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前編
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「私殿下をお慕いしておりませんわ」
(タリオ様のこと、とっても大好きですわ!)
どうして……
どうして言えないんですの??!!
私は思い当たる節を片っ端から思い浮かべて、最後にある出来事を思い出した。
※ ※ ※
「レッティー? レッティー!」
「チュチュ、そんなに叫ばなくても聞こえていてよ。家令が案内するのだから、待っていてちょうだいな」
「だってぇ~」
日曜の朝。
家に入るなり大きな声で名前を呼んだのはチュチュマリー、私の従姉妹。
どこか小動物を思わせる動きで 私の頭半個分背が低く、薄茶色のふわふわ髪に、紫紺の瞳が少し垂れてはいるけれどぱっちりと愛らしい。
私とはそんなに仲良くはないけれど、時々こうしてやってきては、色々なところに連れ出してくれたり、物を貸し借りするくらいには見知った仲。
今日は一体、何のご用事なのかしら?
事前にお知らせをくださいな、って言ってはいるのだけれどいつもちっとも守ってくださらない。
ため息をつきながらチュチュのいる玄関へと向かうと、彼女はこの前貸したたっぷりのドレープとレースのあしらわれた真新しいドレスに身を包んで、少しイライラと待っていた。
「もう遅いわよぅ! わたし待つの嫌いだわ!」
「お待たせしたわね。今日はどうしたの?」
いつものことだから、謝ることはしない。
この前チュチュからぶつかってきたのにうっかり謝ったら、謝罪の誠意にブローチをちょうだいって言われてしまって。
断るのにすごく難儀したのだもの。
結局断りきれなくて、ブローチの一つはチュチュのものになったんだったわ。
そんなことを考えながらぼんやりと返事を待っていると、チュチュは瞳をうるうるさせながら口を開いた。
「街に占い師のお店ができたらしいの! けどわたし一人じゃ行くのが不安で。だから一緒にいかなくちゃ」
「じゃあもう少し待っててくださる。外出するのに身支度を整えてきますわ」
「早くしてね! 私もうあんまり待てないんだから」
彼女はぷんすこと頬を膨らませて言う。
はいはい、と軽くあしらって私は自室へと戻って支度をすることにした。
身支度を整え、チュチュの案内するお店へと辿り着いたのはお昼前だった。
白壁に赤い屋根のそのこじんまりとしたお店は、硝子張りの扉がおしゃれな飲食店のようで。
だけれどその硝子部分に布がかかっていて、中の様子が見えないから何のお店か自体がわからなかった。
よく見るとその扉の横についた小さい木造りの看板だけが「占い」となっていて、自己主張している。
「何だか不思議なお店なのね」
「えっ?! そ、そうかしら?? まぁ良いじゃない、入りましょ」
ぐいぐい押されてあれよあれよと開けた扉をくぐり抜け、お店の中へと押し込められる。
店内は、金銀、緑、青、赤、黄色、白、などといった色とりどりの鉱石が並べられていた。
不思議な道具も、あちらこちらに散見され興味深い。
「……綺麗ね」
「いらっしゃい」
「ひゃっ」
つい見惚れていると、背後から声をかけられた。
振り返ると、少し年嵩の女性が、紫色のローブを纏ってこちらへとやってきていた。
口から下は薄布で覆われ顔立ちがよくわからない。
私は少し警戒しながらも、挨拶をした。
「お邪魔しておりますわ」
「鉱石の買い付けかい? それとも占いをしに?」
「私たちぃ、占いをしてもらいにきたんです~」
女性の問いかけに、チュチュが元気よく答える。
「そう、ならそこに座ってちょうだい」
「じゃあこの子からお願いします!! ほら、早く座ってっ」
私はよくわからないままに進められた椅子へ、チュチュによって座らされてしまう。
