銀鼠の霊薬師

八神生弦

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10 不老不死

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「なんだって?白鬼びゃっきがこの町に?」


「ええ、薬売りの娘と一緒にね。売ってくれって言ったら“売り物じゃない”って断られちゃって」



 城下町を見下ろすように建てられた城でそんな話をしているのは、あの赤目の男と亡き城主の妻“山吹やまぶき”だった。
 山吹は酒を飲みながら月を見ていたが、男の話に眉をひそめ男を見た。
 男は、そのかたわらで壁にもたれて彼女を見下ろしている。


「……私が今一番欲しい物、あんた知ってるよねえ?」

「……不老不死の薬ってやつ?」

「分かってんじゃない」

 山吹は酒をくいとあおると、妖艶ようえんに笑う。はだけた着物から覗く白い鎖骨さこつから、胸元を月明かりがなまめかしく照らしていた。


「あんたが夫を殺してくれたお陰で、この城も財産も私の物になった事だし。あとはこの美しさを永遠に保つ薬があれば怖い物なんてないんだよ。若い、いい男に囲まれて楽しく暮らすのが私の夢なんだからさ」

 山吹はゆっくりと立ち上がると、男に近づく。

「白鬼の心臓は不老不死の薬になるっていうじゃないか」

 細く白い指を男のほほからあごにかけてゆっくり滑らせた。


「金はいくらでも払う。白鬼の心臓を私の元へ……。成功したら、あんたも私がかこってあげてもいいよ」 

 山吹は赤い唇を吊り上げ、くくっと笑うと酒のせいかふらつく足取りで自室へと消えた。


 その直後、男が咳き込んだ。
 口元を押さえていた指の間から、真っ赤な血が一筋流れ、床にポタポタと落ちる。彼は手の中の血液を見て、フッと笑う。


────気安く触るんじゃねえよ。


けがらわしい……」


 ぼそりと言うと、自分を照らす月を見上げた。









「どれでも好きなのを選べ」


 そう桔梗ききょうに言われ、古着屋で陳列された着物の前で白銀しろがねは腕を組んで悩んでいた。
 そして、ある着物の前で目を止めるとそれを手に取る。青紫が鮮やかな藤色の上着だった。


