銀鼠の霊薬師

八神生弦

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11 対峙

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「あんた、俺の心臓が欲しいんだろ?」

「うん、分かってるじゃない」

「不老不死の薬の為か?残念だったな、あれ迷信だとよ」


 白銀しろがねの言葉に、男は口角こうかくを更に引き上げる。

「まあ、そうだろうね。不老不死なんて、夢物語な話あるわけ無いよねえ」

 「でもね」と続け、それまで細めていた目を薄く開ける。

「僕が依頼されたのは、あくまで君の心臓であって、不老不死の薬じゃないんだ。意味、分かる?」


「…………」


 成程なるほど、薬の有無うむとは関係なく、心臓をる気か。
 白銀の背に、ぴりりと緊張が走る。
 男はたずさえた日本刀に手をかけると、一気に間合いを詰めそれで白銀の首めがけて横に切りつけた。
 白銀はのけぞり、やいばをぎりぎりでかわし後ろへ飛びのく。


「いいね、普通の人間よりやりがいがありそうだ。大丈夫、殺しはしないよ。生きたままじゃないとすぐ腐っちゃうでしょ?」

 男は間髪かんぱつ入れず何度も刀で切りかかるが、白銀もすんでの所でかわしていた。だが、速さはわずかに向こうの方が上のようで、だんだん余裕が無くなってくる。
    チリッと刃が白銀の髪をかすめる。銀色の髪が何本か切れ宙に舞った。
 たまらず上に飛び、白銀は民家の屋根へと避難した。


「────っ⁉」


 白銀が上に逃げると同時に、急に男の周りが煙に包まれた。


「チッ……なんだ?」


 男は軽く舌打ちすると、煙の向こうに人の気配がした。
 男が目を凝らす。
 徐々に晴れる煙の向こうに居たのは弓矢を構える若い女だった。
 矢の先は男をとらえている。


「おや、君は……」

「桔梗っ⁉」

 何で来たんだという顔の白銀をちらりと見た後、桔梗は赤目の男を睨む。

「何者だ?お前」

「桔梗っ駄目だ‼そいつに近づくなっ‼」

 白銀の言葉を聞きながら、「答えろ」と強い口調で言うと、ギリリと更に弓を引き絞った。


「知りたい?」

 矢の先が自分を捉えているというのに、男は全く気にしていない様子だ。


「僕の名前は“くろ”。殺しを生業なりわいにしている」


 玄と名乗った男の身体がゆらりと揺れた。

「動くな‼」

 ただ立っているだけなのに隙が無い。桔梗の額からツっと汗が伝って落ちた。


「いやあ、それ刺さったら痛そうだし今日のところは帰るよ。じゃあね」

 玄は白銀とは反対の家の屋根に飛び乗ると、あっという間に見えなくなった。

 男の姿が見えなくなった事で、桔梗はふうとため息をつくと弓矢を下ろした。

「怪我はないか?」

 桔梗が屋根の上に声をかけると、白銀は険しい顔で桔梗を見下ろしていた。









 宿に着いて夕飯時になっても、白銀はずっと黙り込んだままだった。
 好きな天ぷらも黙ってもそもそと食べているので、痺れを切らした桔梗が話しかけた。


「白銀」


 静かな部屋に桔梗の声はやけに響いた。

「ずっと黙りこくってどうしたんだ?私が何か怒らせるような事をしたか?」

「…………」

「黙っていても何も分からんだろう?」

 白銀は持っていた箸を箱膳はこぜんの上に置くと、膝の上に両手を置いた。うつむき加減の顔は神妙な面持おももちである。


「動けなかった……」

「何の話だ?」

 膝に置いた手をグッと握りしめ、白銀は桔梗を見た。

「あの時……‼あんたが危ないと思って助けなきゃって思ったのに……屋根から……降りれなかった……」

 悔しそうに言い、再びうつむいてしまう。
 あの赤目の男と対峙たいじした時の事を言っているのだろう。桔梗は「ああ」と小さく呟くと自分も箸を置いた。


「恐かったんだな?」

「それはっ……‼」

 桔梗の言葉に白銀は言葉を詰まらせた。


「……それでいい」

「は?」

「あの男は殺しを生業としていると言っていた。お前、人をあやめた事が無いだろう?そんな奴が殺しの専門家相手に敵う筈が無い。生きていく上で“恐怖心”というのも大事だ。お前が無謀に、勝てん相手に挑むような馬鹿じゃなくて安心した」