目の前には謎の紋様の描かれた机と、その上にはつるりとした、透明な球体が乗っていた。
占い師が、私の目の前へと座る。
「あ、あの……」
「なぁに、食ってかかりやしないさ。この水晶をよく見るだけでいい」
「見るだけ、ですの?」
「そう、見つめるだけ」
私はつい好奇心が勝って、言われた通りにその水晶を見つめた。
そうして気づけば、何だかどっと疲れていて。
「それじゃ占うよ」
言われて当たり障りのない「明日はハンカチを持っておいた方がいい」だの、「今後少し不吉」だの。
細々しつつもふんわりとしたことを告げられ、珍しくチュチュがお会計を済ませて店を後にした。
私はその行動を疑問に思って彼女に尋ねる。
「ねぇ、チュチュは占ってもらわなくてよかったの?」
「ん? うん、だってレッティの聞いてたら、あんまり当たらなさそうだったんだもの。当たらないものに時間を割くのは面倒だわ」
困った子だこと。
けれど従姉妹のよしみで面倒を見ないわけにはいかなくて。
はあっ、とその日何度目かのため息を漏らすのだった。
※ ※ ※
私はレテオリエ=シュッテン。
侯爵家の一人娘、十七歳。
よくレッティ、と愛称で呼ばれている。
親戚には、月光を思わせるまっすぐで長く淡い金髪に、紫色の瞳が切れ長に煌めいてまるで月の妖精だ、なんて言われるのが日常茶飯事だ。
けれどこうした言葉は、チュチュマリーといるからおまけで貰えているのだと知っている。
ちなみにその従姉妹といえば、そのふわふわな髪は綿菓子みたいでぱっちり紫紺の瞳は宝石のよう、ミルクティーの妖精さん、お花というより花束ね、至高の宝珠だ、等々、語る方々に色々な褒められ方をよくされている。
つまり端的に言ってしまえば絶世の美少女。
昨日は休日だったけれど、今日は学園のある日。
私は食堂で一人ご飯をいただくと、行ってきますの挨拶を家令とメイドに告げ館を出た。
ガルバイア王国の都、バルティン。
国の貴族の十五~十七歳子息子女は皆、親が王都にタウンハウスを持ち、この街にあるバルティン学園に通うことになっている。
私達最上級生は後もう数ヶ月したら卒業する頃合いで、卒業と共に結婚する同級生はどこか浮き足立っていた。
ちなみに、チュチュも同い年でクラスは違うけれど在籍している。
学友達から学園の花と呼ばれていて友人も多いみたいなのだけれど。
普段と同じに思うのかよく宿題などの頼みごとをしてくる上に、ご学友からもチュチュのことを頼まれたりして、断ることに難儀していた。
あれでもう少し、慎ましやかを覚えてくれると私が助かりますのに。
そんなことをつらつらと考えながら学園へと到着し、教室へと入ると、
「レッティ!」
と声をかけられた。
「あら、婚約者様ごきげんよう」
私はいつもの挨拶を少しツンとしたふうに返した。
……可愛げのないのはわかってますわ。
けれど気恥ずかしくて、なかなか名前が呼べないんですの。
愛称で呼んでくれた人は婚約者であるタリオ=ガルバイア殿下、この国の次期国王、王太子だ。
金属を思わせる長く濃い銀髪に、緑の目は涼しげで。
私より頭ひとつ分くらい背が高くて格好よく、面倒見までいい愛しい人。
つい見惚れていると、
「レッティ? どうかしたか。もしかして具合でも」
と、おでことおでこをコツンとされた。
ぴゃっ! と飛び上がるくらい驚いて、けれど触れた場所が熱くなった気がして、動けなくなる。
「うん、熱はないようだな。体の調子には気をつけろよ?」
「言われなくてもわかっていますわ。大きなお世話よ」
(心配かけてごめんなさい。気遣ってくれて嬉しいですわ)
自身の口から思ってもない言葉がでて、慌てて両手で口を押さえた。
訳がわからなくて体が少し震える。
「大きなお世話でもさせてくれ。俺はレッティが好きなのだから」
少し眉がよりつつも、へにゃっと笑うその顔はなんとも幸せそう。
なんて思いつつ、私は驚いた。
?!
そんなこと初めて言われましたわ!
