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銀鼠の霊薬師 番外編
3 淡い想い
しおりを挟む「ほ……本当にいいの?」
翌日、玄は菖蒲を古着屋へ連れて行くと朱い着物を買ってくれた。
「そんなボロ着てたら、どこも君を雇ってくれないだろ? さあ、奉公先が見つかれば自由な時間は無くなるから、今のうちにやりたい事をやっておこう。どこか行きたい所はあるかい?」
「…………」
行きたいところ……と問われて、菖蒲はすぐに頭に思い浮かんだものがあった。
「……あの、……甘いものが食べたい」
遠慮がちに言ってみる。
兵助は機嫌の良い時だけたまに饅頭を買ってくれた。あの口に入れた時に広がるなんとも言えない甘みの余韻は翌日まで残っていたものだ。
一度でいい、もう沢山と言えるまで食べてみたかった。
「うん。じゃあ行こうか」
歩きだす玄の後を菖蒲は追う。
“お前のような餓鬼がこの先どうなろうが僕の知ったことじゃない”
昨日の夜、玄が菖蒲に言った言葉だ。あれはあれで本心だったのだろう。……が、菖蒲の腕の傷を見て彼はその態度を変えた。それに、あれから少しだが物腰が柔らかくなった。
同情……だろうか。
案外、情に流されてしまう男なのかもしれない。
臙脂色の背中を見上げながら、菖蒲はそんな事を考えていた。
「はい、お待ちどう様」
甘味屋に入ると、玄はひと通り注文してくれた。それが卓に並ぶと菖蒲は目を見開き、大きく息をつく。目の前には団子やぜんざい、わらび餅。食べたことの無い甘味が並んでいる。
「好きなだけ食べなよ」
「……いただきます」
手を合わせ、まずは目の前のぜんざいをすする。小豆の風味と甘さが口の中いっぱいに広がり思わず笑み溢れた。
そんな菖蒲の様子を、玄は緑茶をすすりながら眺めている。
彼はあまり表情を変えない。
たまに口元を緩める時はあるが、大体が貼り付けた笑みを浮かべているか無表情だ。
何を考えているのかその様子から伺うことは難しい。が、菖蒲が働き出すと自由のきかない身体になることを見越して、こうして甘味屋に連れてきてくれたこの男は、見た目より優しい人間なんだろう。
この人に付いて来て良かった。
そんな事を思いながら、最後の団子に手を伸ばした。
「ごちそうさま」
手を合わせた菖蒲は、お腹をさする。こんなに沢山甘いものを食べたのは初めてだ。
既に勘定を済ませた玄が立ち上がると「行こうか」と菖蒲に声をかけ外に出た。
「さて、腹ごなしに少し歩こう」
特に会話もなく、町の通りを歩く。
玄はあまり菖蒲と話をしようとしない。どうせ、すぐ別れる事になるからなのか、玄自身が無口なのか。
そんな事を考えていると、露天のひとつに目が留まる。その店先には、櫛や簪が並んでいた。
玄は菖蒲の目線に気が付いたのか、足をその店に向けた。商品を眺めながら「どれか買ってあげよう」と言ってくれたが、流石にこれ以上甘える訳にはいかない。首を振る菖蒲に、玄は自分の顎を長い指でさするりながら商品を見渡すと、簪をひとつ手に取った。
それは、柘の木で桜の花を彫った可愛い簪だった。彼はそれを菖蒲の髪にあてがうと「うん、これにしよう。包んでくれ」と店主に言い代金を払う。
「ほら」
手渡された物を菖蒲はまじまじと見つめた。包んでいる和紙も、綺麗な桜色だった。
「あ……ありがとう。大事にするよ」
誰かに贈りものをされたのなんて初めてだった菖蒲は、感動のあまり目が潤む。そんな彼女を、少し驚いたように見た玄は真紅の目をスッと細め「ああ」と微笑んだ。
瞬間、菖蒲の心臓が大きく鳴った。
玄の大きな手が、菖蒲の頭に優しくぽんと乗るとすぐに離れる。歩きだすその背中を菖蒲は動けないまま暫く見つめていた。
※
宿屋に戻ると、店主が玄を見つけるなり声をかけてきた。
「旦那、昨日の話だけどね。奉公人が欲しいってとこ、二つ程見つかったよ。これ、そこの場所ね」
店主は何やら書かれている紙を玄に渡すと、彼は「ああ、すまないね」と受け取った。
その日も風呂に入った後、夕飯を食べ玄と布団を並べて床につく。
菖蒲は玄に買ってもらった簪を大事そうに胸に抱きながら、中々眠れずにいた。
あれから、何故か胸の鼓動が収まらない。同時に、明日には玄と別れなければと思うと気分が沈んだ。
──離れたくないな……。
隣で背中を向けて寝息をたてる玄の後頭部を、菖蒲は瞼が重くなるまでずっと見ていた。
※
翌朝。
朝食の後、早速その奉公先を訪ねることにした。
店主に渡された紙を頼りに歩いていた玄は、ちらりと菖蒲に目をやる。
朝食の時から若干元気が無いように見えたが、今も俯きがちに歩いている。
「……緊張してるのかい?」
声をかけられ、菖蒲はびくりと肩を震わせた。
緊張もあるかもしれない、でもそれ以上に玄と別れるのが嫌だった。昨夜からその事を言おうかと、喉まで出かかった言葉を何度も飲み込んでいた。
それが自分の我儘で、その事で玄を困らせるというのはわかっていたから。
「ここだね……」
そこはそこそこ大きな屋敷だった。門の手前で玄が中を覗き見ると、「何か用かい?」と箒を手にした老人が訝しげな表情で近づいてきた。
そして、玄の後ろに立つ菖蒲に気が付き、値踏みをするように上から下まで見た後玄を見上げる。
「ひょっとして、奉公の?」
「ああ、ここの主人は居るかい?」
老人は「ちょっとここで待ってておくれ」と言うと奥に引っ込んでいった。
菖蒲は不安な表情で玄を見上げると、彼は無言で老人が歩いていった方向をている。
「……あ、あの」
菖蒲が口を開くと、玄はハッとして見下ろしてきた。菖蒲が玄の正面に立ち、玄を見上げた。
「最初は何だか冷たくて怖い奴だと思ったけど……こんなに、私の為に親切にしてくれた大人は初めてだった。その……色々と……」
菖蒲は深々とお辞儀をした。
「ありがとう」
頭を上げ、玄を見上げる。
彼は驚いた顔で菖蒲を見下ろしていた。
「……ああ、うん。もう他人の物を盗んだりするんじゃないよ?」
「……わかった」
言うと、菖蒲は自分の小指を差し出す。
その意図を理解した玄は、口元を緩めるとその場にしゃがみ菖蒲と視線を合わせた。そして、自分も右手を出すと骨ばった綺麗な小指をすっと立て菖蒲の小指に絡める。
「指切りだ。破ったら針千本だよ?」
絡められた玄の小指の熱を感じながら、菖蒲は玄の言葉に黙って頷いた。
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