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銀鼠の霊薬師 番外編
13 微かな変化
しおりを挟む「桔梗ちゃん」
居間で調合した薬草の粉末を、薬包紙に小分けにしていると、ガタリと玄関を開けて玄が声をかけてきた。
「菖蒲、見なかった?」
「いや、見ていないが……」
桔梗は手を止め答えると、玄は「そっか」と宛が外れたというように頭を掻くとふらりと何処かへ立ち去った。
「あれ? 今、玄の声がしたと思ったけど……」
台所からひょこっと顔を出した白銀が首を傾げた。
「うん、菖蒲を探しているみたいだ」
「……ああ、なんかあいつ最近おかしくないか?」
「そうだな……」
二週間程まえ、菖蒲とさえが行方不明になった事件のあたりから、菖蒲に対する玄の態度が変わった。
必要以上に気にかけるようになった。
「いや、親というのはそういうものなのかもな……」
桔梗は玄が立ち去った玄関から、薬包紙へと再び視線を戻した。
──あいつがあんな過保護になるとはな、まるで本当の父親のようだ。
作業に戻った桔梗の口元は微かに笑っていた。
※
「お婆ちゃん、腰の具合はどう?」
「おお、菖蒲かい。おかげさんでもうすっかり痛みもなくなったわい」
すっぽりと雪に埋もれたこの里も、今日は朝から天気が良く、小春日和な陽気は屋根から伸びる“つらら”から水滴を垂らすほどだった。
長老は上がり框に腰掛ける菖蒲に、腰をポンポンと叩いて見せた。
「これに関しては、お前たちに礼を言わねばなあ」
まあ……と、長老は少し間をおいて。
「さえに関しては、下心があったみたいじゃがの」
そう言うと、皺々の顔をほころばせヒヒっと笑った。
「したごころ?」
「さえは道雄に惚れとるんじゃよ」
菖蒲は大きな目を瞬かせ、首を傾げた。
「それって……さえちゃんは道雄さんの事を好きってこと?」
「道雄は気づいておらんけどなあ」
若い者はええのうと目尻の皺を一層深くしながら、長老はズズッと茶をすすった。
「そっか……」
さえがあんなに山に行きたがったのは、祖母を心配する道雄のためだったのか。
言われてみれば、菖蒲と話す時とは違い道雄が相手の時は妙に浮足立っているというか落ち着きが無かった気もする。
「全然気が付かなかった……」
僅かに落ち込んだ様子を見せる菖蒲に。
「そりゃああの子は気持ちを隠しとるからのう。じゃが、この老婆の目には一目瞭然じゃよ」
ギクリとした。
もしかしたら自分の玄への気持ちもバレているのではないか?
その時、ガタリと玄関の戸が開けられ菖蒲と長老がそちらに目をやる。
あまり建付けの良くない扉に対して、不満そうな顔でガタガタと力まかせに開けたのは玄だった。
「ここに居たんだ」
「玄? どうしてここに……」
「家出るときは僕にひと声かけてからって言ったでしょ?」
菖蒲の言葉を最後まで聞かずに、玄は見つけられた事に安堵したのか溜め息混じりにそう言うと、菖蒲に歩み寄る。
「玄っ? 草鞋で来たの!?」
雪まみれの玄の足元は、裸足に草履をつっかけてきただけだった。見ると上着も羽織っておらず、普段よりは暖かい日とはいえ、まだ雪が厚く積もる里を歩くには軽装すぎる格好だった。
「ああ、朝食の準備中に君が居なくなったから慌てて探しに来たから……」
人の事は気を使うのに自分の事となると無頓着なのがこの男の悪い癖だ。
菖蒲は玄にしゃがむよう促す。玄はそれに首を傾げながらも素直に従うと、菖蒲は自分が羽織っている中綿入りの上着を脱ぎ玄の肩に羽織らせる。
「ごめんなさい。お婆ちゃんの様子を見たらすぐ帰るつもりだったから」
「……これじゃ菖蒲が寒いでしょ?」
玄が上着を脱ごうとするのを、菖蒲は強めに制した。
「玄が風ひいたら、私も困るし桔梗さん達が心配するでしょっ!!」
「……わかった」
自分には明らかに丈の短い羽織を、玄は仕方なく羽織り直す。そして、思い出したように長老を見ると小さく頭を下げた。
「行こうか」
玄に言われ、早く彼に暖をとってもらいたい菖蒲は頷いた。
「うん、じゃあねお婆ちゃん。また様子を見にくるよ」
それまで、二人の様子を茶をすすりながら眺めてた長老は目尻に皺を寄せた。
「ああ、次からはちゃんと玄どのに伝えてから来るとええ」
そう言うと「惚れとる者に心配かけちゃならんよ」と、ボソリと付け加えた。
「──っ!!」
菖蒲はみるみる顔を紅く染め、口をぱくぱくさせた。さえと同じく、菖蒲の想いも長老には見透かされていたようだ。
「?」
聞こえていたのかどうか、玄関まで行きかけた足を止め玄が長老を振り向こうとするのを、菖蒲は慌てて外へと押し出す。
「ほ、ほら。早く帰ろうっ!!」
「ん? ああ……」
ふたりが立ち去った後、それまでにこやかに見送っていた長老は急に神妙な顔になる。
──あの玄という男……。
桔梗や白銀とは反対に、玄は積極的に里の者と接触することを避けていた。……というよりは、あの二人以外には興味が無いように見えた。
里の者も、彼のあの血の色を思わせる紅い眼に畏怖の念を抱いているのか、自ら話しかけることも無かった。
まあ、この里の人間にとって腕の立つ白銀と玄の存在は、ここに居るだけで有り難い存在ではあったので、特に問題では無かったのだが。
菖蒲の存在が、少しずつだが彼を変えようとしている。
「さて、面白くなってきたのう。こりゃまだまだ死ねんわい」
長老は楽しそうに肩を揺らし、ぬるくなり始めた茶をすすった。
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