「それがいいのか?」

「……あ、いや。あんたが出す光の色に似てるなあと思って」

「ああ、……私の名の由来でもあるんだぞ」

 白銀が首をかしげる。

「花の名だ。見たこと無いか?」

 ふーんと、白銀は手にした着物に目を落とした。

「これにする」

「ん?いいのか?もっと色々……」

「俺が今までで一番綺麗だと思った色だ。これがいい」

 桔梗は驚いたように白銀を見た。そして、わずかに口元を緩ませると「そうか」と白銀からその着物を受け取った。

「店主。この着物に合わせて他見繕みつくろってくれ。歩きやすいのがいい」

 そういう桔梗は、心なしか機嫌が良さそうに見えた。






 今日も昨日と同じ場所に陣取る事にした。

「ん?今日は隣も薬屋か?」

 見ると、昨日桔梗達が店を出した場所の近くに一足早く薬屋が店を開いていた。
 店の男は小さい男の子と話をしているようだった。


「ほんとにその薬効くの?」

「ああ、勿論。これはひと月前に、ある霊薬師れいやくしが作った霊薬だ」


 店の準備をしている桔梗がピクリと反応する。

「母ちゃん高熱で苦しんでんだろ?これを飲めばすぐよくなるって」

 男は四角い陶器の瓶を男の子の前でチャポチャポと揺らした。

「本当だったら何十両ってする代物だが……母ちゃん思いの坊ちゃんの為に今持ってる金全部と交換でいいぜ」


「待て」

 男の言葉を、横で聞いていた桔梗がさえぎった。

「ちょっとその薬見せてくれないか?」

「なんだ、嬢ちゃん。この霊薬が欲しいのか?」

「霊薬なんて嘘もいいところだ。もし、本物だとしても、霊薬の効力はもって三日。ひと月も持つものではない」

「なんだって?」

 桔梗は瓶を男から奪い取り蓋を外すと、その匂いを嗅いだ。

「中身はちゃんとした薬のようだな?これで買い取ろう」

 言うと、男の手に小銭をちゃりんと落とした。男の子は桔梗の後ろで不安げにそのやり取りを見ている。

「おいおい、こいつは霊薬だぜ。こんな小銭で買えるもんじゃ……」

 男の目が大きく見開かれた。桔梗の指先から出た淡い紫色の光が薬瓶を包み込んでいたからだ。桔梗の背中が死角しかくとなり、男児には見えていない。


「あ、あんた……まさか霊薬師……」

 桔梗は立たせた人差し指を自分の口元に持っていき、「それ以上言うな」と無言で指図した。


「ほら、これを母親に持っていけ。心配するな、これを飲めばすぐに良くなる」

 男の子は受け取った薬をまじまじと見つめると、握りしめた金の入った巾着袋きんちゃくぶくろを桔梗に差し出した。が、桔梗は首を振り、手で優しくそれを押し返した。

「それで母親に美味い物でも買ってやれ」

 そう言うと、その子は何度も桔梗に頭を下げて走って行った。

 薬屋の男は、顔を青ざめながらいそいそと店じまいをするとあっという間にいなくなってしまった。




「あんな事も出来るんだな?」

 戻った桔梗に、一部始終を見ていた白銀が感心したように言った。

「こんな往来のど真ん中で身体を発光させる訳にもいかないだろう?それに解熱だけならあのくらいで十分だ」

 そう言いながら、昨夜作り足した商品を並べていく。

「この薬もそれで?」

 白銀は並ぶ薬を指さす。

「まさか、そんな事をしてたら身体が幾つあっても足りん。霊薬は完全受注生産だ」

「……なんか、少し顔色悪くないか?」

「力を使うと体力も削られるんだ」

 そこで思い出した。祖父を助けるために力を使った桔梗がその後倒れた事を。



「あ、いたいた。薬屋さん‼」

 そんな話をしていると、一人の女が声をかけて来た。

「あんたのとこで買った薬、よく効いてね。また買いに来たよ」

「毎度」

「あ、今日もいて良かった。昨日の薬あと十日分くれ」

 次々と客が立ち寄り、あっと言う間に人だかりが出来た。
 話を聞くと、桔梗の薬が今までのどの薬より効いたのだとか。その噂が更に客を呼び、店の前から人が途絶える事が無かった。
 客が珍しさから白銀に話しかけたりもしたが、彼は無愛想に答えるだけだ。あの山での経験上、人間に対する嫌悪けんおを拭う事は容易ではないのかもしれない。



 唐突に白銀の肌が泡立った。背中から冷水を浴びせられたような感覚。
 これには覚えがある。

 白銀が視線を走らせると、人垣の隙間の向こうに“それ”は居た。
 肩まで伸びたゆるいくせ毛の隙間すきまから、深紅の目をスッと開けてこちらを見ている。昨日と同じ、薄い笑みをたたえながら。


「…………」


 向こうもこちらの視線には気づいているはずだ。


────俺の心臓が狙いか?


「すぐ戻る」


 白銀が立ち上がり、人の壁をかき分ける。

「どこへ行くんだ?」

 桔梗の問いには答えず、白銀はすたすたと行ってしまった。




 少し目を離した隙に、先ほど男が立っていた場所には誰も居なくなっていた。
 だが、彼の特有の匂いは残っている、それを辿たどって行くと人通りのない狭い裏道へと出た。


「凄いね君。嗅覚が犬並みだ」


 長身の身体を壁にあずけ、あの男は立っていた。


「ああ、あんたの血の匂いで鼻が曲がりそうだ」


 白銀の言葉に、男はクックックと肩を揺らして笑い、長い指で自身の顎をさすった。

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