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一章

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 食器を片付け終わると、マルガレーテ様が気になって食事をとるのも忘れ、医療室へと足を向けた。

 コンコン。

 傷にさわらぬよう小さな音でノックし、囁くように失礼します、と言いながら中へと入る。
 手当が終わったのか、先生はちょうど不在だった。
 マルガレーテ様は続き間のベッドの上に腰掛けているらしく、薄い布地の張られた衝立で区切られた向こう側は見えないが、殿下も見舞ったままそこにいるようだ。

「……マルガレーテ、ああいった危ない事は感心しないな」
「なんのことかしら?クリス。わたくしとても怖かったんですのよ?……慰めて、くださいまし……。」

 衣擦れの音がする。
 衝立の裏の影がゆらめき、ぴたりと重なるのが見てとれた。
 私は何に衝撃を受けたのかもわからず、息を呑んだ。

「……君が俺の気持ちをはかろうとしているのは知っている」
「なら…」
「…いずれ、正式な発表を

 それ以上はもう聞きたくなくて、本当はちゃんと謝罪と両家で治療費等の話をしたい旨を伝えなければならないのに。

 わたくしは音を立てないように後ずさって、ーーその場から逃げた。


 午後の授業なんて、もう頭の中になかった。
 ぐしゃぐしゃな思考のまま、歩いて、歩いて。
 ぽつりぽつりと、いつの間にやら雨が降ってきていた。
 何処をどう進んでいるかもわからず歩いていたため、辻馬車も見当たらない。
 仕方がないので屋敷までの道を頭に思い浮かべながら、ただひたすら、歩いた。

 何も考えず、歩き続けた。

 ズ、ズズウゥゥゥゥン

 どこかで雷が鳴っているわ。
 近づかないと、良いのだけれど……。
 背中に嫌な汗が出てくる。

 片付けた破片で傷ついた指先が、ジクジクと熱を持ったように痛い。
 いえ、それよりもーーーー

「どうしてかしら、胸が、い……っ」

 呟ききる前に、視界がぐらりと揺らいで落ちた。



 遠くで、ガラガラガラと、音が、聞こえるーーわーーーー。
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