毒舌令嬢はいじわる王子に愛を告げたい

三屋城衣智子

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後編

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「……待ってましたぁぁぁぁぁ!」

 するとそこへ、誰かが試験管を持ってスライディングしてきた。
 ポトリと、わたくしが落とした涙が試験管へと吸い込まれていく。



「「「「誰?!」」」」



 わたくしとタリオ様と周りで見ていたクラスメイト達が声を発する。
 チュチュが目をまん丸にするのが見えた。
 何が何だか、今目の前で起こっている出来事がうまく飲み込めなくて、涙が引っ込む。

 わたくし達のツッコミのような言葉と、不可思議なものを見る教室中の視線をものともせず、闖入者ちんにゅうしゃは一人恍惚こうこつと独り言を唱えている。

「ああ、これで研究が完成するわぁ!! 私がこの世界の頂点となれる!!」

 何が何だかわからなくて。
 けれどその試験管に入ったものが、何かのことを起こしてしまうのだけはわかったから。
 わたくしはただ取り返すことを考えて飛びかかった。

「返してくださいませ!」

 とそこへ、誰かの腕が腰へと回ってくる。
 振り返ると至近距離にタリオ様の顔があり、びっくりしてるうちに彼の唇が動いた。

「衛兵、この者を捉えよ!」
「はっ!!」
「なっ、何をする離せっ!」

 そうして、あれよあれよと不審者は後ろ手に縛られたのだった。



「……さて、答えてもらおう」

 試験管が殿下の元へと渡り、不審者は捉えられ地面に転がっている。
 騒動が起こったのが教室のど真ん中だったものだから、わたくし達から離れた教室内の場所や廊下は、人が鈴なりだ。
 チュチュは少しだけ離れつつもタリオ様のそばにいて。
 わたくしはなぜか、試験管を片手に持ったタリオ様のそのもう片方の腕で腰を抱かれて立っている。

 わたくしは先ほどやった大胆な行動に、今になってどぎまぎしながらも、不審者がなぜあんなことをしたのかが気になって相手を見た。

「……あなた、どこかで……」
「レッティ、知り合いか?」

 タリオ様に訊かれ、返事をしようとする。
 けど、

「言う義務がありまして?」
(ええ、確かチュチュに連れられて行った占い屋の占い師の方ですわ)

 相変わらずのつっけんどんな受け答えに、泣きたくなった。
 するとタリオ様が腰から手を離し、わたくしの頭を撫でながら提案してくれた。

「レッティ、筆談するのはどう?」

 ……その手がありましたわ!
 わたくしはその提案を受けいそいそと机の中から出したノートに文字を書く。
 それを見てチュチュが青ざめ、震えているのが視界の端に映った。

『チュチュに連れられて行った占い屋の、占い師の方だと思いますわ』
「ほう……その占い師とやらが、どうして学園に?」
「ふん! 教える義務はないね!!」
「そうかそうか」

 言いながら殿下は試験管を傾けた。

「何をする!!」
「俺以外が彼女の涙を持っているのさえ、がたい」

 そしてあろう事か口をつけその滴を飲み干した。

「あああー!!!! 私の大切なじゅの材料が!!」
「呪の材料?」
「そうだ、殿下をモノにしたいと相談を受けたから、殿下の想い人を傷つけるよう指示したのだ。その相手の悲しみの涙さえあれば呪物じゅぶつは完成し、それを飲みさえすれば相手は飲んだ者にベタ惚れになる」
「その言葉を信じればお前はまじない師か」
「そうだ!」

 呪い師は、もうやけっぱちのようだった。

「そこの女に頼まれただけで、ただの仕事だ!!」
「嘘言わないでください……。タリオ様ぁ、わたし、わたし……騙されちゃったみたい」

 くすんくすんと、チュチュは泣き出してしまった。
 教室にいる男子生徒から、同情の視線と「かわいそうに」「頼まれたんだろうな」という言葉が漏れ聞こえた。

「ふん。嘘泣きが見苦しいぞ従姉妹殿、これまで俺に話していた『レッティにいじめられている』という腹黒さはどこにいった?」
「え?」

 そんなことを?