嬉しくって、自分の状況も忘れて口を開いて――
※ ※ ※
そうして先ほどの「私殿下をお慕いしておりませんわ」だったのは私の失態ですわ……ぐすん。
これ以上無様な受け答えはしたくない……。
私は仕方なく、乙女心に従ってとりあえず黙ることにした。
「……君は、本当は俺が嫌いだったのだね」
タリオ様の眉が下がり、沈痛な面持ちになる。
私は慌てて、けれどしゃべるわけにはいかなかったから、何も言えないまま運悪くチャイムがなって。
誤解を解けないまま先生がやってきて、まんじりと授業を受けたのだった。
それからも事あるごとに私の口はいうことを聞かなくなった。
「それではシュッテンさん、この問題の答えは?」
「私答えたくありませんわっ」
(答えは麦の穂ですわ)
と、先生にまで生意気な受け答えをするし。
「ねぇレテオリエ様、一緒にお花摘み(トイレ)に行きませんこと?」
「私一人でもお花摘みできないような方と、お友達だった記憶がありませんの」
(私も行きたいと思ってましたの、一緒に行きたいわ)
と、友人に酷い口をきくしで。
もう散々。
素早いことに、元々私が王太子の婚約者に決まった際ヒソヒソとしていた方々が、この顛末を面白おかしく大袈裟に吹聴して回っているようで。
休憩時間にお花摘みへと向かう廊下で、あからさまに足を引っ掛けられてしまった。
相手は素知らぬふりで通り過ぎ、私は床と仲良しに。
茶色地の制服のスカートはドレスより丈が短くて、私は膝小僧を擦りむいてしまう。
私が何をしたっていうのかしら……。
悔しくて歯痒くて。
その後は極力喋らないように、人と接しないように、と努めた。
お昼。
今日の私にとっては、試練の時間がやってきた。
この暴言を吐く口のままでは、一人でご飯を食べた方がいいに決まっている……のだけれど。
私は婚約者として、毎日タリオ様と食堂のお弁当を買って中庭で食べている。
それを急に断るには、それなりの理由が要りますわ。
「……本当は殿下と一緒に食事を取るのが嫌だったんですの」
(今日は体調がすぐれませんので、お食事辞退しても?)
こっそりボソボソと練習しても、思うような言葉が出てこない。
なんとか穏便な言葉を、伝えたいのに……。
「レッティ、レッティ!!」
集中してぶつぶつと言っているそんな私に、声がかかった。
びっくりしましたわ、だって入学してからこっち、タリオ様と一緒というのが私なので、お花摘みや放課後や休暇中の予定を誘ってくれる方がいらしても、昼食ばかりは誰からもお声がけいただかなかったのですもの。
見ると、教室の入り口に見知った姿があった。
あなたでしたの……。
私は少し気が重くなりながらも立ち上がり、従姉妹の方へと向かった。
「おっそ~い」
「そうかしら。何かご用事?」
チュチュは腰に両手をやり、可愛らしくぷりぷりしている。
努めて落ち着いて尋ねるけれど、相手は自分が怒っていることにも無茶を言うことにも無頓着だった。
「わたし一度レッティとお昼ご飯したかったのよね。ね、いいでしょう?」
「えっ?」
「ダメってことはないでしょぉ~? 従姉妹なんだもの」
「ええと……」
ここでうっかり、私の打算が動いた。
一回、一回昼食の時間を切り抜ければ。
この現象の原因はほぼわかっているのだから、解消できるかもしれない。
「殿下に、聞いてみますわ」
「俺がなんだって?」
「ひゃぁ!」
「あ、タリオ様~。わたしもお昼ご飯ご一緒したいなぁって言ってたんですぅ」
チュチュがその愛らしい瞳をうるうるさせてタリオ様を見る。
タリオ様はそれに目を見張ったようになって、それからいつにも増してしっとりとした笑顔で答えた。
「確かレッティの従姉妹殿だったかな? 一人増えても構わないよ、一緒に食事をしようか」
その声に、教室が少しどよめく。
これまでも、何人かには私が隣にいるのに声をかけられたことならある。
けれど了承したのはこれが初めてだったのだ。
私は、嫌な予感がした。
(タリオ様のこと、とっても大好きですわ!)