 白銀は初め、何を言っているんだという顔をしていたがその表情は呆れた顔に変わっていく。

「何言ってんだ?下手したらあんたが殺されてたかもしれないんだぞ⁉」

「その時はその時だろう?」

「でも、俺はあんたの護衛で……」

「護衛を頼んだ覚えは無い」

 ぴしゃりと言う桔梗の顔を白銀は驚いた表情で見た。

「約束してくれ。私の為に自分を危険に晒さないと。危険を感じたら、私に構わず逃げろ」

「…………」

 桔梗の切れ長の目が真っすぐ白銀を見る。何か言い返そうと思ったが、その真摯しんしな眼差しに何も言えなくなってしまった。









 翌日。


「今日も暑くなりそうだな」

 朝から雲一つない空を見上げ、桔梗は眩しそうに目を細めた。
 白銀はその後を黙って付いていく。


「お」


 商店街を歩いていると、ある店の前で立ち止まった。

甘味かんみ屋があるぞ」

「かん……み?」

「入ろう」

 桔梗が迷う事無く店内へと入って行ったので、甘味屋の意味を知らない白銀だったが仕方なくその後に続いた。


「いらっしゃい」


 薬売りが白鬼びゃっきを連れているという噂がこの店にも届いているらしく、店の人間も白銀を見て一瞬驚いた顔をしたものの、何事もなく席へと通した。


 キョロキョロと店内を見まわす白銀に、「甘味は初めてか?」と訊くと店の者に「わらび餅ふたつ。あと茶も頼む」と注文をした。


「何だ?これは……」

 わらび餅が運ばれてくると、白銀は黄色い粉をまぶされた得体のしれない物体をまじまじと見つめた。

「美味いぞ」

 桔梗は一緒に運ばれてきた黒い液体をとろりとかけると、竹の爪楊枝でそれを口に運んだ。
 白銀も恐る恐る桔梗を真似て食べてみると。

「────っ‼」

「な?美味いだろ?」

 香ばしい粉ととろりとした甘味。
 そのむっちりとした食感に恍惚こうこつとなる。気が付けば器のわらび餅はあっという間に無くなった。それを見た桔梗は、微笑ましいものを見るような顔をして白銀の分のわらび餅を追加で注文した。


「あのさ、ひとつ聞きたいんだけど」

 口元を粉だらけにしながら白銀が言った。

「この町出なくていいのか?逃げた方がいいんじゃないか?」

「初めは私もそう思っていたんだが……」

 桔梗は茶を一口飲んでから続けた。

「私達がこの町を出たとして、あの赤目の男が諦めると思うか?」

「…………」

 確か、依頼をされたと言っていた。桔梗の言う通り、依頼を達成するまで執拗しつように追って来る可能性は十分あるかもしれない。

「下手に動くより、この町に居た方が人目がある分向こうも動きづらいと思うんだ。それにな、その依頼主とやらを知りたい」

「知ってどうするんだ?」

「その依頼主を説得してみよう。私が霊薬師だという事を明かして、不老不死は不可能だとさとせば諦めてくれるかもしれない」

「そんな上手くいくか?」

「やってみなけりゃ分からんだろ?」

 そんな事を話していると、近くに座る女達の会話が耳に入って来た。


「あのお城の城主様、殺されたって噂だけど……ほんとなのかねえ」

「ああ、私もそれ聞いた事あるよ。何でも青柳あおやぎ様の奥様が誰かに殺させたとか……」

「あくまで噂なんだろうけど、あの奥方なら何か納得だわぁ」

「どういう事だい?」

「今はあの奥方がお城を仕切ってるらしいんだけど、女中はみんな辞めさせて若い男、はべらせてるみたいよ」

「へえ……」

「で、ここからがちょっと怖い話なんだけど……辞めさせた女中の中で若くて綺麗な子だけ行方不明なんだって。噂だと、奥方は若さを保つためにその女達の血を浴びてるとか……」

「それってほんとなのかい?不老不死の薬だっけ?それに大金払うってふれまわってるのは聞いた事あるけどねえ……ってもうそろそろ行かないと」

「ほんとだ、すいませんっ‼お勘定っ」


 女達がばたばたと店の外へ出ていく。
 白銀は、それを黙って聞いていた桔梗を見た。


「おい……今の話って」

「ああ、今から行こう。青柳城へ」

 桔梗はそう言うと、わずかに口角を上げた。
 
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