代では起こらない可能性があります」
「でも、そこまで都合よくいくか? 今回手に入れた領地を安定させたら、今度はこっちから攻め込めばいいじゃないか。実際、諸侯の何人かはそうしろって言ってるんだし。俺だって敵が隣にいるとかやだよ?」
「そうですね。しかし、それを防ぐために、今後シーレッドは軍事より外交に力を入れるでしょう。その一環が、この前既に来たではないですか。あの女性たちは追い返しましたが、次は多分もう少し年齢が下の少女が贈られてくるはずです」
「……それを追い返したら、次は少年でも送られてくるってのか? おいおい、勘弁してくれよ……」
先日客人が来たと言われて向かってみると、そこには身なりの良い女性が何人もいた。話を聞けばシーレッド王国に所属する貴族の娘さん達で、彼女たちを引き連れてきたシーレッドの伯爵って奴が言うには、俺にくれるとの事らしい。
もちろん丁重に追い返したが、その時は完全に俺を篭絡しようという動きに、ちょっと引いてしまった。
「シーレッドには、主を抑えればエゼルと戦えると思ってる者は、多くいるという事でしょう。私が向こうにいたならば、国中の美女、美少女を集めろと言っていたかもしれません」
「……シーレッドが俺の事をどう思ってたか、よーく分かったわ。休戦が終わったら滅ぼそうな?」
「ふふっ、では私は頑張ってお止めする事にしましょう」
「何でだよ……」
「まだ完全に講和が成立していない段階で未来の事を話すのは、いささか早いとは思いますが、シーレッドを滅ぼされると、あの周辺の安定が失われます。それは、隣国となるカフベレの不安材料になりえますので、私は止めるのです」
「分かったよ……俺が我慢すればいいんだろ……」
滅ぼすは冗談だが、何故かシーレッドで俺は女好きで通っているらしい。この前ヴィンスと話していたら、セシリャも俺の女ってのが向こうでは通説になっていると聞いた。
彼女に知られたら、絶対に変に意識して面倒くさい事になるのは目に見えているから、ヴィンスには絶対に口にするとなと厳命したけど、ばれるのは時間の問題がしてきたぞ……
俺とメルレインが会話を、アルンはうんうんと言いながら黙って聞いていた。何故か俺らが話をしていると、アルンは素直に話を理解しようと頑張るので、その姿が幼く見えてしまい可愛い。
俺とメルレインの話が途切れたのを見計らって、アニアが口を開いた。
「大丈夫なのです、ゼン様。次来たら、私が追い返しますから。ポッポちゃんもきっと変な人が来たらいやだって思ってるのです。ねー?」
アニアは膝の上に載せたポッポちゃんを撫でながら、冷静を装ってそう言った。だが、俺は知っている。この前女の子が来た時には、「べ、別にいいんじゃないのですか!?」と、明らかに動揺していたからな。今の発言も、感情を抑えて結構無理して言っているはずだ。
その証拠に、ポッポちゃんの俺を見る目が冷たい。空気を読んでアニアを悲しませるなと言っているようだ。
ポッポちゃんに怒られたくないし、強がるアニアも安心させたいので、椅子から立ち上がって彼女の後ろに立ち肩を揉みながら声をかけた。
「それは俺がやるからアニアは気にしな――ッ!」
「ん? ゼン様、どうしたのですか?」
「い、いや何でもない」
何気なく後ろからアニアを覗き込んでみると、その光景に驚いてしまった。
……凄い、木札程度なら簡単に乗るんじゃないのか……?
俺はまだ成長を続けるアニアに戦慄した。
今回の講和では、シーレッドはエゼルだけではなく、樹国セフィ、カフベレ国、ラングネル公国の四か国同時に行っていた。
そのために、明確な同盟関係ではないが、それに近い存在である樹国セフィの人がエゼル陣内に相談のため、度々訪れるようになった。
その際、今は俺の部隊に組み込まれている、戦奴としてシーレッドに捕まっていた人たちの、帰還交渉も行われる事となった。
まあ、その辺の事はすべてアルンとメルレインに一任しているので、俺はノータッチだ。アルンのお勉強だね。
大半の人は樹国に帰る事を望んだが、一部の人たちはこのままアルンの部隊に残る事になった。
その原因はセシリャだ。
この戦で獣姫として名前が広まった彼女目当てに、主に獣人族の独身男性が残る事を訴えたのだ。
まあ、それは好きにしてくれって感じなのでどうでもいい。
それにしても、アニアと同じような扱いをされだしたけど、その内二人にヒラヒラした格好をさせて戦場に出した方がいいのだろうか?
