毒舌令嬢はいじわる王子に愛を告げたい

三屋城衣智子

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中編

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「え~そうなんですかぁ? 知りませんでしたっ。タリオ様って物知りなのね」
「お褒めにあずかり光栄だな」

 今わたくしの目の前では、チュチュがきらきらとした瞳でタリオ様を見つめながらご飯を食べている。
 その様子に、何か眩しいものでも見るように目をすがめつつ、タリオ様も自身の目の前にあるお弁当を食べ進めていた。

 わたくしが少し望んでしまっていたこととはいえ、二人の仲が良くなっていくさまを見るのは、なかなかに寂しいものがあった。

 タリオ様はわたくしだけのための存在ではないのに、おかしな話ね……。

 心の中で反省していると、不意にタリオ様の指がわたくしの唇をかすめていく。

「?!」
「ご飯がついていたぞ?」

 そしてあろうことかそれをペロリ、と舐めたものだから、わたくしは頬が燃えるかのような錯覚をした。

 実際、赤かったかもしれないけれど、見えていないから良しとしたいですわ。
 考えるだに、恥ずかしいですもの!

 視界の端に映る従姉妹が、タリオ様に見えぬよう気をつけつつ、口にちょっとした汚れをつけている。
 けれど汚れを目ざとく見つけた彼は、静かに自分が持っていたハンカチを差し出していた。

「わざわざありがとうございますぅ。洗って返しますねっ!」

 我が従姉妹、恐るべし。
 ここまであからさまだといっそ清々しい。
 どうやらチュチュは、この何日かでなんの気まぐれかタリオ様を自分のものにしたくなったらしい。

 わたくしはこっそりと、チュチュとの親戚付き合いが始まって以来数えきれないくらいの回数目の、ため息をついた。



 ※ ※ ※



 異変が起きた日の放課後。
 わたくしはこの現象を止めるために、チュチュに連れられて行ったお店へと向かった。

 けれど。

 お店は閉まっていて扉のガラスについていた布はなく、中を覗くともぬけの殻だった。

 どういうことかしら?
 てっきりチュチュが怪しいお店を見かけて、私をめたのだと思っていたのだけれど……。

 それなら、このお店がすぐさまここから店を移転かはたまた廃業したかの説明がつかない。
 チュチュに一時いっときとはいえ、街の一等地に近い場所であれほどの気合の入った準備ができるとも思えない。

 わたくしを、この状況にさせたかった存在が、いる――?

 その可能性に思い当たって、背中に嫌な汗が一筋伝った気がした。



 それからというもの。
 チュチュはことあるごとにタリオ様とわたくしの間に割って入るようになった。

「タリオ様~、この間のハンカチありがとうございました! あの、これよかったら」
「わざわざいいのに。でもありがとう」

 何故かタリオ様もニコニコとしてらっしゃって、その真意がめない。
 けれど二人きり、ということは流石になかったから今は口が使えないし我慢した。

 嫉妬してしまって眉がよったのが、気づかれていないといいのだけれど……。

 わたくしへの口さがない噂はだんだん大きくなって、いつの間にかあだ名が「毒舌令嬢」になった。
 チュチュとの方がお似合いだ、という噂まであって流石に少し傷ついた。
 けれど彼女の方が家格が上なのは事実だったから、「身分」のことを言っているということにして自分を慰める他なくて……。

 他生徒のちょっかいも段々、足を引っかける、から「バケツの水を浴びせる」「階段ですれ違いざま落とされかける」というものへと変化してしまい、流石にこれには恐怖した。
 誰かがわたくしの命をなんでもない物として扱う、ということはとても心もとない気持ちになることに気づいた。
 救いは、婚約者ということでわたくしにも護衛の方がついてらっしゃるから、すんでで助かるくらい。
 けれど本当にうっかりだった、と謝られてしまえば許す以外にうまく立ち回れなくて。
 しかもその時に発する言葉がとにかく居丈高だから、噂に拍車をかけるという負の連鎖になってしまう。

 ノート類も捨てられたりするけれど両親には言いたくなくて、わたくしはお小遣いで買い直すことにしていた。

 兎に角そんなことに負けたくない一心で、ただひたすらに、口をつぐんで身振り手振りで伝える努力を始めたけれど、中々……伝えきるには技が足りないようだった。

 そうして、少しずつその日常に慣れつつも……悲しさが、心の屋根に降り積もり軋みかけていた。



「タリオ様~」

 ある日の放課後。
 係の仕事を終わらせて廊下を歩いていた。

 一緒にいると被害をこうむるかもと、最近では友人にも遠巻きにされて二人組の係も一人でやっていたので時間がかかってしまった。
 校舎には夕方に近いからか人があまりおらず、わたくしは普段は通らない人気のない区画を突っ切っていく。

