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33 条件
しおりを挟む────さすが鬼の王。
玄は背筋に薄ら寒さを感じていた。
けして低くはない身長の白銀や玄より、頭ひとつ分大きいその体格もそうだが。
何より他の鬼とは比べ物にならない程の……。
────これはまともにやり合ったら勝てる気がしないねえ。
今のところ、向こうは此方をどうこうしようとは思っていないようだが、いざという時、果たして桔梗を守り切れるだろうか。
その傍らに立つ白鬼に目をやると、相変わらず怪訝な表情で桔梗を見つめていた。
桔梗の目は、ずっと鷹呀の隣に立つ白鬼の青年に釘付けだった。
白銀よりは短く切られた髪は、確かに見事な銀糸で大きめな瞳は金色と、白鬼の特徴そのままだ。
赤と黒の衣服の鷹呀に対して、白地に青い糸で刺繍の施された衣装の彼はどことなく知的な印象を受ける。
鷹呀はそんな彼の肩に手を置くと、その青年を見た。
「あの満月の夜以来だな。どうだ? 久しぶりに姉に会った感想は」
青年の目が大きく見開き、その口がゆっくりと開いた。
「……姉……さん?」
初めて聞く弟の声。すっかり声変わりをしたその響きに胸の辺りが熱くなる。たった五年しか経ってないのに、もう大人の男だ。
二人の背に守られていた桔梗は一歩足を進める。それに気がついた白銀と玄は、警戒しつつも左右に分かれ桔梗を行かせた。
「大きくなったな」
見上げなければ、顔を見ることが出来ないほど成長した弟にかけた声は少し震えていた。
「名を教えてくれるか?」
「……蘇芳」
彼は、戸惑いながらも答える。
「す……おう?」
名を聞いた桔梗の顔に笑顔が浮かぶ。
目にはみるみる涙が溢れた。
「そうか、蘇芳か。その名が聞きたくて、お前を探していたんだ」
「…………」
蘇芳は息を飲んでその顔を見つめる。
「聞けて良かった」
泣き顔を見られたくなくて両手で顔を覆うと、遠慮がちに蘇芳が訪ねる。
「恨んでないのですか? 私は貴女の家族をこの手にかけたのに……」
「それはこっちの台詞だ。お前があの暗い牢で過ごしていた時、私は何もしてあげられなかった」
「それは……っ!!子供だったから仕方が無いじゃないですかっ」
「いや、あの時もっと何か出来たんじゃないかと……ずっと後悔していたんだ」
「姉さん……」
「お前は蘇芳が不幸だったと思っているのか?」
会話に割って入ったのは鷹呀だ。
彼は腕を組んで桔梗を見ると、ふんと鼻で笑う。
「何が言いたい?」
「確かに、こいつは産まれた時から牢に幽閉され、劣悪な環境で育った。お前の父親が、母親に暴力を振るうのを震えて見ていた夜もあったらしい」
「…………」
「だがな、こいつには愛してくれる母親が居た。それに比べてお前はどうだった? 産まれた時から霊薬師として扱われ大事にはされただろうが、……果たしてそれは愛情だったか?」
桔梗の表情が悲しげに曇る。
祖母は優しくしてくれたが、その瞳の奥にはいつも畏怖の色があった。
父に関しては、自分を大事にしていたのは家の為だという事はなんとなく気づいていた。
頭を撫でられたり、手を繋がれたりした記憶も無い。
なぜか家の者は自分に触れるのを避けていた気がする。
────ああ、分かってたさそんな事くらい。……私は。
「お前は」
鷹呀は目をスッと細め、ニヤリと笑う。
まるで、桔梗を責めるのを愉しんでいるようだ。
「母親どころか、誰からも愛されていなかった。可哀想にな……」
“ザッ”
突然何者かの手が鷹呀の肩を掴んだ。
桔梗が驚いて声をあげる。
「白銀っ!!」
険しい表情の白銀が、今にも噛みつきそうな勢いで鷹呀の肩を掴んでいた。
「やめろっ!!何なんだお前っ」
白銀の指が、ぎりりと肩に食い込む。
「鷹呀様っ!!」
「角無の分際でっ!!その手を離せっ!!」
周りの鬼達が武器を手に、白銀に襲いかかろうとした時だった。
「動くな」
静かな声とともに、銀色の刀身がすらりと鷹呀の首にかかる。