でも、防御力はおろかにしたくないから、布系でも鋼ぐらいは弾く装備を用意しないとな。
そんなこんなで直接の講和交渉の為に、それぞれの代表が一堂に期する席が設けられる事となり、俺はその護衛を依頼されていた。
エアの天幕にはエアの他に三侯爵がおり、話はレイコック様が中心となり進められている。
「向こうの態度を見る限り、罠はないと言える。だが、用心をするに越したことはない。エリアス様の護衛を頼む」
「もちろん、引き受けますが、俺で大丈夫ですか? この手の訓練とか、知識とか全くありませんよ?」
「無論、他の者を同行させる。ゼンはもしもの時の為にいてくれれば良いのだ」
「それならいいですけど」
レイコック様は俺の返事にうなずくと、少し言いにくそうに切り出した。
「それでな、アニアも同行させてくれ。あれがいれば、ゼンが動けなくとも回復が出来る」
アニアの名は今やエゼル王国軍で知らぬ者はいない。それほどまでに名が広まった彼女の力なら、俺にもしもの時があっても、エアを守れると思っているのだろう。
昔のまだ俺の保護が必要だった頃ならともかく、今の彼女ならそれほど心配する事もないと考えている。アニアはそれほどまでに頼れる存在なんだ。
ふとエアの表情を見てみると、あまり浮かない顔をしている。エアからしたらアニアは可愛い妹のようなものだから、言葉にはしないが連れて行きたくないのだろう。
「エリアス様、心配は無用です。アニアは貴方が想像するよりも強力な存在になりました。戦場で見せた活躍は伊達ではないですよ」
「そうか、ゼンがそう言うなら、私も異議を唱えるのは止そう」
俺が納得しているなら何も言うつもりはないのだろう。組んでいたいた腕を解いて、表情も柔らかくした。
それから数日後に各国の代表が集まる場が開かれた。
当初、シーレッド側からは一国ずつとの提案をされていたのだが、それではカフベレ国とラングネル公国に不利だと判断して、この形を取らす事となったのだ。
もはや、軍事的な力で勝つ見込みがない事は、シーレッドも理解しているので、その提案は受け入れられた。というか、一度反対したシーレッド諸侯がいたが、彼はシーレッドに消された。
どうやらシーレッド王は、それほど講和を成立させたいらしい。
俺の周囲で地面を突いているポッポちゃんを見守りながらエアを待っていると、アニアが俺の腕に手を添えながら言った。
「ゼン様、改めて言うのですが、私はゼン様のお近くで控えているのです。ゼン様、約束は守ってくださいね? 私に話を振られても、何も答えられないのですよ?」
アニアが、少し真剣な表情をして俺を見上げた。可愛い額にしわが寄っている。護衛の話を受けた彼女だったが、もしもの時の回復約に徹するつもりらしい。同行はするが、難しい話には参加したくないと言っていたのだ。
結構度胸があると思っていたアニアも、やはり王族が集う場では緊張するのだろう。普段はのほほんとしているのに、今は戦場にいるかのように顔がマジだ。
「話を振られる可能性はあるだろうけど、基本は講和条約を結ぶ場なんだから、そこまで困る事は言われないだろ。余りに面倒だったら、エアを連れて帰ればいいんだ」
「確かにそうなのです……そうなのですね……」
少し冗談を交ぜてみたのだが、アニアはそれどころではないないのか、何度もうなずきながら答えていた。
そんなやり取りをしていると、シラールド様を伴ったエアがやってきた。
笑顔のエアは側近を控えさせると、片手をこちらに振りながら近づいてきたのだが、アニアの顔を見て眉をひそめた。
「何だ、アニアは嫌に真剣な顔をしているな」
「エア兄様……そんな事を言われても、王族の方々が集う場に向かうのですよ? こうならない方がおかしいのです……」
「確かにそうかもしれないな。でも、ゼンは余裕な表情をしているぞ」
エアが俺を見てそう言ったので、返事をした。
「最近諸侯の方々の前に出る事が多いだろ? もう慣れてきちゃったよ。それに、王族って言っても、カフベレとラングネルは俺が手伝ったんだから、そこまでヘコヘコする気が起きないだよな」
「そういえばそうだったな……。考えたら俺も彼らと立場が同じじゃないか?」
「これはもう、俺の趣味かもしれないな……。いや、特技といっても良いのか?」
少し考えたらエアもそうだと気付いた。エアが王座を取り戻す戦いに、俺が本当に必要だったかは断言できないが、それでもかなり活躍はしたからな。
「まあ、とにかくアニアは、俺の伴侶として隣にいればいいんだよ」
「ッ! 伴侶! そうなのです! そうだったのです!」
伴侶という言葉に、アニアの顔が明るくなった。元気付けるために言ってみたが予想以上に効いたみたいだな。
俺が笑顔のアニアを撫でていると、エアが呆れた顔で言った。
「はぁ……お前は恥ずかしげもなく良く言えるな」
「可愛いアニアを嫁に貰うことは絶対だからな。そうは言うがエアだって、ドライデン子爵様を横にはべらせて楽しんでたと聞いたんだが?」
「ぐッ! それは……」
エアの天幕にはよくメリルちゃんが訪問している事は、それなりに有名だ。
実際には仲良くお茶でも飲んでいた程度だろうが、カマをかけてみたらいい反応をしてくれた。
って、こんな反応をしてくれるって事は手を出してないよな……?