 そんな中、大抵早く帰るチュチュの声がしたものだから、思わずそちらへと顔をむけていた。
 視界に無邪気な顔をしてかけてゆく彼女と――

 にこやかなタリオ様が。

 連れ立って何処かへと向かうのが見えて。
 思わず。

 こっそりと後ろをつけてしまっていた。

 しばらくついて歩くと、二人が今はもう使われていない教室へと足を踏み入れるのが見える。
 遅れてわたくしもその教室の扉へと向かい、そっと聞き耳を立てた。

「なんですか、用事ってっ」

 チュチュのウキウキとした声が聞こえる。

「それはもちろん、二人の将来について話したくてね」

 穏やかな声でタリオ様が告げた。

「……私、嬉しい……」


 その言葉を聞いて。
 これまでの、悲しさが……心の屋根からおろしきれなくて。
 押し潰しにかかってきたものだから、



 わたくしはその場から逃げた。






 わたくしがタリオ様と出会ったのは、デビュタントの舞踏会でのことだった。

 我が国では国中の社交界へとデビューする男女が、よわい九つでその舞踏会に集められる習わしで。
 それは殿下といえども例外ではなかった。

 会場は国が所有する舞踏会場。
 シャンデリア輝くその空間は天井画に天使が描かれ、絨毯は毛並みが良く、部屋のあちらこちらに絵画や陶器が飾られて豪奢。
 テーブルクロスの布端には金の刺繍が施され、置かれた食事はどれもが美味しそうだった。

 今より図太くもなかったわたくしは、雰囲気に呑まれて当日それはもう緊張していて。
 せっかく作ってもらった純白の羽のようなドレスも、初めてしてもらった綺麗な化粧も、結い上げられて大人っぽくなった髪型も。
 嬉しくはあったけれど、もう考えていられなくて。

 カクカクと動いていたら、会場に入って早々飲み物を引っ掛けてしまったの。

 青ざめて立ち尽くしていたところに、たまたまタリオ様が通りがかって――

「君、大丈夫かい?」
「え? あ……」

 うまく受け答えできないわたくしを、お姫様抱っこで休憩室まで連れてってくださった。

「ジュード、小さなレディが困っていた。助けてやってくれ」
「どうかされましたか、ああ、ドレスですな」

 お任せください、と王家の執事があれよあれよと染み抜きをしてくれて。
 わたくし

「もう大丈夫みたいだよ」

 って微笑むタリオ様に、その優しさに、じんときたの。
 そのお声がけへのお返事が、

「べ、べべべ、別にわたくし一人でもなんとかできましたものっ。……けど、ありがと」

 だったのは我ながらありえないなって、思いますわ……。

 ただ、ありがとうを小さくはあれどなんとか言えた当時の自分を褒めたくもあって。
 けれど、素直に「ありがとう」っていえたらどんなに良かったか、っていまだに考え出すとぐるぐるしている。
 それからだった。
 遊びに行った先にたまたま殿下も遊びにいらしてて、なんとなしにお話をさせていただいて。

 気づいたら、婚約者になっていた。

 わたくしは、その頃にはそのお人柄に惹かれていたから、否はなくて。

 ただ不思議だったの。
 どうしてわたくしなのかしら、って。

 お言葉はなかった。
 二人で国のためにがんばろう、くらいは言われたけれど。

 だから。
 だから初めて好きって言ってもらえて、とっても嬉しかったのに。
 どうして、どうしてわたくしは肝心な時にお返事ができなかったのかしら。



 どうして――






「……ひぃっ、く。う~」

 涙が、とめどもなしに流れた。
 悔しくて、悔しくて。

 館へと戻り自室で泣けるだけ泣いて。
 ベッドにうつ伏せになって泣いて。
 いつの間にか寝てしまって。

 気づいて鏡を見たら目の周りは真っ赤にはれていた。

 なんていう不細工。

 チュチュなら、泣いても綺麗なのかしら。

 そんなどうしようもない考えが浮かんでは消えて。
 けれどそんなどうしようもない考えには、負けたくはなかった。

 トントントントン

「お嬢様、夕飯の支度は整いましたが、いかがなさいますか?」

 メイドが気を利かせた物言いで、聞いてくる。
 言葉で返すわけにはいかなかったから、扉へと向かって自分で開け、メイドに頷くことで意思表示をした。

 そうしてわたくしは、決意を胸に夕食の場へと向かったのだった。



 ※ ※ ※



 翌日。
 やっぱり目の腫れは引かなくて。
 わたくしは不細工。

 だけどかかずらってはいられないわ。

 わたくしはたとえもう遅くっても、きちんと想いをタリオ様に伝えきりたいのだもの!!