 わたくしはびっくりしてチュチュをまじまじと見る。

「ほ、本当のことを言ったまでですのに、酷い~」

 ふえぇぇぇ~ん、と彼女は泣き出してしまった。
 けれど腹に据えかねていたのか、タリオ様は追求の手を緩めない。

「衛兵資料を」
「はっ!」
「……君に言われたいじめの日付と、レッティの行動を事細かに記載した俺の日記を突合とつごうした」
「は?」

 チュチュが猫かぶりじゃない方の声を上げる。

 ああ、この物言い三歳ぶりですわね……懐かしいわ。
 顔もいつもの取り繕ったようなきらきらな感じではなくて、ちょっとけんのある雰囲気になっている。

「二月二十日、君はレッティが放課後自分を学園の池へと突き落としたと言って、ずぶ濡れで私の前に現れた。だがその日俺の日記ではこうだ『今日レッティは、放課後友人と街へ買い物に行くと言っていた。良い買い物ができるといい』」
「……ぇ」
「二月二十五日、君はレッティが昼休憩の終わり頃に自分の机へときたようで、机の中を見るとノートがびりびりに破れていたと言った。だがその日俺の日記ではこうだ『今日は昼休憩ギリギリまでレッティに膝枕をしてもらって過ごした。柔らかい、いい匂いがする、さいこー!!』」
「……」
「二月……」
「もう! もうもう何なのよ!! わたしの方が可愛いじゃない、お嫁さんにしたら美男美女でお似合いだし、可愛いね、素敵だねって言ってもらえると思ったのに!! カッコイイのに、イケてて頭も良いのにこれじゃただの変態じゃないの!!!!」

 チュチュの叫びに…… この時たぶん、その場の意見は一致した。






「違いない」と。






 ※ ※ ※



 騒動は結局、共犯ということで片がついた。
 ただどれも実際、害があったと言っても酷い怪我にはならなかったから、謝罪と損害の補填にとどめてもらった。
 とは言っても、それはわたくしへの表向きで。
 水をかけた方や足を引っ掛けた方、ノートを破った方が実際にタリオ様から何を要求されたのかはわからずじまい。

 従姉妹のチュチュは厳重注意の上、この事件を知ってなおめとってくれるという方と、親主導のもと婚約したらしい。
 今もたまに「レッティ!」と言いながら、その決定に不服なようであれこれと文句という名の愚痴を言いにくる。
 おまけのような忠告と一緒に。

「……それにしても、本当にアレでいいの? 多分わたしよりも腹黒いわよ」

 そしてその度に、わたくしに改めてついた護衛の方に引きずられて家へと帰っていく。

 彼女の行動とそんな根性を、タリオ様なんかは「あれはあれで見込みがありそうだから、外交官にでもならないかな」なんて気安く言っていた。
 わたくしは一応、「有能だとは思いますけれど、気まぐれですから首に鈴をつけるのが大変ですわよ?」と進言して、あとはお任せしたのだけれど。
 今、彼が何か動いているような気がしてならない。
 気のせいなら、良いのだけれど。

 まじない師の方はというと、こちらも厳重注意の上、契約書という縛りをつけて監視しながら王宮で働くことになったそうだ。
 よくよく話を聞いてみると、むしろ彼女はチュチュにたぶらかされた部類だったらしく。
 彼女が王妃になった暁には重用してもらう、という約束をしていたみたいで。
 店を畳んでいたのは、アテにし浮かれて拠点を片付けたからだった。

 その話を聞いて、

 チュチュったらほんと、昔からびっくりするくらい積極的だわねぇ。

 と、ちょっと笑ってしまった。



 ――そして今は、学園のお昼休憩中。

 二時間の休憩のうち、ご飯を食べるのに一時間ほど使って残り半分をわたくし達はゆったりと過ごしていた。
 中庭に広げた敷物に二人座って、見るともなしに花壇だの他の方達の昼食を取る様子を眺めている。

 わたくしはあれから呪い師にじゅほどいてもらって、ちゃんと話せるようになっていた。

「……それにしても、いつ、わたくしに呪がかかっていると思いましたの?」

 かたわらに座るタリオ様に、ふと気になって訪ねた。

「最初から、かな?」
「えっ?! 最初から?」

 だって仕草に全部出てたから、と事もなげに彼は言う。

「で、レッティがあまりにも可愛いから、しばらく内緒にしておこうかなって」
「可愛っ?! わたくしのその様子が見たいがために……?」
「うん。君のことは全部知りたい。笑顔も、涙も、苦悩も、喜びも」