疑問を持ちつつも、出発するためにポッポちゃんを呼び寄せて、馬車に乗り込んだ。
向かうは王都北部にある街、フマイワルだ。シーレッドの首都北部を守る要の街だが、今現在は今日の交渉のため、兵はほとんどが他の場所に移動している。入ってみた感じや、探知をしてみた結果では、伏兵がいる様子はない。
兵数に関して言えば、エゼルを筆頭に樹国セフィの兵士が多く見られた。
事前にエゼルの精鋭が近衛筆頭のフリッツに率いられ詰めていたのだ。
街に入り、会合の舞台となる城砦に着くと、馬車のドアが開けられた。
最初に俺が下りると、馬車の近くでは真剣な表情をしたフリッツがいた。
一瞬俺に視線を向けたが、その目線はすぐに周りへと向けられて、警戒に当たっている。
とてもじゃないが、冗談を言える雰囲気ではないので、俺も真面目に出てきたエアの護衛任務に就くことにした。
この場には既に他の代表達は到着しているようで、少し離れた場所にはラングネル公国の旗が見え、その近くには樹国セフィの旗も見える。そして、更にその向こう側にはカフベレ国の旗もあり、その隣には見覚えのある旗があった。
俺は近くにいたレイコック様に声をかけた。
「レイコック様、カフベレの隣にある旗はもしかして、レニティのですか?」
「うむ……見えん……。そこの者、向こうの旗は見えるか?」
ちょっと距離があるので、レイコック様には見えなかったようだ。彼は近くにいた騎士に指をさした方向を確かめさせた。
「あれは確かにレニティ国です」
俺の記憶は正しかったか。
カフベレ国の復興には、裏でレニティ国が動いていた事は、知っていた。
あの国もつい最近までシーレッドと戦争をしていたから、今回の話に参加する気なのだろう。
何の問題も起きる様子もなく、出迎えたシーレッドの人間に連れられて城砦の中へと入った。
中に入ると即座に側近たちが動き出し、怪しい物がないかと確認を行いだす。
俺とアニアはそれを見守り、エアとともに部屋へと入った。
エアやシラールド様が側近たちとする会話を聞きながら時間を待っていると、その時はやってきた。
部屋の調度品を軽く突いて感触を確かめているポッポちゃんを呼び寄せて、アニアに抱きかかえてもらう。
「まだ緊張してる? ポッポちゃんをなで続けてほぐすんだ」
「もう大丈夫なのです。でも、ポッポちゃんがいれば心強いのです!」
アニアがポッポちゃんを抱きかかえてそう言うと、俺の言葉がわかるポッポちゃんも何となく状況が掴めたのか、アニアに体を擦り寄らせて「アニア、あたしがいるのよ!」と鳴いていた。何て出来る鳩なんだ……
部屋を出て少し進むと立派な廊下が現れた。そこを進んでいくと重く重厚なドアがある。エアの少し後方に陣取りながらドアに近づくと、大きな扉は側近達によって開かれた。
まだ昼の日差しが差し込む明るい部屋はとても広い。大きな丸い机が部屋のど真ん中に置かれている。一歩部屋の中に足を踏み入れると、エゼル陣営が最後だったのだと、席の埋まり具合で分かった。
「むっ、我々が最後か。これは失礼」
エアが軽く謝罪をしながら、それでもゆっくりとした足取りで席についた。その隣にレイコック様が座り、俺とアニアは後ろで待機をする。
すべての席が埋まると、部屋には静寂が訪れた。
そして、誰から話を切り出すのかという空気の中、エアが立ち上がり堂々とした態度で声を上げた。
「さて、黙っていても仕方がない。まずは自己紹介から始めるとしよう。私がエゼル王国国王エリアス・リンドフィールド。隣はレイコック侯爵だ」
いいねえ、いいねえ。若いが毅然としており、そして高潔さを感じさせる振る舞いだ。
思わずニヤリとしながらエアを見ていると、この場で既に着席していた他国の人たちも、その堂々とした様子ぶりに表情を変えた。
次に口を開いたのは、エルフの女性だった。年の頃二十代後半、実年齢は多分五、六十ぐらいだろうか。長い金髪を一つにまとめ肩から流し、額には草木をモチーフにしたサークレットをしている。
座っている場所は、俺たちエゼルの隣。人種的に位置的に樹国セフィの人だろう。
「リュシール・コルベールです。宜しくお願いします。エリアス王はお久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
どうやらエアとは知己のようだ。彼女の言葉にエアが軽く頷き返事をした。
……それにしても、エルフやはり美形だな。目を奪われるってレベルの美人じゃないぞ。俺がフリーなら、街で見かけたら後ろをついて行っちゃいそうだわ。
俺がそんな事を考えながらリュシールちゃんを見てると、彼女がこちらに向かってウインクをした。
ぐぉっ! 何だ、ドキッとしたぞ!
