上 下
74 / 80
番外編 王子side

〜婚約者でいたい王子は変わらない日常の裏で大臣を断罪する〜

しおりを挟む
「兄上、メルティがめられた!!」



 俺が気づいたのは本当に偶然だった。
 最初に違和感を感じたのは、俺が確かとおになるかならないかの歳だったと思う。
 彼女に、周りをよく見ていることを褒められて、その後から努めて周りを注意深く見るのが習慣になりだしていた。
 そんな中ーーとある大臣が時折、他の大人たちからは見えないところで、ほんとに一瞬だけだが眉間に皺を寄せる瞬間があった。

 偶然だったし、多分相手も俺がみてるなんて夢にも思ってなかったんだろう。
 実際大人たちの中にいるときは絶対にそんなことしていなかった。

 小さな違和感は最初気に留めなかった。
 けれど歳を重ねるごとに、その意味を何となく知るようになって。
 影の修行を終え、実務に少しずつ加わり始めた頃には、逐一父上や兄上に報告するようになった。



 相手は海千山千うみせんやませんの建設大臣だ、尻尾はなかなか掴めなくて。
 そのうち絡め手で相手の娘である、腐れ縁というかひっついて回ってきていたマルガレーテが、俺の婚約者であるかのように吹聴するようになった。
 あくまで、相手がそう思うというだけで、自分の言質は取られないようそれとなく。

 そうして後手にまわるうちに、マルガレーテが一歩先に行動を開始した。
 気づいた時にはもうメルティは俺の手から遠ざかっていて。

 やっと俺はことの重大さに気づいて、一番上の兄上に助けを求めて部屋へと駆け込んだ。



「ノックくらいしなさい」

 すると、落ち着いた、威厳ある声がその場に響く。
 いでアッシュ兄上の少し柔らかな声が俺の耳から入り気を少し落ち着かせてくれた。

「どうしたんだい? クリス」
「兄上。……父上は、どうしてここに……」
「ふむ。そうさな、密談するにワシの部屋はどうも最近小蝿がうるさくて敵わんくてな。アッシュリークに場を提供してもらっていたのよ。お前はどうした?」

 あたりを見渡すと、そこには宰相もいて俺は内心驚いた。

「いえ、国の中枢の話でしょうから、俺は……」
「先ほど私の娘の名前が聞こえた気がしましたが、さて、何があったか私としては非常に、知りたいのですがね?」
「ケルヒ、そこなはワシの可愛い息子だ。手柔らかに頼むよ」
「陛下、言っときますけどね。妻と貴方に滔々とうとうと殿下の頑張りをかれたから見て見ぬ振りしていますけど、私としては! とっても! 承服しかねるのですよ!! こやつがメルティたんに近づくのを考えただけでそれはもう」

 父上(心の中でだけそう呼んでいる)が、ご立腹だ。
 影としてメルティを見守ってるだなんて知られたら俺の首が飛びそうだな……。

 まだ何事か俺への怨嗟えんさをぶつぶつと般若はんにゃ形相ぎょうそうで言っている宰相を、ごめんなさいと心の中で謝りながら、俺は一旦無視した。
 影として動いている中で、メルティの動向を見守ってもらっていることも、俺がたまに見守っていることも内緒にすることにした。

 命は惜しい。

 俺はメルティにまだ、気持ちを伝えきってない、通じるにしても振られるにしてもきちんと区切りが欲しい。

 身勝手な俺は、自分に不都合なことを何とか隠し通しながら、父上ズと兄上にことの成り行きを仔細伝えたのだった。



 結果から言えば、建設大臣の悪事は最終的には暴けはしたが、途中の痛手を考えれば失敗だと思う。
 メルティへの被害を未然に防げなかったのは俺達の、俺の落ち度だ。

 悔しかった。

 後から考えればとても恥ずべきことだったかもしれないけど、俺はメルティの前で泣いた。
 力足らずなのが、これほど悔しいと思ったことはなかった。

 彼女にはうれいなく、笑って欲しかった。

 その願いすら、叶えることがこんなにも難しい。
 もっともっともっと!!
 そんな我儘わがまま傲慢ごうまんさを、メルティは簡単に溶かしてしまった。

 想いに、むくいたい。



 それからの俺はがむしゃらだった。
 でもまだ足りなくて、止めきれなかった奴の卑劣ひれつな行動は、彼女をきっと傷つけたんだろう。
 だけど。



 謝らないと決めた。
 彼女が、一緒に手を繋ぎ立って前へ進むと、そう言ってくれたから。



 だから今日も、俺はありったけの愛を、キスに変えて降らすんだ。



 まるで星のように。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

わたくしは悪役令嬢ですので、どうぞお気になさらずに

恋愛 / 完結 24h.ポイント:546pt お気に入り:99

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,179pt お気に入り:293

【完結】三股かけられていたので次にいこうと思います。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:142

えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:312pt お気に入り:2,720

最愛の人を奪われました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,260pt お気に入り:620

愛する人に裏切られたようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,216pt お気に入り:633

夫の愛人が訪ねてきました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:10,360pt お気に入り:745

処理中です...