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9 悪女は口づけに殺されかける

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「え、ちょ、ウルム?」

 ゼファーがおろおろと、手をあっちこっちとさせながら慌てている。
 その様子がなんだかちょこまかとした小動物のようで、私は思わず涙を浮かべながら笑ってしまった。

「ふ、ふっ、ははははっ、ごめんなさ、ちょ、おもしろ、くって」

 不思議そうな、けど心配そうな瞳に胸が温かくなる。

「ありがとう、ゼファー気にかけてくれて。でも本当に大丈夫なのよ」
「本当に?」
「ええ、本当に。確かに約束したのもあって、私は王妃になるのだからって、ずっと色々なことを時に我慢しながらやってきた。もちろん、王子に対して腹も立ったし悲しくもあったけれど……恋していたわけじゃなくて、役目だと思っていたから……。今は少し、解放された感じもしてるの。だから大丈夫」

 まだ少し心配そうなそのへの字口を見ながら、ありがとうと感謝の言葉を告げる。

「これは多分、ゼファーと出会えたりとか、味方になってくれる子がいるから言えることなの。そのことを私は知っている。だから、本当に大丈夫」

 言いきると、ゼファーは安心したようで、「それならいいのだけど」と安堵の笑みとともに呟いた。

「あら、良いばかりではないわよ?」
「え?」
「だって、彼女にしてみれば私は邪魔者。それに多分、今私の命は危ういのだわ」
「確かにそうかもしれない。刃物を使ってくるということは、完全に排除したい気持ちの表れとも取れる、か……」
「おそらく、一度婚約者として据えた以上その約束をたがえると、王家に傷がつくとでも考えているのよ。私有責、もしくは不慮の事故でいなくなってしまえば」
「他の女の子をその座に就かせることが容易たやすくなるね」
「そう。だからお願いね、私の悪女っぷりをしっかり見てくれる人の手配」

 私は顔に満面の笑みをのせて彼にお願いをした。

「任せておいて」

 ゼファーはその裏の気持ちをわかってくれたようで、彼もしっかりと笑顔になりながら返事をくれる。

「それにしても。よかったのかい? 本当に」
「何が?」
「君が、その」
「ああ……もちろんよ。万が一があったとしたら、協力してくれた人も言い訳が立つでしょう? あの悪女に脅されたんだ、って。だから、いいの」
「脅されって……」
「まぁ見ててよ! 私悪意になんて負けないんだから」

 宣言してにっ、と笑うとゼファーは観念したかのような表情で「君には負けたよ」と言った。
 その後は和やかに、今勉強している範囲のことだとか、初めてできた友達のこととかの話に花を咲かせた。

 どれくらい経っただろう。
 そろそろお昼ご飯の二時間休憩も半分以上過ぎたくらいになって。
 私は彼に別れの挨拶をして図書室を出た。



 教室へと向かう廊下。
 久々に逢引を見てしまってからは利用していなかった、あの場所を歩いていた。
 その時。
 突然手首を掴まれ壁陰へと引っ張り込まれた。

「きゃ」

 悲鳴を上げようにも、大きめの手のひらでしっかり押さえつけられてしまい、口を開けることができなくなる。
 恐ろしさに身動きがとれないでいると、耳馴染みのある知った声が聞こえてきた。

「こら、暴れるんじゃない! 叫ぶなよ」

 そう言われて、手を外され、掴まれた右手からその体をたどった視線の先には。
 先ほどまでゼファーと私が話の中心にしていた、王子本人が、いたのだった。

「何故」
「本当は嫌だったんだが、ある人に言われてな。おい、聞いているか」
「聞いて、います……」
「今日のお前は挙動がおかしいと聞いた。これまでの所業も聞いている」
「……所業?」
「あー、まぁその。行き過ぎた指導、だ。いずれなる王妃の仕事の一環だとしても出過ぎた真似はするな」
「殿下は、変わらず王妃に私がなるとお思いで?」
「他に誰がいる」
「他が、……いらっしゃるでしょう?」

 それは思わず口について出てしまった、けれど本音だった。
 だけど王子には気に食わない言葉だったらしい。

「俺から去ると言うのか!!!!」
「痛っ」

 掴まれたままの手首に王子の力が加わって、私は思わず顔を顰めた。
 それもまた気に入らなかったのか、もう片方の手首も掴まれ強い力で引っ張られるまま壁へと押し付けられた。
 引っこ抜こうとする手は、渾身こんしんの力の前にびくともしない。
 睨みつけるように王子を見ると、彼もまた、獰猛どうもうな肉食獣のように瞳をギラギラとさせていた。

 ……怖い……

「決して、逃しはしないぞ。お前は俺の物だ」

 腹の底から出したかのような、低く暗く私にやっと聞こえるくらいの声でそう言うと。



 王子は。
 私に。
 口づけをした。



 噛み付くように。

 絞め殺すように。

 角度を変え。

 蹂躙してきた。



 顔を背ける。

 片手を外して顎を固定される。

 外された片手で押しのけようにも力が敵わない。

 口を引き結ぶ。

 こじ開けようとしてくる。

 命を吸おうとするかのように。



 誰かっ。



「……ウルムっ!!」
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