明らかに俺に向けてのウインクに、かなり動揺した。しかし、アニアの前でそれを見せるわけにはいかないので、表情を変えずに会釈を返した。……大丈夫だよな?
その後に続いた二人は、俺の知っている人物だ。
一人はラングネル公国大公。そして、カフベレ国王妃サリーマ様だ。大公は距離的に問題ないが、サリーマ様はかなり急いできたはずだ。
二人とも流石に場馴れしており、よどみない自己紹介を終えた。
サリーマ様の隣には、レニティ国の人間がいる。だが、この場では表に出る気がないのか、サリーマ様に紹介を任せていた。そう言えば、あの国は都市国家の集まりだったな。もしかしたら、役人のような立ち位置の人なのかもしれない。
だとすると、封建国家が主流のこの世界では、声を上げづらいのか?
そして、最後に立ち上がり挨拶をしたのは、側近と思わしき一人の老人を引き連れた、貫禄のある男だった。
「我がシーレッド王国、国王。シージハード・エステセクナである。今日この席についていただけたことまず礼をさせてもらおう」
正直、思っていた以上の貫禄だ。言葉や態度では礼をしているが、される方が頭を下げてしまいそうな雰囲気を与える。
どうやら、エゼルの前王だったアーネストとはレベルが違う相手らしい。
俺はそんなシーレッド王にそんな印象を持ちながら、彼から向けられた心を覗き込むような視線に会釈を返したのだった。
やる事がなくなったので、俺たちは今草原にテーブルと椅子を用意して、アルンが行っている訓練を見学している。
場所はラングネル公国から五日ほど東に進んだところにある、先日落とした街の近くだ。
多くのエゼル軍が体を休め待機する中、メルレインが監督役として、俺らの軍だけが訓練をしているので、少し周りから浮いていた。
訓練の様子を見ながら講和に関して考えた。
この手の知識が浅い俺は、この期間でシーレッドが軍の立て直しをするのではないかと危惧していた。
「本当に待機してていいのか……?」
何となく口から漏れ出た一言に、シラールドが腕を組みながら言った。
「主、シーレッドは動ける全ての将軍を失っているのだぞ? この短期間で立て直しが出来る被害の大きさではない。講和も順調に進んでいるとブラドが言っていたのだ。我が主ならば、ここは落ち着いて構えておれば良い」
「ちょっと気になっただけだよ……。俺だって、もう戦いが覆るとは思ってないさ」
最近は専らアニアの護衛をしていた彼は、彼女の近くで戦うと、元からあった回復速度が更に増加され、首に剣が突き刺さっても動けるとこの前笑っていた。
多分アニアの魔法がなくても死ぬことはない上で試したのだろうが、それにしても、この筋肉吸血鬼は痛いであろう事でも率先してやるな。もしかして、それで快感でも得ているのだろうか?
訓練の様子をうなずきながら眺めているシラールドを、横目で身ながらそんなことを考えた。
俺は隣にいるアニアから受け取った紅茶を飲みながら、視線を移動させた先で何やらソワソワとしているセシリャに声をかける。
「セシリャ……。この前はプルネラ様の前で落ち着かないし、今回もキョロキョロし過ぎだろ。加護持ち、アーティファクト持ちなんだから、もっと堂々としてればいいんだよ。ほら見てみろよ、シラールドを。俺の事を主と呼ぶくせに、そんな様子をまるで見せてないだろ?」
「そうは言ってもさ、もうすぐあの中に入って訓練に参加するんだよ!? いつの間にか、三千人以上に膨れ上がってるじゃない。あんな人数の前で失敗したらと思うと……。それと、シラールドさんと一緒にしないでもらえる……?」
彼女はこの後、加護の力をお互い慣れさせるために、あの中に加わって訓練する。
それにしても挙動不審だ。プルネラ様に対する事案的な緊張とは違い、こっちは対人恐怖症みたいな物か。この様子を見てたら永遠に治らないんじゃないかと思い始めてきたわ。
俺が若干険しい表情でセシリャを見ていると、アニアが口を開いた。
「ゼン様、セシリャさんにはセシリャさんのペースってものがあると思うのです。ですから、もっと優しく見守ってください」
「分かった。アニアに言われたら従うしかないな。じゃあ……もし上手くいったら、今度プルネラ様に抱き着いてもいいかって俺が聞いてやるよ」
「ッ!? ほ、ほーっ! ちょっとやる気出てきたかも!」
セシリャが頬を赤くして反応した。……ちょっと怪しい表情をしてるけど、大丈夫だよな?
