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銀鼠の霊薬師 番外編
8 寒い夜は
しおりを挟む「今夜はやけに冷えるね」
並べて敷いた布団に潜り込み、その冷たさに身体を丸め暖まるまでじっと目を閉じていた菖蒲の耳に、そんな玄の声が聞こえた。
菖蒲が布団から顔だけ出して玄を見ると、彼は自分の布団をめくり「隣においで」というように枕をぽんぽんと叩く。
「え……?」
驚いた菖蒲がどうしていいか分からず動けずにいると、「一緒の方が暖かいでしょ?」としれっと言う。
──玄と同じ布団で寝る?
途端に菖蒲の心臓が煩く鳴り出す。
菖蒲の想いに気づいていない玄にとっては、なんて事はない父親が子供と一緒に寝るのと同じ感覚なのだろう。が、菖蒲からしたら大変な事だ。
「……嫌ならいいけど」
一向に動こうとしない菖蒲の反応に拒否されたと思ったのだろう、玄は布団をかぶりごろりと背中を向けた。
「…………」
布団から覗く玄のくせ毛ぎみの後頭部を見ながら、菖蒲は迷っていた。
せっかく、玄と身体を寄せ合って寝られる機会を逃すのは実に勿体ない気がした。それに、菖蒲に拒絶されたと思った玄は二度と誘ってはくれないだろう。
今ならまだ間に合う。
意を決して行こうとするのだが、どうも身体が動かない。自分から向こうの布団に行くのが恥ずかしい。
菖蒲は暫く玄を見ていたが、諦めたようにため息をつき、自分も玄に背を向ける。勇気の出ない自分に落胆しながら、まだ暖まらない身体を丸めた。
玄が言うように、今日は冷える。
風が吹く度に家がかたかたと音を立て、益々寒く感じた。
不意に小さなくしゃみが出た。
直後、寒気が襲い身体がぶるりと震える。
兵助と暮らしていた頃は冬も板の間に茣蓙と薄い布団一枚の簡素なものだった。寒さには慣れたと思っていたが、ここでふかふかの布団で寝るようになってからすっかり寒さに弱くなってしまったようだ。
すんと鼻をすすった時だった。
「だから言ったじゃないか」
玄の声が背後でしたかと思うと、同時にするりと菖蒲の布団の中へ入り込んできた。
「──っ⁉」
「ほら、こうすればお互い暖かい」
身体を引き寄せられ、菖蒲の背中に玄の身体が密着する。
突然の玄の行動に驚いた菖蒲の身体がこわばる。寒くて眠れないどころではない。玄に自分の心臓の音が聞こえてないか気が気ではなかった。
暫く動くこともできずじっとしていたが、そんな心配をよそに後ろからは玄の静かな寝息が聞こえてきたので菖蒲はゆっくりと呼吸を整えた。
起こさないように、自分を抱き寄せる玄の手にそっと手を添えてみる。暖かい大きな手。
骨ばってはいるが、細身のしなやかな彼の手を菖蒲はいつも綺麗だなと思いながら見ていた。
じんわりと玄の体温が背中に伝わる。先程よりは落ち着いてきた自分の鼓動を感じながら菖蒲は目を閉じた。
※
翌朝、菖蒲は誰かの話し声で目が覚めた。一緒に寝ていたはずの玄は既に布団には居なかった。その事に、少し寂しく感じつつもどこかホッとしながら、先程から聞こえてくる話し声に耳を澄ました。
どうやら、玄と白銀が玄関の前で立ち話をしているようだ。
布団から出ると途端に冷たい空気が肌に触れ、菖蒲はたまらず身震いする。近くに畳んでおいた上着を羽織り玄関へと急いだ。
「お、おはよう菖蒲」
引き戸を開け家から顔だけ出した菖蒲に気がつき、白銀は白い歯を見せ笑った。
「おはよう……」
朝日を背にした白銀の銀色の髪の毛がきらきらと光って見え、菖蒲は目を細めながら彼を見上げた。
白銀は背中に大きな荷物を背負っている。きっと里を下りて桔梗が作った薬を売りに行くのだろう。
彼らはそうやって生計を立てている。
「暫く留守にするから、その間桔梗のこと宜しくな」
「ああ、道中気をつけて。どのくらいで帰るんだい?」
「四、五日ってとこかな。青柳の城の町だからそう遠くない」
それを聞いた玄は「ああ」と言って腕を組んだ。
「あの城下町か。懐かしいな」
目を細め顎に手を添える。その口元は楽しそうに笑っていた。そんな玄を、菖蒲は不思議そうに見上げ、それに気がついた玄は「僕たちが出会った場所なんだ」と教えてくれた。そして。
「いつか連れてってあげるよ」
そう言って微笑んだ。
「白銀っ‼」
その時、白銀を呼ぶ声がしたので三人同時にそちらへと視線を向けた。
その視線の先に立つのは、白い息を吐きながら白銀を睨む桔梗だった。
「あれ? 桔梗」
「“あれ? ”じゃないだろう? 黙って行くなんて酷いじゃないかっ」
「いや……気持ちよさそうに寝てたから、起こすのも可愛そうだなって思ってさ」
成る程、目が覚めてすぐ走って来たのだろう。寝間着のままで髪の毛も乱れている。いつもの凛とした桔梗の姿とはだいぶ印象が違っていた。
走って来たせいで息を整えていた桔梗だったが、唖然と自分を見ている菖蒲と玄に気がついた。と同時に、寝巻き姿のままだという事を思い出したのか、寒さと恥ずかしさで両腕で自分の身体を隠すように抱きしめた。
その様子に玄は小さなため息をつくと、自身の羽織っていた上着を脱いで桔梗の肩にその身体を包むように掛けてやった。
「風邪ひくよ?」
「……すまない」
そんな桔梗に、白銀が歩み寄る。それに気づいた桔梗は彼を見上げた。
「悪かった。もう黙って行ったりしないから。……玄」
「ん?」
「朝飯。みんなの分作ってあるから食ってくれ」
「いつも悪いね。桔梗ちゃんのことは心配しなくていいから。安心して行っておいで」
玄の言葉に白銀はふっと頬を緩めた。そして、桔梗をそっと抱き寄せる。
「行ってきます」
「ああ、気をつけて」
桔梗も白い手を白銀の背に回しぎゅっと抱きしめた。
きっと……。
白銀が薬を売りに出かけて行く時、ふたりはいつもこうして別れを惜しんできたのだろう。
菖蒲は抱き合うふたりを見つめながら、そんなことを思っていた。
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