どうして……
どうして言えないんですの??!!
私は思い当たる節を片っ端から思い浮かべて、最後にある出来事を思い出した。
※ ※ ※
「レッティー? レッティー!」
「チュチュ、そんなに叫ばなくても聞こえていてよ。家令が案内するのだから、待っていてちょうだいな」
「だってぇ~」
日曜の朝。
家に入るなり大きな声で名前を呼んだのはチュチュマリー、私の従姉妹。
どこか小動物を思わせる動きで 私の頭半個分背が低く、薄茶色のふわふわ髪に、紫紺の瞳が少し垂れてはいるけれどぱっちりと愛らしい。
私とはそんなに仲良くはないけれど、時々こうしてやってきては、色々なところに連れ出してくれたり、物を貸し借りするくらいには見知った仲。
今日は一体、何のご用事なのかしら?
事前にお知らせをくださいな、って言ってはいるのだけれどいつもちっとも守ってくださらない。
ため息をつきながらチュチュのいる玄関へと向かうと、彼女はこの前貸したたっぷりのドレープとレースのあしらわれた真新しいドレスに身を包んで、少しイライラと待っていた。
「もう遅いわよぅ! わたし待つの嫌いだわ!」
「お待たせしたわね。今日はどうしたの?」
いつものことだから、謝ることはしない。
この前チュチュからぶつかってきたのにうっかり謝ったら、謝罪の誠意にブローチをちょうだいって言われてしまって。
断るのにすごく難儀したのだもの。
結局断りきれなくて、ブローチの一つはチュチュのものになったんだったわ。
そんなことを考えながらぼんやりと返事を待っていると、チュチュは瞳をうるうるさせながら口を開いた。
「街に占い師のお店ができたらしいの! けどわたし一人じゃ行くのが不安で。だから一緒にいかなくちゃ」
「じゃあもう少し待っててくださる。外出するのに身支度を整えてきますわ」
「早くしてね! 私もうあんまり待てないんだから」
彼女はぷんすこと頬を膨らませて言う。
はいはい、と軽くあしらって私は自室へと戻って支度をすることにした。
身支度を整え、チュチュの案内するお店へと辿り着いたのはお昼前だった。
白壁に赤い屋根のそのこじんまりとしたお店は、硝子張りの扉がおしゃれな飲食店のようで。
だけれどその硝子部分に布がかかっていて、中の様子が見えないから何のお店か自体がわからなかった。
よく見るとその扉の横についた小さい木造りの看板だけが「占い」となっていて、自己主張している。
「何だか不思議なお店なのね」
「えっ?! そ、そうかしら?? まぁ良いじゃない、入りましょ」
ぐいぐい押されてあれよあれよと開けた扉をくぐり抜け、お店の中へと押し込められる。
店内は、金銀、緑、青、赤、黄色、白、などといった色とりどりの鉱石が並べられていた。
不思議な道具も、あちらこちらに散見され興味深い。
「……綺麗ね」
「いらっしゃい」
「ひゃっ」
つい見惚れていると、背後から声をかけられた。
振り返ると、少し年嵩の女性が、紫色のローブを纏ってこちらへとやってきていた。
口から下は薄布で覆われ顔立ちがよくわからない。
私は少し警戒しながらも、挨拶をした。
「お邪魔しておりますわ」
「鉱石の買い付けかい? それとも占いをしに?」
「私たちぃ、占いをしてもらいにきたんです~」
女性の問いかけに、チュチュが元気よく答える。
「そう、ならそこに座ってちょうだい」
「じゃあこの子からお願いします!! ほら、早く座ってっ」
私はよくわからないままに進められた椅子へ、チュチュによって座らされてしまう。
目の前には謎の紋様の描かれた机と、その上にはつるりとした、透明な球体が乗っていた。
占い師が、私の目の前へと座る。
「あ、あの……」
「なぁに、食ってかかりやしないさ。この水晶をよく見るだけでいい」