鼻息の荒くなったセシリャに少したじろいでいると、静かに俺たちを見ていたヴィートが手を上げた。
「じゃあ、俺もセシリャに褒美やるよ。家に帰ったら、姉ちゃん――エリシュカ姉ちゃんを捕まえてやるから、抱き着いちゃえ」
「ヴ、ヴィート君……その言葉嘘じゃないよね……?」
「ははは、セシリャは面白いから、本当にやってやるよ。姉ちゃんにはお菓子でも用意しておけば、黙って従うと思うし」
おいおい、ヴィートやめてくれ。セシリャの病気が加速するじゃねえか……
自分の事を棚に上げて心の中で突っ込んでいると訓練が始まった。
訓練を見守っているアニアの表情は真剣そのものだ。彼らが自分を守ってくれていた事が大きいのだろうが、それ以上に双子であるアルンが気になるのだろう。
明確にどちらが上という感覚はないが、こんな時のアニアはお姉さんや母親的な印象を受ける。
いつもは甘えてくるアニアだが、こんな表情をしているのは新鮮だ。
手の一つでも握って安心させようとか腕を動かした瞬間、シラールドが言った。
「それで主、ヴィンスとシェードは組み合わせていいんだな?」
「あっ、あぁ。今後ヴィンスとその部下たちは、シェードと組み合わせて行動させる。細かい調整は頼んだぞ」
俺が宙に浮いた腕をそのままに返事をすると、シラールドはニヤリと笑いながら言った。
「任されよ。主に情報はシェードに担当させ、危険な任務はヴィンスにやらせる。まあ、危険といっても、あの者たちであれば大した問題でもないだろう。多分、主が思っているよりヴィンスとその部下は優秀だぞ」
「そうか……任せた。それにしても、タイミングってやつを考えてほしいな?」
「何、主の事を主と思わぬ部下ってものを演じただけだ」
「……俺が悪かった」
訓練は滞りなく行われ、最後には一団が規則正しく整列し、見学する俺らの前に並んだ。
そして、その先頭にいるアルンが大きな声で叫んだ。
「我らが主に敬礼!」
アルンの言葉で三千を超える人たちが、一斉に片膝立ちになり頭を下げた。
最近度胸が付いてきたと自負していた俺も、これには驚いてしまい、急いで椅子から立ち上がって直立してしまった。
アルンが頭を上げると、それに続いてまずはメルレインの部下である黒騎竜隊が頭を上げ、その後パラパラと兵士たちが頭を上げた。
俺のことを見ているアルンが笑っている。どうやら、隊長として仕事が出来たことが嬉しいらしい。
俺にしたらドッキリに近いが、アルンが嬉しそうだから俺も笑って返そう。
そう思い、笑顔で片手を上げて彼らに応じると、先頭付近にいた一団が騒めき出した。
「ゼンさんぱねえッス!!」
「うひょおおお、ゼンさん、イカチーッス!」
やだ……明らかに浮いてる一団がいんだけど……
俺はチャラス軍団は見て見ぬ振りをしてやり過ごし、部隊に移動命令を出したアルンの背中を見守ったのだった。
そんな比較的気の抜けた日々を過ごしていると、食後の休憩中についに講和が成立したとの一報が届けられた。
メルレインが奏でていた弦楽器の音を止めて口を開いた。
「これは一時的な休戦です。この期間にエゼル側では新しく得た領地の安定化を行い、前線の構築をする事が急務となるでしょう。それは他の国も同じであり、次なる戦いに向けた準備期間なのです。ただ、シーレッド王がこれ程まで早い段階で申し出をしたのですから、少なくともシーレッド側から早期段階で再戦を仕掛けてくる事はないと思います。もしかしたら今の代では起こらない可能性があります」
「でも、そこまで都合よくいくか? 今回手に入れた領地を安定させたら、今度はこっちから攻め込めばいいじゃないか。実際、諸侯の何人かはそうしろって言ってるんだし。俺だって敵が隣にいるとかやだよ?」
「そうですね。しかし、それを防ぐために、今後シーレッドは軍事より外交に力を入れるでしょう。その一環が、この前既に来たではないですか。あの女性たちは追い返しましたが、次は多分もう少し年齢が下の少女が贈られてくるはずです」
「……それを追い返したら、次は少年でも送られてくるってのか? おいおい、勘弁してくれよ……」
先日客人が来たと言われて向かってみると、そこには身なりの良い女性が何人もいた。話を聞けばシーレッド王国に所属する貴族の娘さん達で、彼女たちを引き連れてきたシーレッドの伯爵って奴が言うには、俺にくれるとの事らしい。