いつの間にか日本刀を抜いた玄が鷹呀の背後に回り込んでいた。
「それ以上の主への無礼は許さないよ。鬼の王」
抑えた声だが、微かに怒気を孕んでいる。
王の喉元に刃物が突きつけられたことで、鬼達はそれ以上動けなくなった。
その場に緊張感が走る。桔梗の背中がぴりりと痛んだ。
「ふっ……」
沈黙を破ったのは鷹呀だ。彼は愉快そうに肩を揺らしてクックッと笑う。
そして自分の肩を掴む白銀の手首を掴むとぎりっと力を込めた。
「──痛っ!!」
凄い力だ。骨がギシギシと軋む、これ以上力を入れられたら、砕けてしまいそうだ。
痛みに、白銀の顔が歪んだ。
「やめろっ!!」
桔梗が咄嗟に白銀と鷹呀の間に入り、その手を引き剥がそうとする。女の力ではどう考えても無理だろうが、鷹呀はあっさりと手を離した。
ホッとした桔梗は、鷹呀の背後にいる玄にも「よせ」と言うと彼も渋々ながらも大人しく刀を納めた。
「悪い悪い、美人を見るとつい苛めたくなる。俺の悪い癖だ」
「父上……」
蘇芳は呆れた顔で父親を見た。
白銀と玄は、再び桔梗を守るように背に匿い、最初より警戒心を一層露に鷹呀を見ている。
「さて、本題に移ろうか」
「本題?」
何の事かと桔梗が眉を顰めた。
「俺がわざわざここでお前達を待っていたのは理由がある。……霊薬師よ」
鷹呀が広角をニッとつり上げ、不遜に笑う。
「一晩、俺の相手をしてもらおう」
「……何だって?」
桔梗は耳を疑った。
一晩相手をしろと聞こえたような気がしたが……?
「もっと分かりやすい言い方が良かったか? 俺に一晩抱かれろ、と言ったんだ」
すかさず玄が日本刀に手をかける。腰を落とし、居合いの構えで鷹呀を見据えた。
不愉快さに顔を曇らせる桔梗を、白銀が鷹呀から隠すように背で庇う。
「珍しい女を抱くのも俺の趣味でな、霊薬師が産まれたと聞いた時幼いお前をひと目見ようと遙々出向いた。その時お前の母親に会ったんだ、あいつは俺をひと目で気に入ったようでな、一晩だけ抱いてやった」
母はその時に蘇芳を身籠ったのかと桔梗は思った。いや、それよりも。
「お前が幼い時から、俺は目をつけていたんだ。美しく成長してくれて俺は嬉しいぞ」
ぞわりと、背筋に冷たいものが走る。
これ以上ここに居たくないと切実に思った。
「もう行こう、桔梗。これ以上ここに居ると、俺が何をするかわからない」
「同感だね。何ならここで皆殺しにしてやってもいいとさえ思ってるよ」
桔梗の心境を察してか、この場から桔梗を連れ出そうとするふたりに鷹呀は「まあ、そう急くな」と嗜めるように言う。
「ただでとは言わん。条件を出そう」
「どんな条件だろうが、駄目に決まってんだろ?」
噛みつく白銀に、鷹呀はフッと笑うと見透かすような目で金色の目を見据えた。
「そこの霊薬師の寿命を延ばす方法を教える……と言っても?」
「なん……だって?」
白銀は虚をつかれたようにその場に立ち尽くした。
それは他のふたりも同じだったようで、言葉を失っている。
「一晩その身体を俺に貸せば、そこの霊薬師が今の寿命以上に生きられる術を教えてやろう。どうだ? 悪い条件じゃなかろう?」
「信用できないね。お前がそれを知っているという証拠は? 後で虚言だったと言われたら?」
確かに玄の言う通りだ。
彼が本当にその方法を知っているとは限らない。
「そんなものは無い。信用できんならそれでも構わん。力ずくでも抱くし、そうなればその術もお前達は分からんままだ。俺も嫌がる女を犯す趣味は無いんでな、できれば同意の上でヤりたいだけだから、どっちでもいいぞ俺は。ああ、言っておくがお前達ふたり、威勢は認めるが俺の足元にも及ばん。命は大事にするんだな」
「さあ、どうする?」と、鷹呀は勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべた。
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