「見るだけ、ですの?」
「そう、見つめるだけ」
私はつい好奇心が勝って、言われた通りにその水晶を見つめた。
そうして気づけば、何だかどっと疲れていて。
「それじゃ占うよ」
言われて当たり障りのない「明日はハンカチを持っておいた方がいい」だの、「今後少し不吉」だの。
細々しつつもふんわりとしたことを告げられ、珍しくチュチュがお会計を済ませて店を後にした。
私はその行動を疑問に思って彼女に尋ねる。
「ねぇ、チュチュは占ってもらわなくてよかったの?」
「ん? うん、だってレッティの聞いてたら、あんまり当たらなさそうだったんだもの。当たらないものに時間を割くのは面倒だわ」
困った子だこと。
けれど従姉妹のよしみで面倒を見ないわけにはいかなくて。
はあっ、とその日何度目かのため息を漏らすのだった。
※ ※ ※
私はレテオリエ=シュッテン。
侯爵家の一人娘、十七歳。
よくレッティ、と愛称で呼ばれている。
親戚には、月光を思わせるまっすぐで長く淡い金髪に、紫色の瞳が切れ長に煌めいてまるで月の妖精だ、なんて言われるのが日常茶飯事だ。
けれどこうした言葉は、チュチュマリーといるからおまけで貰えているのだと知っている。
ちなみにその従姉妹といえば、そのふわふわな髪は綿菓子みたいでぱっちり紫紺の瞳は宝石のよう、ミルクティーの妖精さん、お花というより花束ね、至高の宝珠だ、等々、語る方々に色々な褒められ方をよくされている。
つまり端的に言ってしまえば絶世の美少女。
昨日は休日だったけれど、今日は学園のある日。
私は食堂で一人ご飯をいただくと、行ってきますの挨拶を家令とメイドに告げ館を出た。
ガルバイア王国の都、バルティン。
国の貴族の十五~十七歳子息子女は皆、親が王都にタウンハウスを持ち、この街にあるバルティン学園に通うことになっている。
私達最上級生は後もう数ヶ月したら卒業する頃合いで、卒業と共に結婚する同級生はどこか浮き足立っていた。
ちなみに、チュチュも同い年でクラスは違うけれど在籍している。
学友達から学園の花と呼ばれていて友人も多いみたいなのだけれど。
普段と同じに思うのかよく宿題などの頼みごとをしてくる上に、ご学友からもチュチュのことを頼まれたりして、断ることに難儀していた。
あれでもう少し、慎ましやかを覚えてくれると私が助かりますのに。
そんなことをつらつらと考えながら学園へと到着し、教室へと入ると、
「レッティ!」
と声をかけられた。
「あら、婚約者様ごきげんよう」
私はいつもの挨拶を少しツンとしたふうに返した。
……可愛げのないのはわかってますわ。
けれど気恥ずかしくて、なかなか名前が呼べないんですの。
愛称で呼んでくれた人は婚約者であるタリオ=ガルバイア殿下、この国の次期国王、王太子だ。
金属を思わせる長く濃い銀髪に、緑の目は涼しげで。
私より頭ひとつ分くらい背が高くて格好よく、面倒見までいい愛しい人。
つい見惚れていると、
「レッティ? どうかしたか。もしかして具合でも」
と、おでことおでこをコツンとされた。
ぴゃっ! と飛び上がるくらい驚いて、けれど触れた場所が熱くなった気がして、動けなくなる。
「うん、熱はないようだな。体の調子には気をつけろよ?」
「言われなくてもわかっていますわ。大きなお世話よ」
(心配かけてごめんなさい。気遣ってくれて嬉しいですわ)
自身の口から思ってもない言葉がでて、慌てて両手で口を押さえた。
訳がわからなくて体が少し震える。
「大きなお世話でもさせてくれ。俺はレッティが好きなのだから」
少し眉がよりつつも、へにゃっと笑うその顔はなんとも幸せそう。
なんて思いつつ、私は驚いた。
?!
そんなこと初めて言われましたわ!