もちろん丁重に追い返したが、その時は完全に俺を篭絡しようという動きに、ちょっと引いてしまった。
「シーレッドには、主を抑えればエゼルと戦えると思ってる者は、多くいるという事でしょう。私が向こうにいたならば、国中の美女、美少女を集めろと言っていたかもしれません」
「……シーレッドが俺の事をどう思ってたか、よーく分かったわ。休戦が終わったら滅ぼそうな?」
「ふふっ、では私は頑張ってお止めする事にしましょう」
「何でだよ……」
「まだ完全に講和が成立していない段階で未来の事を話すのは、いささか早いとは思いますが、シーレッドを滅ぼされると、あの周辺の安定が失われます。それは、隣国となるカフベレの不安材料になりえますので、私は止めるのです」
「分かったよ……俺が我慢すればいいんだろ……」
滅ぼすは冗談だが、何故かシーレッドで俺は女好きで通っているらしい。この前ヴィンスと話していたら、セシリャも俺の女ってのが向こうでは通説になっていると聞いた。
彼女に知られたら、絶対に変に意識して面倒くさい事になるのは目に見えているから、ヴィンスには絶対に口にするとなと厳命したけど、ばれるのは時間の問題がしてきたぞ……
俺とメルレインが会話を、アルンはうんうんと言いながら黙って聞いていた。何故か俺らが話をしていると、アルンは素直に話を理解しようと頑張るので、その姿が幼く見えてしまい可愛い。
俺とメルレインの話が途切れたのを見計らって、アニアが口を開いた。
「大丈夫なのです、ゼン様。次来たら、私が追い返しますから。ポッポちゃんもきっと変な人が来たらいやだって思ってるのです。ねー?」
アニアは膝の上に載せたポッポちゃんを撫でながら、冷静を装ってそう言った。だが、俺は知っている。この前女の子が来た時には、「べ、別にいいんじゃないのですか!?」と、明らかに動揺していたからな。今の発言も、感情を抑えて結構無理して言っているはずだ。
その証拠に、ポッポちゃんの俺を見る目が冷たい。空気を読んでアニアを悲しませるなと言っているようだ。
ポッポちゃんに怒られたくないし、強がるアニアも安心させたいので、椅子から立ち上がって彼女の後ろに立ち肩を揉みながら声をかけた。
「それは俺がやるからアニアは気にしな――ッ!」
「ん? ゼン様、どうしたのですか?」
「い、いや何でもない」
何気なく後ろからアニアを覗き込んでみると、その光景に驚いてしまった。
……凄い、木札程度なら簡単に乗るんじゃないのか……?
俺はまだ成長を続けるアニアに戦慄した。
今回の講和では、シーレッドはエゼルだけではなく、樹国セフィ、カフベレ国、ラングネル公国の四か国同時に行っていた。
そのために、明確な同盟関係ではないが、それに近い存在である樹国セフィの人がエゼル陣内に相談のため、度々訪れるようになった。
その際、今は俺の部隊に組み込まれている、戦奴としてシーレッドに捕まっていた人たちの、帰還交渉も行われる事となった。
まあ、その辺の事はすべてアルンとメルレインに一任しているので、俺はノータッチだ。アルンのお勉強だね。
大半の人は樹国に帰る事を望んだが、一部の人たちはこのままアルンの部隊に残る事になった。
その原因はセシリャだ。
この戦で獣姫として名前が広まった彼女目当てに、主に獣人族の独身男性が残る事を訴えたのだ。
まあ、それは好きにしてくれって感じなのでどうでもいい。
それにしても、アニアと同じような扱いをされだしたけど、その内二人にヒラヒラした格好をさせて戦場に出した方がいいのだろうか?
でも、防御力はおろかにしたくないから、布系でも鋼ぐらいは弾く装備を用意しないとな。
そんなこんなで直接の講和交渉の為に、それぞれの代表が一堂に期する席が設けられる事となり、俺はその護衛を依頼されていた。
エアの天幕にはエアの他に三侯爵がおり、話はレイコック様が中心となり進められている。
「向こうの態度を見る限り、罠はないと言える。だが、用心をするに越したことはない。エリアス様の護衛を頼む」
「もちろん、引き受けますが、俺で大丈夫ですか? この手の訓練とか、知識とか全くありませんよ?」
「無論、他の者を同行させる。ゼンはもしもの時の為にいてくれれば良いのだ」
「それならいいですけど」
レイコック様は俺の返事にうなずくと、少し言いにくそうに切り出した。
「それでな、アニアも同行させてくれ。あれがいれば、ゼンが動けなくとも回復が出来る」
