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銀鼠の霊薬師 番外編
14 城下町
しおりを挟む厚く積もった雪も溶け、山々も徐々に薄緑色に色づいてきた頃。
「そろそろ金も尽きてきた事だし、青柳の城下町に行こうと思うんだけど。菖蒲も来る?」
朝食を食べている最中、不意に玄が何の前触れもなく言った。
菖蒲は口元に持っていこうとしていた味噌汁の椀を持つ手を止め、目の前の玄を見る。玄は沢庵をポリポリと齧っている。
「い……いいの? 私もついて行って」
口に物が入っているため、玄は返事の代わりにコクリと頷き最後に残った味噌汁を全て口に流し込むと、両手を合わせた。
「あの二人と一緒なら君を残していっても大丈夫だろうけど、それでも置いて行ったら僕は心配にはなるだろうし何より、前に約束したしね」
里に雪が降る前だ。
白銀との会話の中で“青柳”という城下町の話が出た時、「いつか連れて行ってやる」と言っていた。
「覚えててくれてたんだ……」
「ここではお目にかかれない物とか沢山あるし、君も楽しいと思うよ」
「ま、嫌ならいいけど」と玄は腕を組みながら悪戯っぽく紅い眼を細めた。
※
「あ、何かいい匂いがする……」
青柳は相変わらず活気に満ちた城下町だった。
街道から繋がる大通りは、両脇を飲食店や土産物屋が軒を連ね、様々な露店も出ていた。
ちょうど昼時のせいか、あちこちから漂う匂いが空腹を刺激する。
「宿を探す前に、何か食べようか?」
玄が言うと、前を歩いていた菖蒲が満面の笑みでくるりと振り返った。
「賛成っ!!どこで食べようか?」
菖蒲は一番美味しそうな匂いをさせていそうな店を物色しはじめた。
菖蒲の嬉しそうな様子に、玄は口元を緩める。その後ろ姿を見つめていると、不意に白銀の言葉を思い出した。
「菖蒲と二人で青柳へ行く」と伝えた晩だ。
彼らの家で四人、晩飯を食べた後。
横でうとうとと船を漕ぎ出した菖蒲を見ていると、白銀が神妙な顔で話しだした。
「最近青柳の城下町に、物騒な奴らがうろついてるらしい。集団で掏摸やら強盗やら、……何人か殺されてもいるみたいだ。まあ、菖蒲はお前と一緒なら大丈夫だとは思うが、用心してくれ」
──強盗集団ねえ……。
ここに来る途中掲示板に警戒を促す張り紙があった。よく周りを見渡すと役人や自警団らしき帯刀した男が、二人一組で歩いているのが何組か確認できる。
「菖蒲、僕からあまり離れないでね」
注意をされた菖蒲は、先を歩く足を止めると、玄の元へ小走りで駆け寄る。
「ほら」
手を繋ごうと左手を差し出すと、菖蒲は照れたように笑みを浮かべ、その手を遠慮がちにそっと握った。
※
「おやおや、玄の旦那じゃないですか。久しいですねえ」
腹を満たした後、甘味処を目指して歩いているとひとりの男が声をかけてきた。時折、この町でも仕事をしていたため、ちょっとした知り合いは多い。
その痩せた男は骨ばった手で顎を擦りながら、玄が手を引いている菖蒲の顔を覗き込んだ。
「珍しく可愛らしいお連れもご一緒で」
「何? 仕事の話なら聞くけど」
この子に構うなとでも言うように、菖蒲を自身の後ろに庇うと、玄は男を冷ややかに見据えた。
男は慌てて両手を顔まで上げる。
「おっと、嫌だなあ。そんな怖い顔しないでくださいよ。……今の町の様子、旦那もお気づきでしょう?」
「ああ、例の強盗集団の事?」
男は大きく頷くと、困った顔で腕を組んだ。
「おかげで治安もだいぶ悪くなりましてねえ。夜、出歩く人間も激減しちまって、うちの売上もだいぶ落ち込んでしまいまして」
「ふーん……それは大変だね」
感情のこもっていない声色で言う玄に男は苦笑いしながら続ける。
「それで、ここからは旦那に耳寄りの話なんですが。青柳の城主様が、そいつ等の首に報奨金をかけまして。しかも生死問わず」
「そう、捕縛する手間が無いのはいいね。でも、それならもう他の賞金稼ぎも動いてるんじゃないの?」
玄の言葉に、男は「それがですねえ」と眉を顰める。
「すでに賞金稼ぎが何人も仏さんになってるんですよ。何やら、やたらと腕の立つ男がいるらしいんで」
「……ふーん」
菖蒲は玄を見上げた。まさか玄も賞金目当てに強盗集団を捕まえようとしているんじゃないか、と不安になる。
「旦那の腕を見込んで、お願いしようと思いまして、お声がけしたんですよ。もし、この町から奴らが消えたら、うちからも礼金はずませてもらいますんで……何卒、お願いしますよ」
「……考えとくよ」
男はへこへこ頭を下げながら、立ち去った。
ふと、目線を下に落とすと心配そうな顔で菖蒲が玄を見上げている。玄はその心の内を察したのか「大丈夫だよ」と言いながら、小さな頭を撫でた。
「お願いだから危ないことしないで」
ハッと玄は目を見開いた。
その真っ直ぐな眼差しが、何故か桔梗と重なったから。
菖蒲を迎え、護る者が増えたと思っていた。
だが、同時に自分の身を案じてくれる人間も増えたのだと今更ながらに気がついた。
「危ない事はしないよ、君たちの為にもね」
玄は菖蒲の手を引き、「ほら、そこに甘味屋があるよ」と指を指しながら歩き出した。
※
「絶対にこの部屋からは出ないように」
宿で夕飯を食べた後、菖蒲にそう言い聞かせると、玄は様子を探るため、夜の町に繰り出した。
菖蒲を連れては流石に危ないと感じ、離れるのも不安だったが宿にいれば心配も無いだろうと、店主にもお願いし宿を出た。
なるほど、確かにあの男の言う通り以前と比べると出歩いている人間は少ない。
「玄さん?」
向かい側から歩いてくる二人組の男が声をかけてきた。
「ああ、やっぱり。仲間が昼間に玄さんらしき人を見かけたって言ってたんで……噂を聞いて来てくれたですか?」
名前は知らないが、顔は見たことのある若者は人懐こい笑顔で玄に駆け寄る。
「いや、たまたまだよ。……その格好は君も自警団?」
玄に訊かれ、若者は頭を掻く。
「ええ、自分みたいなろくに刀も扱えない奴も駆り出されてるんで」
「そう、思ったより深刻みたいだね」
「玄さんも参戦してくれるんなら心強いです。じゃあ、自分らはまだ見回りがあるんで」
若者はそう言うと、ぺこりと頭を下げた。
玄は立ち去る背中を見送りながら「なんとも頼りない自警団だねえ……」と、小さく呟く。
夜空に浮かぶ月を見上げ、そろそろ満月も近いなと目を細めた時だった。
男の悲鳴が聞こえた。方角からして、先程の若者ふたりが歩いていった先。
玄は反射的に駆け出していた。
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