嬉しくって、自分の状況も忘れて口を開いて――
※ ※ ※
そうして先ほどの「私殿下をお慕いしておりませんわ」だったのは私の失態ですわ……ぐすん。
これ以上無様な受け答えはしたくない……。
私は仕方なく、乙女心に従ってとりあえず黙ることにした。
「……君は、本当は俺が嫌いだったのだね」
タリオ様の眉が下がり、沈痛な面持ちになる。
私は慌てて、けれどしゃべるわけにはいかなかったから、何も言えないまま運悪くチャイムがなって。
誤解を解けないまま先生がやってきて、まんじりと授業を受けたのだった。
それからも事あるごとに私の口はいうことを聞かなくなった。
「それではシュッテンさん、この問題の答えは?」
「私答えたくありませんわっ」
(答えは麦の穂ですわ)
と、先生にまで生意気な受け答えをするし。
「ねぇレテオリエ様、一緒にお花摘み(トイレ)に行きませんこと?」
「私一人でもお花摘みできないような方と、お友達だった記憶がありませんの」
(私も行きたいと思ってましたの、一緒に行きたいわ)
と、友人に酷い口をきくしで。
もう散々。
素早いことに、元々私が王太子の婚約者に決まった際ヒソヒソとしていた方々が、この顛末を面白おかしく大袈裟に吹聴して回っているようで。
休憩時間にお花摘みへと向かう廊下で、あからさまに足を引っ掛けられてしまった。
相手は素知らぬふりで通り過ぎ、私は床と仲良しに。
茶色地の制服のスカートはドレスより丈が短くて、私は膝小僧を擦りむいてしまう。
私が何をしたっていうのかしら……。
悔しくて歯痒くて。
その後は極力喋らないように、人と接しないように、と努めた。
お昼。
今日の私にとっては、試練の時間がやってきた。
この暴言を吐く口のままでは、一人でご飯を食べた方がいいに決まっている……のだけれど。
私は婚約者として、毎日タリオ様と食堂のお弁当を買って中庭で食べている。
それを急に断るには、それなりの理由が要りますわ。
「……本当は殿下と一緒に食事を取るのが嫌だったんですの」
(今日は体調がすぐれませんので、お食事辞退しても?)
こっそりボソボソと練習しても、思うような言葉が出てこない。
なんとか穏便な言葉を、伝えたいのに……。
「レッティ、レッティ!!」
集中してぶつぶつと言っているそんな私に、声がかかった。
びっくりしましたわ、だって入学してからこっち、タリオ様と一緒というのが私なので、お花摘みや放課後や休暇中の予定を誘ってくれる方がいらしても、昼食ばかりは誰からもお声がけいただかなかったのですもの。
見ると、教室の入り口に見知った姿があった。
あなたでしたの……。
私は少し気が重くなりながらも立ち上がり、従姉妹の方へと向かった。
「おっそ~い」
「そうかしら。何かご用事?」
チュチュは腰に両手をやり、可愛らしくぷりぷりしている。
努めて落ち着いて尋ねるけれど、相手は自分が怒っていることにも無茶を言うことにも無頓着だった。
「わたし一度レッティとお昼ご飯したかったのよね。ね、いいでしょう?」
「えっ?」
「ダメってことはないでしょぉ~? 従姉妹なんだもの」
「ええと……」
ここでうっかり、私の打算が動いた。
一回、一回昼食の時間を切り抜ければ。
この現象の原因はほぼわかっているのだから、解消できるかもしれない。
「殿下に、聞いてみますわ」
「俺がなんだって?」
「ひゃぁ!」
「あ、タリオ様~。わたしもお昼ご飯ご一緒したいなぁって言ってたんですぅ」
チュチュがその愛らしい瞳をうるうるさせてタリオ様を見る。
タリオ様はそれに目を見張ったようになって、それからいつにも増してしっとりとした笑顔で答えた。
「確かレッティの従姉妹殿だったかな? 一人増えても構わないよ、一緒に食事をしようか」
その声に、教室が少しどよめく。
これまでも、何人かには私が隣にいるのに声をかけられたことならある。
けれど了承したのはこれが初めてだったのだ。
私は、嫌な予感がした。
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