アニアの名は今やエゼル王国軍で知らぬ者はいない。それほどまでに名が広まった彼女の力なら、俺にもしもの時があっても、エアを守れると思っているのだろう。
昔のまだ俺の保護が必要だった頃ならともかく、今の彼女ならそれほど心配する事もないと考えている。アニアはそれほどまでに頼れる存在なんだ。
ふとエアの表情を見てみると、あまり浮かない顔をしている。エアからしたらアニアは可愛い妹のようなものだから、言葉にはしないが連れて行きたくないのだろう。
「エリアス様、心配は無用です。アニアは貴方が想像するよりも強力な存在になりました。戦場で見せた活躍は伊達ではないですよ」
「そうか、ゼンがそう言うなら、私も異議を唱えるのは止そう」
俺が納得しているなら何も言うつもりはないのだろう。組んでいたいた腕を解いて、表情も柔らかくした。
それから数日後に各国の代表が集まる場が開かれた。
当初、シーレッド側からは一国ずつとの提案をされていたのだが、それではカフベレ国とラングネル公国に不利だと判断して、この形を取らす事となったのだ。
もはや、軍事的な力で勝つ見込みがない事は、シーレッドも理解しているので、その提案は受け入れられた。というか、一度反対したシーレッド諸侯がいたが、彼はシーレッドに消された。
どうやらシーレッド王は、それほど講和を成立させたいらしい。
俺の周囲で地面を突いているポッポちゃんを見守りながらエアを待っていると、アニアが俺の腕に手を添えながら言った。
「ゼン様、改めて言うのですが、私はゼン様のお近くで控えているのです。ゼン様、約束は守ってくださいね? 私に話を振られても、何も答えられないのですよ?」
アニアが、少し真剣な表情をして俺を見上げた。可愛い額にしわが寄っている。護衛の話を受けた彼女だったが、もしもの時の回復約に徹するつもりらしい。同行はするが、難しい話には参加したくないと言っていたのだ。
結構度胸があると思っていたアニアも、やはり王族が集う場では緊張するのだろう。普段はのほほんとしているのに、今は戦場にいるかのように顔がマジだ。
「話を振られる可能性はあるだろうけど、基本は講和条約を結ぶ場なんだから、そこまで困る事は言われないだろ。余りに面倒だったら、エアを連れて帰ればいいんだ」
「確かにそうなのです……そうなのですね……」
少し冗談を交ぜてみたのだが、アニアはそれどころではないないのか、何度もうなずきながら答えていた。
そんなやり取りをしていると、シラールド様を伴ったエアがやってきた。
笑顔のエアは側近を控えさせると、片手をこちらに振りながら近づいてきたのだが、アニアの顔を見て眉をひそめた。
「何だ、アニアは嫌に真剣な顔をしているな」
「エア兄様……そんな事を言われても、王族の方々が集う場に向かうのですよ? こうならない方がおかしいのです……」
「確かにそうかもしれないな。でも、ゼンは余裕な表情をしているぞ」
エアが俺を見てそう言ったので、返事をした。
「最近諸侯の方々の前に出る事が多いだろ? もう慣れてきちゃったよ。それに、王族って言っても、カフベレとラングネルは俺が手伝ったんだから、そこまでヘコヘコする気が起きないだよな」
「そういえばそうだったな……。考えたら俺も彼らと立場が同じじゃないか?」
「これはもう、俺の趣味かもしれないな……。いや、特技といっても良いのか?」
少し考えたらエアもそうだと気付いた。エアが王座を取り戻す戦いに、俺が本当に必要だったかは断言できないが、それでもかなり活躍はしたからな。
「まあ、とにかくアニアは、俺の伴侶として隣にいればいいんだよ」
「ッ! 伴侶! そうなのです! そうだったのです!」
伴侶という言葉に、アニアの顔が明るくなった。元気付けるために言ってみたが予想以上に効いたみたいだな。
俺が笑顔のアニアを撫でていると、エアが呆れた顔で言った。
「はぁ……お前は恥ずかしげもなく良く言えるな」
「可愛いアニアを嫁に貰うことは絶対だからな。そうは言うがエアだって、ドライデン子爵様を横にはべらせて楽しんでたと聞いたんだが?」
「ぐッ! それは……」
エアの天幕にはよくメリルちゃんが訪問している事は、それなりに有名だ。
実際には仲良くお茶でも飲んでいた程度だろうが、カマをかけてみたらいい反応をしてくれた。
って、こんな反応をしてくれるって事は手を出してないよな……?