 うっとりと話すその言葉に、本当なら逃げた方がいいのだろうな、とチラと思うけれど。

「……今、逃げた方がいいかなって思ったよね」

 けど逃がさないよ、そう言ってタリオ様は私が敷物についていた手に自身の手を重ねてきた。
 もう、わたくしがどこへ行こうとも、どこまでもどこまでも、きっと追いかけてくるんだろう。
 そんな予感がして。

 怖いよりも、嬉しい方が勝っているのだから――

 わたくしも大概だわ。

 そう思って微笑み返した。

「それにしても、従姉妹の暴走――君のものをなんでも欲しがる癖のようなもの、なぜ野放しにしていたんだ?」
「だって、…………い、いいっ一番を取られるくらいなら、いいかなって……そう、思ってたんですもの」

 今度こそはちゃんと伝える、そう思って、一生懸命タリオ様の目を見て話した。
 わたくしの言葉を聞いて、なぜかタリオ様の頬がみるみると真っ赤な林檎のように熟れていく。

「ちょ、その表情、反則」
「えっ……きゃ! ぅ、っ」

 彼のその瞳が近づいてきたと思ったら、いきなりキスの嵐に翻弄ほんろうされた。
 息も絶え絶えになったから、なんとか手で肩のあたりをぺしぺしとしたらやっと解放してくれて。

「っもう!」
「嫌いになった?」

 彼はそう言いつつも何も心配していないんだろう、ちろっと舌を出しながら澄んだ目をして笑っていて。
 だからわたくしも安心して返事をした。



「いいえ、大好きよ」

 と。









 リーンゴーン、リーンゴーン



 四月。
 鐘の音が鳴る中。
 わたくしとタリオ様は教会の扉の外で、合図があるのを待っていた。

 純白の、幾重にも重なったチュールやシフォンの布地は光沢があって、その布端には刺繍が施されている。
 頭にはドレスの裾よりも長いレースの縁取りがされたヴェールと、光り輝くティアラが載っていた。
 彼も、純白で袖先に同じ刺繍が施されたタキシードを着ている。
 お揃いの衣装を身に纏い、わたくしは今日この日をもってタリオ様と家族になる。

 緊張した面持ちで待っているわたくしに、タリオ様が声をかけてくれる。

「やっぱりそのドレスで正解だな。出会った時のによく似てて天使みたいだ」
「覚えてましたの? わたくしがデビュタントで着ていたドレス」

 道理で、ドレスを作る際にあれこれと口を出していたのねと腑に落ちた。

「勿論。緊張、してる?」
「殿下……わたくしきちんと歩けるか心配になってしまって」

 あの一件から、わたくしはタリオ様には正直に気持ちを告げることにしていた。

 行き違いの怖さを身をもって知ったんですもの。
 けれど、いまだに名前だけは呼べなくて……。

 今日こそは、と思っていたものだから余計に緊張していた、のかもしれない。

「大丈夫、いつだってレッティは一生懸命練習してきただろ? 失敗しても、俺がいる。俺が失敗したらレッティがフォローして、レッティが失敗したら俺がフォローすればいい、そうして、一緒に歩いていこう」

 微笑みながら優しい言葉をくれるから。
 わたくしもめげずに、歩いていける。

 何だか胸が熱くなって。

 今できる精一杯の笑顔と共に口を開いた。

「はい、タリオ様!!」

 なのにタリオ様はそっぽを向く。

「……うっ」
「ど、どうかしまして?」

 オロオロするわたくしの手を引いて、彼が顔を近づけて耳へと囁く。

「……何でそんなに可愛いかな、誰にも見せなくない」
「え?」
「今から部屋に戻ろう?」
「だ、だだだ駄目ですわ!」

 わたくしの叫び声と共に扉の開く合図があって、祝福あふれる会場が眼前がんぜんに広がった。

「と、とにかく、行きますわよ!」
「ふふ、レッティは可愛いなぁ」



 二人手を繋ぎ、一歩。

 そうしてわたくし達は顔をしっかりと見合わせてから歩き出したのだった。


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