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一章

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「お離しになって、ガイアーク=ルミナリク」

 自分でも意外なほど硬い声が出る。

 好きでもない相手にこんなに無遠慮ぶえんりょに触られることは、凄く気持ち悪いことなのだわ……と心の底から身震いがした。

 ガイアークは侯爵家の長男だからかどこか自信げながらも、柔和な面持ちで格好だけは良い。
 ミルク入りの紅茶色の髪に胡桃色の目も相まって、その容貌はとても優しげだ。
 リリッサなんかは彼は優しいとよく言っている。
 彼の事をよく思っていないわたくしとしては、自分に有益そうな人物に限ってにこにこしているように見えてしまっていて、好感を持ちようがなかった。
 現に今も、優しいと評される人にしては、この年頃の異性への距離感やマナーとして非常識な事をしている。

「つれないね、メルティ。元婚約者で親しくした仲なんだから、僕相手にそうめくじら立てないでおくれよ」
「貴方と出会ったのは、わたくしの汚点ですわ。御遠慮致します。愛称で呼ぶのもやめてくださいまし」

 言いながらなんとか手を外そうとするけれど、上手くいかない。
 二つ上だとしても、まだ未成年。
 なのにびくともしない……男性の力が見てとれ、怯えずにはいられなかった。
 こちらが嫌がっているというのに、ガイアークはひどく愉快そうにこちらを見ながら話し続ける。

「まぁ、元婚約者といっても知らない間に解消されたんだから、僕は今でも君が婚約者だと思ってるけど。酷いよね……僕をこんなにたぶらかしといて、さっさとさよならするなんて、さ?…………逃がさないよ」
「ーーっ!」

 突然力を入れられた左手首の痛みに、力の均衡が崩れたとたん、ガイアークがわたくしのてのひらを自分の方に引き寄せ、ギラギラとした視線を寄越しながら指先をなめくじが這うかの様にねぶった。

「ひっ!」

 ぱしん!!

 わたくしは思わず空いていた右手で彼を叩いた。
 女に叩かれるとは思っていなかった様で彼はひどく驚いている。
 拘束されていた左手首の力が緩んだのを感じると、わたくしは

「痴漢がでましたわーー!!」

 と叫びながら全速力で逃げた。
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