疑問を持ちつつも、出発するためにポッポちゃんを呼び寄せて、馬車に乗り込んだ。
向かうは王都北部にある街、フマイワルだ。シーレッドの首都北部を守る要の街だが、今現在は今日の交渉のため、兵はほとんどが他の場所に移動している。入ってみた感じや、探知をしてみた結果では、伏兵がいる様子はない。
兵数に関して言えば、エゼルを筆頭に樹国セフィの兵士が多く見られた。
事前にエゼルの精鋭が近衛筆頭のフリッツに率いられ詰めていたのだ。
街に入り、会合の舞台となる城砦に着くと、馬車のドアが開けられた。
最初に俺が下りると、馬車の近くでは真剣な表情をしたフリッツがいた。
一瞬俺に視線を向けたが、その目線はすぐに周りへと向けられて、警戒に当たっている。
とてもじゃないが、冗談を言える雰囲気ではないので、俺も真面目に出てきたエアの護衛任務に就くことにした。
この場には既に他の代表達は到着しているようで、少し離れた場所にはラングネル公国の旗が見え、その近くには樹国セフィの旗も見える。そして、更にその向こう側にはカフベレ国の旗もあり、その隣には見覚えのある旗があった。
俺は近くにいたレイコック様に声をかけた。
「レイコック様、カフベレの隣にある旗はもしかして、レニティのですか?」
「うむ……見えん……。そこの者、向こうの旗は見えるか?」
ちょっと距離があるので、レイコック様には見えなかったようだ。彼は近くにいた騎士に指をさした方向を確かめさせた。
「あれは確かにレニティ国です」
俺の記憶は正しかったか。
カフベレ国の復興には、裏でレニティ国が動いていた事は、知っていた。
あの国もつい最近までシーレッドと戦争をしていたから、今回の話に参加する気なのだろう。
何の問題も起きる様子もなく、出迎えたシーレッドの人間に連れられて城砦の中へと入った。
中に入ると即座に側近たちが動き出し、怪しい物がないかと確認を行いだす。
俺とアニアはそれを見守り、エアとともに部屋へと入った。
エアやシラールド様が側近たちとする会話を聞きながら時間を待っていると、その時はやってきた。
部屋の調度品を軽く突いて感触を確かめているポッポちゃんを呼び寄せて、アニアに抱きかかえてもらう。
「まだ緊張してる? ポッポちゃんをなで続けてほぐすんだ」
「もう大丈夫なのです。でも、ポッポちゃんがいれば心強いのです!」
アニアがポッポちゃんを抱きかかえてそう言うと、俺の言葉がわかるポッポちゃんも何となく状況が掴めたのか、アニアに体を擦り寄らせて「アニア、あたしがいるのよ!」と鳴いていた。何て出来る鳩なんだ……
部屋を出て少し進むと立派な廊下が現れた。そこを進んでいくと重く重厚なドアがある。エアの少し後方に陣取りながらドアに近づくと、大きな扉は側近達によって開かれた。
まだ昼の日差しが差し込む明るい部屋はとても広い。大きな丸い机が部屋のど真ん中に置かれている。一歩部屋の中に足を踏み入れると、エゼル陣営が最後だったのだと、席の埋まり具合で分かった。
「むっ、我々が最後か。これは失礼」
エアが軽く謝罪をしながら、それでもゆっくりとした足取りで席についた。その隣にレイコック様が座り、俺とアニアは後ろで待機をする。
すべての席が埋まると、部屋には静寂が訪れた。
そして、誰から話を切り出すのかという空気の中、エアが立ち上がり堂々とした態度で声を上げた。
「さて、黙っていても仕方がない。まずは自己紹介から始めるとしよう。私がエゼル王国国王エリアス・リンドフィールド。隣はレイコック侯爵だ」
いいねえ、いいねえ。若いが毅然としており、そして高潔さを感じさせる振る舞いだ。
思わずニヤリとしながらエアを見ていると、この場で既に着席していた他国の人たちも、その堂々とした様子ぶりに表情を変えた。
次に口を開いたのは、エルフの女性だった。年の頃二十代後半、実年齢は多分五、六十ぐらいだろうか。長い金髪を一つにまとめ肩から流し、額には草木をモチーフにしたサークレットをしている。
座っている場所は、俺たちエゼルの隣。人種的に位置的に樹国セフィの人だろう。
「リュシール・コルベールです。宜しくお願いします。エリアス王はお久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
どうやらエアとは知己のようだ。彼女の言葉にエアが軽く頷き返事をした。
……それにしても、エルフやはり美形だな。目を奪われるってレベルの美人じゃないぞ。俺がフリーなら、街で見かけたら後ろをついて行っちゃいそうだわ。
俺がそんな事を考えながらリュシールちゃんを見てると、彼女がこちらに向かってウインクをした。
ぐぉっ! 何だ、ドキッとしたぞ!
明らかに俺に向けてのウインクに、かなり動揺した。しかし、アニアの前でそれを見せるわけにはいかないので、表情を変えずに会釈を返した。……大丈夫だよな?
その後に続いた二人は、俺の知っている人物だ。
一人はラングネル公国大公。そして、カフベレ国王妃サリーマ様だ。大公は距離的に問題ないが、サリーマ様はかなり急いできたはずだ。
二人とも流石に場馴れしており、よどみない自己紹介を終えた。
サリーマ様の隣には、レニティ国の人間がいる。だが、この場では表に出る気がないのか、サリーマ様に紹介を任せていた。そう言えば、あの国は都市国家の集まりだったな。もしかしたら、役人のような立ち位置の人なのかもしれない。
だとすると、封建国家が主流のこの世界では、声を上げづらいのか?
そして、最後に立ち上がり挨拶をしたのは、側近と思わしき一人の老人を引き連れた、貫禄のある男だった。
「我がシーレッド王国、国王。シージハード・エステセクナである。今日この席についていただけたことまず礼をさせてもらおう」
正直、思っていた以上の貫禄だ。言葉や態度では礼をしているが、される方が頭を下げてしまいそうな雰囲気を与える。
どうやら、エゼルの前王だったアーネストとはレベルが違う相手らしい。
俺はそんなシーレッド王にそんな印象を持ちながら、彼から向けられた心を覗き込むような視線に会釈を返したのだった。
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