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銀鼠の霊薬師 番外編
7 かんざし
しおりを挟む「違う、そうじゃない。……ああ、そう。そうしたらそこでまとめて……」
「うーん……。結構むずかしいんだね……」
背中で桔梗と玄の会話を聞きながら、菖蒲は目の前の鏡に映る自分の姿を眺めていた。
玄が、髪の毛の結い方を桔梗に教わりたいと言い出したのが事の発端だ。あまり自分の容姿に頓着しない菖蒲に、せめて髪の毛だけでも綺麗に結ってやりたいと思ったのだろう。
「まあ……初めてにしては、そこそこ出来たんじゃないか?」
苦笑いをしながら、鏡を覗き込む桔梗の目に映ったのは、肩より少し長めの髪をなんとか後ろでまとめられてはいるが、ところどころ髪の毛が飛び出し、襟足も後れ毛だらけの菖蒲の姿だった。
「何度もやっていれば上達するさ。どれ、私が直してやろう」
そう言って手を伸ばした桔梗の手を、菖蒲は両手で頭をかばいそれを拒む。
「いいっ‼これでいいっ‼」
「いや……僕に気を遣わなくていいよ。直してもらいなよ」
申し訳無さそうに頭を掻く玄に、菖蒲は「だって、玄が一生懸命結ってくれたんだもの」と嬉しそうに笑う。そんな菖蒲に、玄は一瞬驚いたが、「精進するよ……」と照れた顔を隠すようにそっぽを向いた。
慣れないながら、必死に結ってくれた玄の作品を直ぐに崩すのは勿体なかったし、何より玄の気持ちが嬉しかった。
そんなふたりの様子を、桔梗は微笑ましそうに見ていた。
「あ、そうだ。これも!!」
菖蒲が懐から一本の柘でできた簪を取り出し、玄に差し出す。
「これ……」
「ほう、綺麗な簪だな」
「玄に買ってもらったんだ」
桔梗が玄を見た。
そんな彼女の視線に気が付かないふりをしながら、玄は自分の後頭部を掻きながら簪を受け取る。
「これを髪に挿せばいいの?」
「待て、玄。そんな垂直にしたら頭に刺さる。斜めに挿すんだ」
桔梗に言われた通り、玄が慣れない手付きで何とか髪の毛に簪を挿し入れると、菖蒲は再び鏡を覗く。そこに映った自分の姿に満足げに微笑んだ。
炊事場から、夕飯のいい匂いが漂って来る。
「私、白銀の手伝いしてくるっ!!」
その匂いに気がついた菖蒲は、言葉と同時に炊事場へと早足で向かった。手伝いとは名ばかりのつまみ食いが目当てだろう。
暫くすると、やはりつまみ食いをされたのか呆れながら菖蒲を窘める白銀の声が聞こえた。
「お前、女に簪を贈る意味を知っているのか?」
「……意味? 知らないよ。欲しそうだったから買ってやっただけだもの」
「……そうか」
この男。ものを知っているようで、どうもこの手の事には疎いらしい。
贈られたほうの菖蒲は、意味を知っているのだろうか。
※
「やっぱり白銀が作る料理は美味しいな」
鍋の中の芋の煮付けを、行儀悪く箸で刺しつまみ食いをする菖蒲は、手際よく野菜を切る白銀を見た。
この家では、桔梗が料理が苦手な為炊事全般を白銀が担当しているようだ。
「何か手伝う事ある?」
口をモゴモゴと動かしながら問う菖蒲に、やれやれと小さく笑いながら白銀は指を指す。
「そこの鰹節をかいといてくれ」
「任せて」
菖蒲は用意されていた鰹節を手にすると、台の上にある削り箱を引き寄せ削り始めた。
「手、怪我するなよ」
「大丈夫」
いつだったか、同じように桔梗に頼んだのだが、手元が狂ったのか削り箱の刃で怪我をした事があった。
菖蒲に怪我をされたら、玄に何を言われるかわからない。彼が怒ると厄介なのはよく知っていた。
「初めてにしては、上出来じゃないか?」
玄が試行錯誤しながら、菖蒲の髪をひとつに束ねている様子を白銀は途中まで見学していた。
鰹節を削る度に揺れる後れ毛を見ながら、玄は案外不器用なんだなと思い苦笑いを浮かべる。
そして、ふと柘で出来た簪が目に止まった。
「その簪、お前のか?」
見覚えが無いそれは、桔梗の私物ではなさそうだ。
「うん、出会った時に玄が買ってくれた」
「……へえ。綺麗だな」
率直な感想を言うと、菖蒲は嬉しそうに「へへっ」と笑う。
──男が女に簪を贈るのは、特別な意味があるんだ。
以前、桔梗が教えてくれた。
一生を共に歩みたいと思う相手に渡す物らしい。
いわば、男が女に求婚をする時に贈るのだ。
その意味は「貴女を守ります」。
──いや、まあ父親代わりという意味なら間違っちゃいないんだろうけど。
白銀はうーんとひとり首を傾げながら、途中まで切っていたまな板の上の大根へと視線を落とした。
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