 その一心に気持ちを奮い立たすと、ご飯をしっかりと食べまるで出陣するかのように館を後にした。



 学園に着くと、わたくしの目の腫れのあまりの酷さからか、瞬く間にわたくしとタリオ様がすわ婚約解消か?! との噂が流れたらしい。

 一時間目が終わる頃には、あちらこちらからの視線と、ひそひそ声が聞こえてきた。
 おまけに、迂闊うかつにも二人きりで会っていたのをわたくし以外にも目撃されていたらしく、やれあそこで見た、どこそこでいちゃついていた、という聞きたくもない情報が私の耳に入る。

 せめて、隠し通していただけたらどんなに良かったことか。
 そう思いながら、まだ今日は来ていないタリオ様のことを思った。



「レッティ!」

 一時間目の授業が終わった休憩時間。
 いつもはやってこないチュチュが、なぜかわたくしのところへやってきた。
 しかも自ら机までやってくるという大盤振る舞いっぷり。

 何の心境の変化かしら?

 不思議に思いながらもわたくしは返事をした。

「あら、盗人さんごきげんよう。手短に話してくださる?」
(あら、チュチュ。何かご用事?)

「んもうレッティたら。私何も盗んでないでしょう? そんな言いがかり酷いわ。あっ、噂を気にしているの? やだあなたったら何か勘違いしていないかしら。タリオ様は選ぶ権利がある方なのよ、あらもう休憩が終わっちゃうわ、じゃあまたね」

 言いたいだけ言うと、彼女はにこやかに手を振りながら教室から出ていく。
 何人かの男子生徒達がその微笑みへ熱い視線を貼り付けたままになった。
 女子はヒソヒソと何事か話している。

 わたくしは、気にしないように、と思いながらも「選ぶ権利がある」という言葉が小骨のように胸に引っかかって。

 次の授業にいまいち身が入らなかった。

 その日はお昼までずっと、休憩時間になってはチュチュがやってきて「この間タリオ様がね」「この前タリオ様がね」「こんな言葉をいただいて」等々ずっと話された。
 彼と従姉妹の会話はまだなんとか聞き流していたけれど、「だからレッティは大人しいって言われてしまうのよ」「この前もあなた気にかけ損ねていたじゃない」と言われる、さも「客観的に見て」という言葉達にはぐさぐさときてしまっていて。

 そこまで言わなくてもいいじゃないの。

 と段々落ち込んだ。

「おはよう、レッティ、従姉妹殿。何の話?」

 そこへ噂の中心人物が登園してきた。

 にこやかだけれど、なぜかしら……少し機嫌が悪くていらっしゃる??

「タリオ様! おはようございますぅ」

 チュチュはすぐさま彼の方へと体を近づけた。

 目測で五十センチかしら……近過ぎましてよ。

「聞き耳とは王族としてあるまじきでは? 殿下」
(おはようございます、タリオ様)

 わたくしも負けじと席を立ちタリオ様へと近づきつつ口を開いた……けれど相変わらずこの口はぽんこつらしい。
 うっかりと発言してしまって、流石にしょんぼりした。

 けれど負けたりしないって決めたんだもの。

 えいやっと気合を入れて、わたくしはタリオ様の制服の上着の端を摘んだ。

「……レッティ??」

 訝しがる声がタリオ様から出る。
 きっとわたくしの顔は真っ赤だわ。
 けど、そんなこと気にしない!

 恥ずかしさに負けそうになりながらも、私はさらに、タリオ様の右手を自身の両手で包み込み彼の瞳を見つめながら、好きという気持ちをその視線にがつんと込めた。
 すると彼は目をまん丸に見開いて。

「……参ったな」

 とポツリと言った。



 参る。
 まいる。

 つまりは、これをされても困る。



 だめ。
 泣いてしまいそう。



 心が変わってしまったのがあきらかな言葉にわたくしは打ちのめされた。
 顔をうつむかせタリオ様の手を離す。

「レッティ?」

 彼の言葉に、みるみる涙が浮かんで。
 ぽろり。

 涙が落ちた。
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